第68話 集う新星たち その14 雨降って地固まって、また一難
【伐天改獣・ハクジャクオロチ】との戦いが終わって、すぐあとのこと。
「ミスリオ様」
「アザレア、威圧で倒れた者たちの様子はどうだ?」
「時間が時間ですので、だれも目を覚ましてはおりませんが、術の方は解けたようです」
「そうか。……討伐隊の方はどうした?」
「ご心配にはおよびません。そもそも通報しておりませんので」
「なぜだ? もしもの時はそうするよう、命じていたはずだが」
「必要がないと思いましたので」
「……まったく、大した従者だ、お前は」
「恐れ入ります」
「なら、追加の命令だ。彼らをそれぞれの部屋へ運んでやってくれ。俺は最後で構わん」
「かしこまりました」
そのひとことを聞いた瞬間、ミスリオは死んだようにその場に倒れ、眠りにつきました。エミルたちほかの五人とそのパートナーたちと、おなじように……
☆ ☆ ☆
そして翌朝。
エミルとユーリはアドレス内のレストランで、朝ごはんを食べていました。
アドレスの施設は、《威圧の眼光》による影響も尾を引くをこともなく、ふだんどおり運営されています。
「いやあ、それにしてもゆうべは大変だったねえ」『ほんとにねー』
フレンチトーストにパンケーキ、ベーコンエッグにたまごやき、コーンフレークにトマトサラダと、寝起きに食べるにしてはあまりにあまりな量とラインナップです。
「あんなことがあったあとなのに、よくそんなに入るね……」『クー……』
いっぽうのユーリは、トースト一枚とミルク一杯きりでした。クリスも同じものをたのんでいます。
「あんなことがあったからこそ、だよ。もうおなかがすいてしょうがないったら!」『シロンも、すっごくおなかぺこぺこ!』
「……というかシロン、きみ、進化したんだよね? どうしてもとのすがたにもどってるの?」
ユーリの指摘通り、シロンはすっかりもとのちっちゃな【ホワイトドラコ】にもどっていました。
『んー、ふだんはこっちのほうがいいから。しんかしてると、つかれるし、おなかへる!』
「え……? 進化って、そういうものだっけ……? そういうのは、変身っていうんじゃ……」
ユーリは口をぽかんとあけて言いました。
「あっはっは。たしかにねえ。ドラゴンってさ、寿命長いから、ふつうはゆっくり何十何百年とかけて大きくなるものじゃない? ドラコの進化はその過程を飛ばした、未来の前借りみたいなものだからね。そのぶん、ふだん以上にマナをくっちゃうんだよ」
「なるほど、だから消耗をおさえるために、もとのすがたにもどってるわけだね。進化したすがたになるのは、必要なときだけってことか」
「そうだね。アラシやカイザーもそんな感じだし」
「じゃあ生まれたばっかりのクリスでも、そう遠くないうちに進化できるかもしれないってことなのかな?」
『できるできる! だってクリス、シロンのつぎにてんさいだもんね!』『クー!』
シロンとクリスはごはんをほおばりながら、にっこり笑い合いました。
ユーリもちょっと期待がふくらんで、笑みがこぼれました。
「……そういえばあのあと、彼……カナトはどうなったのかな?」
「わたしたちみたいに、ミスリオといっしょにいたメイドさんが部屋まで運んだみたいだよ」
「うん、それはわかるけど、彼が持っていたあの黒い杖はどうなったんだろう?」
「それもメイドさんが回収したみたい。あっちでどうにかしてくれるんじゃない? もう悪いチカラはぜんぶ浄化しちゃったし、なにも心配はいらないよ」
「そうか……それならいいんだけど……」
「浮かない顔だね」
「うん、カナトとハクのこれからを考えたら、ちょっとね……あの二人、ちゃんと仲なおりできるかな……?」
「それはカナトしだいだよ。あのときのわたしたちとハクの想い、伝わってるって信じよう?」
「……そうだね」
「じゃあ朝ごはん食べ終わったら、コジカと合流して出発しよう! あ、デザートも頼まなきゃ」『シロン、アイスクリームたべたーい!』
「ははは、出発するの、いつになるんだろう……」『クー!』
ユーリは力なく笑って、トーストをかじりました。
☆ ☆ ☆
なんだかんだエミルたちは朝ごはんをすませ、コジカとサクラと合流し、施設の外に出ました。
「なによ、アンタたちも出発する気だったの?」
「へへっ、どうやらみんな、考えることは同じだったみてえだな!」『ギャオー!』
「このあたりでの修行もすんだし、よきプルトモとも出会えた。ここらで次に進むとき」
そこでは、アンナ、アスタ、リップル、そしてミスリオの四人も、いままさにアドレスを出発しようとしていました。
「みんな、おはよう」『おはよー!』
