第十話:「君に花を届けたくて」
「すみません、この花束も一緒に届けてほしいんですけど……」
昼過ぎ、配達先近くのカフェで注文を待っていた神原ユウトは、
横の小さな花屋で声をかけられた。
振り返ると、エプロン姿の女性が小さなブーケを差し出していた。
「あの、失礼ですけど……ウーバーって、花とか届けちゃダメなんですよね?」
「ですよね、でも……この配達、うちの常連さんの注文で。
レストランの料理に添えてほしいって、事前に頼まれてたんです。
ちゃんと聞いたんですよ、“届け先が誰か”って」
「誰なんですか?」
女性は、少し恥ずかしそうに笑った。
「片想いの相手……らしいです。
レストランで渡すのも恥ずかしいから、
“花だけ、さりげなく一緒に持ってきてほしい”って」
⸻
届け先は、静かな住宅街にある一軒家。
受け取りに出てきたのは、30代前半の女性。
「お届けです。料理と……それから、こちらも」
「……え?」
女性は、紙袋とブーケを見比べた。
「……まさか、あの人?」
「たぶん……」
花には、小さなタグだけがついていた。
「いつかのコスモス、覚えてますか?」
女性は一瞬、ぽかんとしたあと、ふっと笑った。
「……高校のとき、彼とコスモス畑に行ったんです。
告白されるかと思ったら、“また今度ね”って言われて。
そっから十年。まさか、こんな形で来るとは」
彼女は、花を受け取って玄関の中に消えた。
⸻
帰り道。
ユウトは、花屋の店先に立ち寄った。
「……届けました。ちゃんと、届いたっぽいです」
「あっ……よかったぁ。
本人、緊張しすぎて“花言葉って効くかな”とかずっと言ってて」
「コスモスって、なんでしたっけ?」
「“乙女の真心”と“調和”……あと、
“あなたを想っています”」
ユウトはバイクにまたがりながら、ふと空を見上げた。
今日は、風が気持ちよかった。
【配達員メモ】
今日のお客様:花で想いを託した誰か
言葉じゃ言えないことって、
花とか、料理とか、そういう形になることがある。
配達員は、それをそっと運ぶだけだけど――
それで届くなら、それでいい。