第87話 エスメラルダの伝説 その11 帰還のあとに
エミルたちは気がつくと、エスメラルダ湖の前に立っていました。やっぱり瞬間移動というのはあっというますぎて、情緒がないったらありません。
時刻はもう真夜中で、決闘のときギャラリーに集まっていたウィザードたちも、みんな自分のテントの中で寝しずまっているようで、湖のまわりには人っ子ひとりいません。
「はあ〜! 夢みたいな、キラキラしたステキな時間だったね!」『キュー!』
レイチェルは祈るようなポーズをして、キラキラといっしょに、エスメラルダですごした時間を思い出して、うっとりとしていました。
「たしかにね、もし次に行くことがあれば、もっとゆっくり見て回りたいね」『クー!』
最初はこわがっていたユーリも、いまはいい思い出だという感じで、だっこしているクリスとほほえみ合いました。
「あーそうだ! またあたしとエミルちゃんがバトルすれば、エスメラルダに行けるんじゃない!?」
レイチェルは両手を強くパン! と鳴らして、ナイスアイデア! という感じで提案しました。
すると、シロンにお姫さまだっこされているエミルが口を開いて、苦言をていしました。
「それはやめたほうがいいよ。女王さまの話によると、あれはだいぶかたやぶりな入りかたみたいだから。あんまりそういうことをくりかえすと、聖域のみんなに迷惑だし、聖域の存在自体ゆるがしかねないことになるかもしれない」
それを聞いたレイチェルは、ざんねんそうにうなだれました。
この子は自分の好きには正直すぎるくらい正直だけど、あくまで他人を第一に考えられる、心のやさしい女の子なんだということを、エミルたちは理解できました。
ぐぎゅるるるううう…………
すると、まるでドラゴンのうなり声のような音が聞こえました。まさか、まだエメラルドドラゴンが!? と思ったユーリは身がまえて、あたりをキョロキョロと警戒すると、
「あ〜、おなかすいた〜。ごめんね、いまのあたしのおなかの音だ!」
レイチェルがばつが悪そうにおなかをおさえて、かわいらしくちらっとベロを出すと、ユーリとクリスはずっこけました。
「び、びっくりしたぁ……心臓に悪いよ……」『クー!』
ユーリはほっとしたように言い、クリスはぷんすかして泣きました。
「ほんとにすごい音だったね。わたしのおなかの音もかき消されちゃうくらい」『私も、びっくり!』
エミルもシロンの腕の中で、苦笑いして言いました。
「……あ、そうか、エミルもおなかすいてるよね。ならちょっとおそいけど、ごはんの準備にしようか」
「さんせい!」
みんなのあかるい声が、真夜中の湖に響きわたりました。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
そしてエミルたちは、遅めの晩ごはんをすませました。ちなみにエスメラルダに飛ばされていたあいだも、張っておいたテントと置いていった荷物は手つかずのままでした。ラッキーとしかいいようがありません。
メニューはもちろん、キャンプの定番、ユーリ特製のカレーです。
しかし、エミルはもちろん、レイチェルは体が大きいぶんさらに食べるので、彼女のパートナーたちのぶんもあわせて、またそうとうな食糧を使ってしまいました。あしたは寄り道なんてせずに、なんとしてもファーブリアまでたどりつかなければと、ユーリは思いを新たにしました。
「はあ〜っ。おなかい〜っぱい、まんぞく、まんぞく。ユーリくん、お料理じょうずだね!」
レイチェルははしたなく口のまわりのカレーをペロリとなめとりながら、おなかをパンパンたたいて満面の笑顔を浮かべました。
「あ、ありがとう。おほめにあずかり、光栄だよ……」
大胆ともいえるレイチェルのふるまいに、ユーリはかわいらしく思いながらも、ちょっと引いていました。
「わたしも、おいしかった! おかげで元気回復だよ!」
エミルも口のまわりをカレーでよごしながら、力こぶを作るポーズをしました。