「みんなもあの戦いのあとだっていうのに、元気そうだね……」『クー……』
「フン、エイルを超えようっていうんだから、あれぐらいでへたってらんないわよ」
アンナはとくいげな笑顔できっぱり言いました。
「おうエミル! それにシロン! ゆうべはブッ倒れて言えなかったが、オマエのマジの本気、見せてもらったぜ!」『ギャオー!』
『うん、ありがとう! シロンがしんかできたのは、ちょっとだけアスタとアラシのおかげ!』
そう言ってシロンは、笑顔でアスタとグータッチを交わしました。
「おいおい、ちょっとだけかよ。オレたち、めちゃくちゃ貢献したと思うぜ?」
「決闘して、ダサい自分の価値観押しつけただけで、貢献もなにもないと思うけどね」
「なんだとコラァ!?」
アンナとアスタは、にらみあって火花を散らしました。この二人、あまり相性はよくないみたいです。
「エミル、やっぱりアタシの目にくるいはなかった。アンタはやっぱり、アタシの最大のライバルとなる存在だって、はっきりわかった。次会ったときはかならず勝負しなさい。そしてアタシが勝つ!」
「うん! でも、勝つのはわたしたちだよ!」
そしてアンナも、エミルとグータッチを交わしました。
「プルトモ、ユーリ。また会える日を楽しみにしてる」
「ぼくもだよ、リップル。……あ、そういえば、ミスリオはプルトモにさそわなかったの? 彼も、プルリンを連れてるみたいだったけど」
「丁重に断らせてもらった。俺は硬い方が好きなのでな」
「あ、ああ、なるほど……」
「でもワタシはあきらめない。いつかかならずプルトモになってもらう」
「フッ、なら次に会った時、決闘で決めるというのはどうだ?」
「ナイスアイデア。そのときはぜひ、おたがいのプルリンのプルっぷりを競い合おう」
「その勝負では、俺に勝ち目はなさそうだ」
「わたすがばたんきゅーしてるあいだに、みなさんなかよしになったんすねー、おったまげ!」『クゥー!』
六人とコジカたちがわいわいやっていると、そこに一人の少年がやってきました。
「やあ、みなさんおそろいで。ごきげんうるわしゅう」『シャー!』
それはきのうの騒動の元凶である、カナトでした。パートナーのハクも、彼の体に巻きついています。
「なーにがごきげんうるわしゅうだ! ゆうべはオメーのせいでさんざんだったんだからな!」
「反省の色がないようなら、この場であらためてブチのめしてやってもいいけど?」
アスタとアンナは、ケンカ腰で食ってかかりました。相性はよくなさそうですが、この二人、似た者同士のようです。
「いえ、そのことは大変いたく反省しております。ゆうべは本当に、もうしわけございませんでした」『シャー……』
「えっ」
なんと、カナトとハクは深々と頭を下げて、謝罪の意思をしめしてきました。きのうまでの彼のいけすかない態度からすると、あまりに意外な行動だったので、ミスリオふくめ全員あっけにとられてしまいました。
「一時の気の迷いとはいえ、悪しき者の甘言に乗り、あなた方をはじめ、この施設のみなみなさまがたに多大なご迷惑をかけたことは、決して許されることではないとわかっております。気の済むまで、殴っていただいてもかまいまぐばあっ!?」
カナトが言い終わろうとした瞬間、顔面にアスタのストレートパンチ、腹部にアンナのミドルキックが炸裂し、ふっとびました。
「ちょ……ほんとになぐっちゃうのぉ!?」『クー!?』
遅れてユーリが、大声でツッコミを入れました。
「ったりまえだろ。トーゼンのケジメってヤツだ」『ギャオ!』
「本人が殴っていいって言ってんだから、別にいいでしょ」
「蹴っていいとは言ってなかったのでは……」『ク~……』
「気持ちはわかる。ワタシも一発入れてやりたいけど、プルトモのオキテは、ラブアンドピース」
「俺も奴は許せないが、鉄拳制裁は主義ではないな」
リップルとミスリオも、その表情から腹にすえかねているようすでした。
『シャー! シャー!』
ハクは、ぶっ飛ばされた主人を心配するように鳴きました。
「し……心配いりませんハク……アシタ君の言う通り、ボクはこうされてもしかたのないことをしでかしたのですから……」
「アシタじゃねえ! アスタだ! あやまろうってんなら、まずヒトの名前くらいおぼえろ!」
そこへ、痛みにもだえるカナトのもとに、ここまでなにも言わなかったエミルが歩み出ました。
「ハクとは、ちゃんとなかなおりしたんだよね?」
「ええ……ハクはボクが目ざめたときも、いえ、その前からずっとボクのそばにいて、はげまそうとしてくれていた。キミたちに負けて、すべてを失い、空っぽになったことで、ようやくそのことに気づけたのです」『シャー!』
