第三話:「星を届けてくれませんか」
夜空は曇っていた。
遠くのビル群がぼんやりと滲んで、世界は静かな息を吐いている。
「……ここ、病院?」
神原ユウトはバイクを降り、配達先の建物を見上げた。
鉄骨造の大きな建物。入り口には「高市市立こども病院」と書かれていた。
注文は、21時過ぎ。
夜間の入院病棟に、ウーバーイーツを頼むなんて珍しい。
しかも、備考欄にはこう書かれていた。
『9階西病棟。903号室の小窓から、屋上の方向を見ててください。
“星”を届けてください。お願いします。』
星を、届けてくれ?
わけがわからなかったが、好奇心が勝った。
ユウトはエレベーターに乗り、9階へ向かった。
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903号室の前。
ドアには「無断面会禁止」のプレート。
だが、ノックをするとすぐに看護師が出てきた。
「ああ、配達の方ですね。どうぞ、ここに置いてください」
「……はい。あの、患者さんが注文されたんですか?」
看護師は苦笑しながら頷いた。
「ええ。中にいるのは小学生の男の子で、病院でずっと寝たきりなんです。
でも最近、星にすごくハマってて。
『ぼくにも流れ星が届けられるかな』って……あなたに頼んだみたいです」
ユウトは少し黙ってから、窓の方へ目をやった。
「……この窓の向こう、屋上見えます?」
「ええ。小さな窓ですが、ちょうど見えるんです。屋上に何か置けば、たぶん」
それを聞いて、ユウトはゆっくりと笑った。
「ちょっとだけ、屋上借りてもいいですか?」
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10分後。
屋上の手すりの上に、小さなLEDライトが並べられていた。
ユウトが予備のUSBバッテリーで点灯させた、即席の“流れ星”セットだった。
文字の形に光るよう並べられたライト。
暗い夜空の中で、淡く、でもはっきりと光っていた。
『届け、星の願い』
その光が、9階の小さな窓の向こうから、ちゃんと見えるように。
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帰り際、受付でスタッフから手紙を渡された。
『配達員さんへ。
今日は“星”をありがとう。
お兄さん、ほんとに星を届けてくれたね。
ぼく、退院したら、今度は“ピザ”じゃなくて“本物の流れ星”を見に行くよ。
そのとき、またお願いしてもいい?』
ユウトは笑って手紙を折りたたみ、そっと胸ポケットにしまった。
「……ああ。今度は一緒に見に行こうな」
空にはまだ雲が残っていたけれど――
たしかにそこに、ひとつの“星”が灯っていた。
【配達員メモ】
今日のお客様:9階のちいさな星好きくん
注文されたのはピザだったけど、
本当は“願い”を届けてほしかったんだよな。
星は空にあるものだけじゃない。
誰かの想いにだって、ちゃんと光るものがある。