「それはよかった。でも食べただけじゃ元気はもどらないでしょ? きょうは早く休んだほうがいいよ」
ユーリがエミルにやさしくほほえみかけると、そのようすをレイチェルがぽーっとした顔で見つめていることに気がつきました。
「ど、どうしたの? ぼくの顔に、なにかついてる?」
ユーリはびくっとして、あわてふためきました。かわいい顔でじっと見られると、さすがに気になるのです。
「ううん。いまのユーリくん、すごくキラキラしてるなって思って、見てただけ!」
レイチェルはいとおしそうな顔でほほえんで、こたえました。
「そ、そうかな……?」
自分はキラキラと縁がないと思っているユーリは、ピンときてないようすで言いました。
(そっか、ユーリくんは、エミルちゃんのこと……)
ユーリの秘めた気持ちは、レイチェルにすら見抜かれてしまったみたいです。
「なんだかこうしてると、旅立ちの日、ユーリにはじめてあったときを思い出すね。ずいぶん前のことのような気がするけど、まだ一週間もたってないんだなあ」
エミルは満点の星空を見上げながら、しみじみと語りました。
「そうだね、ぼくにとってはなにもかも新鮮で、濃密で、もう何年も冒険してるような気分だよ」
ユーリもたはは、と苦笑いしながら言いました。
「へー! ふたりも旅はじめてそれぐらいなんだ! ふたりは、どうして旅をしてるの?」
レイチェルは、興味しんしんといった顔で、話に入ってきました。
「わたしはお姉ちゃんに会いに行くためだよ。知ってるかな? エイル・スターリングって言うんだけど」
エミルは。できるだけエイルとの姉妹関係を明かさないようにしよう、と思っていましたが、なんだか勝手にバレることもけっこう多いですし、信頼している相手には打ち明けることにしたみたいです。めんどくさいですし。
「わーお! エミルちゃん、エイルさんの妹だったんだあ! どうりで、キラキラしてると思った!」
レイチェルはやっぱりといいますか、エミルに羨望のまなざしを向けまくってきました。
「ぼくはクリスを連れて世界を回れ、っていう故郷の漠然したオキテのためだよ。でも外に出てすぐ、いきなりピンチになっちゃって、そこをエミルたちに助けてもらってから、いっしょに旅をすることになったんだ」『クー!』
「わーお! それってすっごく、運命的な出会いだね!」
「そうだね、それはわたしもそう思った!」
「そ、そうかな……」
ユーリはふたりから目をそらして照れ笑いしました。心のなかでは、ユーリだってそう信じています。
「そういうレイチェルは、どうして旅をしてるの?」
「あたしはねえ、世界中のキラキラしたものを見て回るため!」
「それはまた……シンプルな理由だね……」『クー……』
「いまの目標は、たくさんのキラキラが集まりそうな、"グレイテスター・グランプリ"をめざすことなんだ!」
その名前を聞いて、エミルはハッとしました。
グレイテスター・グランプリ。アストライト王国最強のウィザードを決める決闘の全国大会。きのうなかよくなった(?)アンナも出場すると言っていたので、強く印象に残っていたのです。
「レイチェルって、そんなに戦うの好きなの?」
エミルは思わずつぶやいていました。レイチェルはその引きしまった体格はともかく、かわいらしい顔や相手を思いやる性格からは、それほどバトルマニアだという印象は受けないからです。
「うんっ! 大好き! バトルしてるときが、いっちばん生命の輝きが見えるからね! ウィザードとだけじゃなく、野性のワンダーたちともそう!」
レイチェルの屈託のない満面の笑顔を見て、エミルははっきり彼女のことが理解できました。
ああ、この子は他人のことを第一に考えられたり、必要以上に相手をキズつけないやさしさも持っているから、どちらかといえばとってもいい子なんけど、ちょっと頭のネジが飛んでるんだ、と。
「わたしも、決闘のときと合わせて、レイチェルのことよくわかったよ。レイチェルの言ってる、キラキラのこともね」
