第8話 運命の出会い
『グルルルル……』
すっかり空が暗くなった平原で、小さな白いドラゴンの子どもをかかえた男の子が、黒い犬・【ブラッドッグ】の群れにとりかこまれていました。
男の子は逃げる途中つまづいたのか、地面の上に倒れこんでいます。もっとも立ち上がったとしても、もうどこにも逃げ場がありません。
『クー……』
白いドラゴンの子は不安そうな目で、自分を抱いている男の子の顔を見上げました。
「だいじょうぶだよクリス、なにがあっても、きみのことだけは守るから」
男の子は、クリスという名前のドラゴンの子を安心させようと言いました。けれど、その声と体はふるえていました。ほんとうは、自分もこわくてたまらないのです。
『ガオーン!』
群れのリーダーらしい、ちょっと大きめな個体の遠吠えに合わせて、まわりのブラッドッグが男の子にキバをむいて跳びかかってきます。
男の子はせめてクリスだけは守ろうと全身でおおいかぶさり、観念して両目をつぶった次の瞬間、
ゴオッ!
『キャオーン!』
突然、どこかから放たれた炎に、ブラッドッグの群れはまとめてふっとばされました。
なにが起きたんだ、と男の子がおそるおそる目を開けると、そこには、クリスとはまたちがう白いドラゴンの子どもを連れた、夜空に映えるオレンジの短い髪と、夜空に溶ける紺色のローブをなびかせた女の子が立っていました。
「きみは……?」
男の子は、思わず女の子にたずねました。
「だいじょうぶ?」『たすけにきたよ!』
ローブの女の子……エミルは男の子のほうを振り向いて、かわいらしくもたのもしい笑顔でこたえました。パートナーの白いドラゴンの子、【ホワイトドラコ】のシロンも同様です。
男の子は、エミルの笑顔に一瞬ドキッとしますが、
「う、うん、だいじょうぶ。ありがとう」『クー!』
すぐにハッとして、クリスといっしょにお礼を言いました。
さて、エミルたちがふとあたりを見まわすと、うす暗い闇の中、白いドラゴンの子に、ブラッドッグの群れ。8年前、暗い森の中で、お姉さんに助けてもらったときと似たような状況になっていることに、けれど今回は自分が助ける側にまわっていることに気がつきました。
こんなすごい偶然あるのと、エミルは思わず胸を熱くして、顔がニヤけそうになりましたが、かっこよく助けに来たのにそれではしまりません。なにより、戦いにおいてそういう気のゆるみは命取りです。なので気持ちを切りかえようと、首をぶんぶん振って気合を入れなおしました。
『これって、シロンがエミルとであって、おねえちゃんがたすけにきてくれたときといっしょだね! むふー!』
……が、シロンのせいで台無しです。そういうことは言わなくていいんだよ、とエミルは苦笑いしました。
そしてやっぱり、ふっとばされたブラッドッグの群れは起きあがり、ふたたびこちらに襲いかかろうとしていました。ここまでの流れも、8年前と似ています。
『クー……』
男の子と腕の中のクリスがおびえて身じろぎすると、エミルはほほえみながら、クリスの頭をぽん、となでて言いました。
「だいじょうぶ、」『シロンたちにまかせて!』「あ、わたしのセリフとらないでよ!」
無意識に8年前のお姉さんと同じセリフで安心させようとしたところ、シロンに割りこまれてエミルはプンプンです。……まあ、それはともかく。
クリスと男の子はハッと目を見開いて、エミルはブラッドッグの群れのほうに向きなおり、歩み寄って、
「これ以上戦ってもムダだよ。きょうはこのあたりで帰ってくれる?」『そうそう、シロンもおうちにかえってほしいな』
と、シロンといっしょになって、やさしい顔と声で提案しました。
エイルなら相手を威圧しておどかす場面ですが、村でも「お姉さんにくらべて覇気がない」とか言われるくらい威圧感とは無縁のエミルは、相手を説き伏せるやり方を身につけたのです。
シロンも、最強の種族とうたわれるドラゴンではあるのですが、まだちっこくてかわいいだけのお子さまなので、せいぜい昼間みたいに、チカラの弱いワンダーをおどかすのがせいぜいなのです。なので、いざとなればその愛嬌でうったえかけるやり方を身につけたのです。
(おねがいだから、これで引き下がってほしいなあ)
エミルはそう思って、ごくりとつばを飲みこみました。
『ガルルル……』
……しかし、群れはまったくもって、引き下がる気配はありません。それどころか、なおさら殺気立っているように見えます。
エミルは、やっぱりお姉ちゃんみたいにはいかないか、とため息をつきました。
『もー! わからずや!』
『ガオーン!』