「だよねっ! エミルちゃんなら、きっとわかってくれると思ってた!」
「でもわたしには、やっぱりそういう、戦うことが楽しいって感覚は理解できない」
「え?」
とても晴れやかレイチェルの表情が、一気にくもっていきました。
「たしかに、"決闘"は楽しいよ。でもそれはあくまで競技、スポーツ、ゲームだからね。ゲームが楽しいと思うのはあたりまえ。けれど命や、大切なものがかかった戦いは別。わたしはそれを楽しいとはこれっぽっちも思わない、ううん、思えないんだ」
どこかさみしそうな顔で言うエミルを見て、ユーリは思い出しました。ゾンネの森ですごした最後の夜エミルが語った、聖獣を、罪のない多くのワンダーの命を失うことになった、過去の話を。それを思うと、たしかにエミルにとっては戦いを楽しむ、という気持ちは理解しがたいことなのでしょう。
いっぽうのレイチェルはというと、みずから積極的にドラゴンと戦いたいと言うような子ですし、エミルたちとエメラルドドラゴンの戦いもずっとわくわくしながら見ていました。エミルも、自分も、そんなことはけっしてしないだろうと、ユーリは思ったのです。
「もちろん、レイチェルみたいな考えもあるっていうことは否定しないよ。きのうも、似たようなこと言ってた子に会ったからね。人によっていろんな考えがあって、いろんなしあわせがあるんだ。レイチェルのおかげで、あらためて気づけたよ。ありがとう」
エミルがほほえんでお礼を言うと、レイチェルは顔をにま~っとさせて言いました。
「うん、それがエミルちゃんのキラキラのヒミツなんだね! やっぱりあたし、エミルちゃんとお友だちになれてよかった!」
「わたしも! 戦いへの考えはわたしとは合わないけれど、レイチェルのことは好きだもん!」
笑い合うふたりを、ユーリたちもほほえましそうに見ていました。
「シルヴィアにも、感謝してるよ。シルヴィアのおかげで、わたしはまたひとつウィザードとして強くなれたし、相手の心を理解するってことのむずかしさも大切さもわかった。わたしの目標、世界中のワンダーをしあわせにすることに、また一歩近づけたんだよ」
エミルがうれしそうに言うと、となりでポニーテールと白いワンピース姿のシルヴィアはうっとりとほほを染めて、『光栄ですっ!』とにっこり返事をしました。
『そーいえば、シロンとキラキラのけっちゃくって、まだついてないよね?』『キュー!』
ドラコのすがたにもどり、カレーのお皿をなめとっていたシロンが思い出したように言いました。キラキラも、「そうだよ!」と言っているようです。
するとレイチェルが、バッと立ち上がって、元気に提案しました。
「じゃあ、あしたの朝一番で、さっきのバトルのつづきやろうよ! エミルちゃん!」
それに対し、エミルも不敵に笑ってこたえました。
「いいよ。わたしだって、モヤモヤした気持ちのままじゃ、終われないもんね!」
シロンは『そうこなくっちゃ!』とはりきって、シルヴィアはじいっとエミルの顔を見つめました。
「シルヴィア、やっぱりまだ気にしてる?」
決闘の話になって、シルヴィアがママに手も足も出ずに負けたことを引きずってるか、エミルは心配になったのですが、
『まったく気にしていない……というとウソになりますけど、もう引きずってはいません。私なりに割り切ったつもりです。あの敗北は、私たちの未来のために必要なものだった、と』
シルヴィアはやわらかくほほえんで言いました。エスメラルダで得た経験が、彼女をひとまわり成長させてくれたようです。
『よーし! そうときまれば、あしたにそなえてはやくねよう、エミル! まけないからね、キラキラ!』『キュー!』
シロンとキラキラはおたがいに健闘を誓いあって、エミルたちはそれぞれテントの中で、ようやく眠りにつくことになりました。
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