ぷんすか怒ったシロンの言葉が気にさわったのか、リーダーの遠吠えに合わせて、ブラッドッグの群れがエミルたちに向かって跳びかかってきました。
「あ、あぶない!」『クー!』
うしろにいる男の子とクリスが叫びますが、エミルはその声も目の前の脅威もまったく気にせずに、右手に持った杖を、なぎ払うように大きく振りました。
「《ドラゴンフレイム》!」
シロンはぷうーっと大きく息を吸いこむと、口からゴオーッとすさまじいいきおいで炎を吐きだしました。エミルの肩に乗れるくらい小さな体から放たれているとは思えないほどの、大きさと量です。
炎は跳びかかってきた黒い犬の群れを、あっというまにまとめて飲みこみました。
男の子と、彼に抱かれているクリスはこの光景に目を丸くして、ぼーぜんとしていました。
炎が消えると、そこにはまっくろこげになった黒い犬の群れが、目を丸くぱちくりさせていました。
いや、ブラッドッグはもともと黒かったのですが、その毛はまるで爆発したポメラニアンみたいになってしまっていて、野犬のような凶暴さはもはや見るかげもありませんでした。
『ガフゥ……』
リーダーの個体がひとつせきこむと、口からまっくろなケムリがボワンとふきだしました。
それをきっかけに、エミルはむっとした顔で杖をつきつけてたずねました。
「まだやる?」『それとも、もうやめる?』
ここまでやられると、さすがに黒い犬の群れも勝ち目がないと理解して、ビクっと汗を滝のようにダラダラ流しはじめたあと、
『キャンキャンキャン!』
リーダーを先頭に、みんなしっぽを巻いてスタコラサッサと逃げていきました。男の子とクリスは、それをぽかーんとした顔で見ていました。
群れが遠くへいったことを見とどけたエミルは、男の子のほうを振り向いてにっこり笑いました。
「はい、これでもう安心! あのコたち、ぜったいに勝てないってわかった相手には、もう襲ってこないから、ね? シロン!」『ねー!』
エミルとシロンがとくいげにお姉さんの受け売りを言うと、男の子は緊張の糸が切れて、へなへなとへたりこみました。クリスも安心したように、彼のほっぺたをぺろぺろとなめます。
「はあ~、助かった~。きみたち、ほんとうにありがとう」『クー!』
「ううん、どういたしまして。わたしたちもちょっと、いい気分だったし。それにしても、あのときとなにからなにまでいっしょで、おかしくなっちゃう」
「??」
男の子は、目の前の女の子がなにを言っているのかわからずきょとんとしますが、気を取り直して、
「ぼ、ぼくはユーリ。この子は【クリスタルドラコ】のクリスっていうんだ」『クー!』
「わたしはエミル! この子は【ホワイトドラコ】のシロン!」『よろしくね!』
ふたりは、自分とおたがいのパートナーを紹介しました。ちなみに"ドラコ"という種名は、"ドラゴンのコドモ"の略です。なんともわかりやすいネーミングです。
「わあ、クリスの羽、水晶みたい!」『キラキラしててキレー! シロンもこんなのほしいなー!』
エミルとシロンはクリスの背中から生えた、六枚の青い水晶でできた翼を見て、それに負けないくらい目をキラめかせました。
『クー!』
クリスも自分の翼をほめてもらえて、うれしそうに笑いました。
「ところで、エミルは……」
ぐう~~~。
男の子……ユーリがなにかたずねようとすると、なんとも緊張感のない音が夜の平原に響きました。
「あ、あはは……そういえばわたし、晩ごはんの準備の途中だったんだ……それにここまで来るのに、いっぱい走ったからなあ~」
『シロンも、おなかぺこぺこ~!』
エミルとシロンは自分のおなかをおさえて、バツが悪そうに苦笑いしました。音の正体は、彼女たちのおなかの虫だったのです。
(この子はそうまでして、わざわざぼくたちを助けにきてくれたのか……)
ユーリはすこしうれしくなってほほえむと、あることを思いついて提案しました。
「そうだ、助けてもらったお礼と言ってはなんだけど、ぼくが晩ごはんを用意するよ。料理はちょっとだけ心得があるんだ」
「え、いいの!?」『いいのー!?』
するとエミルとシロンはまた目をキラめかせて、すぐに乗っかりました。
エミルはおなかがすいたうえ、ここまでの全力疾走で疲れていて、正直いまから自分で作るのめんどくさいなーと思っていたので、手間がはぶけるのはとても助かるのです。
こうしてエミルとシロンは、ユーリのお言葉にあまえて、彼とクリスを自分たちの野営地にまねくのでした。
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