ハクも、踏みつけられ、邪悪な変身までさせられたのにもかかわらず、カナトを慕い続けているようでした。
「え、えれえ変わりっぷりだな。すっかりきれいなカナトになっちまってんじゃん」
「ボコられすぎて頭のつくりが変わっちゃったんじゃない?」
「ハク、けなげ」
「再生能力があるぶん、精神的にも打たれ強いのかも知れないな」
四者四様の意見があるなか、エミルは、
「それなら、よかった」『よかったね、ハク!』
シロンとそろって、ほほえみを返しました。
「……素敵だ……」
「ふえ?」
カナトのつぶやきに、エミルは思わずヘンな声をあげてしまいました。
すると、カナトはスッと立ち上がり、大げさなポーズを取りはじめて言うのです。
「そう! あの戦いの最後の瞬間、虹色の光につつまれたとき、ボクは感じたのです。ボクを救わんとする、アナタの心を、そう、アナタの愛を! ひと目見たときからアナタに心奪われた、ボクの想いは一時の気の迷いなどではなかった! そう、直感していたのです! アナタこそが、ボクの運命の相手だと! 愛しています、エミルさん! ボクと、結婚を前提としたお付き合ぐぼはあっ!?」
背景にキラキラしたバラのお花畑が見えそうな告白シーンのさなか、ふたたびカナトの顔面にアスタのストレートパンチ、腹部にアンナのミドルキックが炸裂し、ふっとびました。
「ふざけてんのかテメエ! 冗談はカオだけにしやがれ!」
「アンタなんかが、エミルと釣り合うワケないでしょ!」
「そ、それは論点がズレているような……」『ク~……』
と言いながらも、ユーリはとても複雑な気持ちをかかえていました。まるでアスタとアンナに、よくやったとでもちょっぴり思っているような……
「ふ、ふざけてなどおりません! ボクは全身全霊で、エミルさんのお人柄に惚れたのです! この恋路を邪魔するというのであれば、キミたちといえど許しませんよッ!」
「上等だこのヤロウ!」
『そもそも! シロンとエミルがたすけたかったのはハクなの! カナトはついで!』
「……言っちゃった」
いよいよ収拾がつかなくなってきたなか、ミスリオが割って入ってきました。
「カナト、俺の従者が回収した杖だが、その悪しき者とやらから受け取った物で間違いないな?」
「え、ええ。まちがいありません。白いフードを着た、よく考えたらだいぶ怪しいオトコでした」
「なら、これからお前の身柄は俺が預かる。安心しろ、悪いようにはしない」
「え……? な、なぜです?」『シャー!』
ミスリオのまさかの提案に、カナトとハクはたじろぎました。身柄を預かるなんて、まるで警察かなにかみたいじゃないですか。
「あの杖は最終的にお前のマナをすべて吸い上げる仕組みになっていた。つまり黒幕は最初からお前を使い捨て、始末するつもりだったという事になる。だがお前はまんまと生き残ってしまった……どういう事かわかるな?」
「ハッ……! も、もしや、ヤツはまだ、ボクを殺そうと考えているかもしれない……と?」
「あくまで可能性だ。生きるも死ぬもどちらでもいい、と考えているほうが高いだろうが、念のためだ。どちらにしろ重要参考人という形で来てもらう事になるが」
カナトはその事実に顔が青ざめ、ミスリオはエミルたちに向き直って、つづけて言いました。
「そしてそれは、お前たちも同様だ。奴は俺たちの戦いをどこかから見物していたにちがいない。事態をおさめた俺たちの事を目ざわりに思いマークされても、最悪、いずれは始末しようと考えていてもおかしくはないだろう」
ミスリオの言葉で、場が痛い沈黙に支配されました。
次に命を狙われるのは自分かも知れない。そう思うと、さすがに緊張するのでしょう。
「特にエミル、お前たちの浄化のチカラは、ワンダーを暴走させるアイテムを持つ奴からしては最も目ざわりなもののはず。お前たちが一番、狙われる危険が高い」
すると、エミルは自分の身を案ずるように言うミスリオに、不敵でステキな笑顔で返しました。
「……だいじょうぶ。わたしたちならそんなの、自力ではね返しちゃうよ。みんなだって、そんな危険なんて承知の上で、覚悟して冒険の旅に出たんでしょ?」
そう言って、ほかの戦友たちにも呼びかけます。
「……そうだな、エミルの言う通りだ!」『ギャオー!』
「フン、むしろ、修行の相手にちょうどいいわよ」
「ラブアンドピース、プルリンは世界を救う!」『プルプル~!』
「それはちょっとちがうと思うけど……ぼくたちはすでに悪いやつらに狙われてるし、いまさらかもね」『クー!』
消沈するかと思いきや、むしろ士気が高まったウィザードたちを見て、ミスリオもまたフッとほほえみました。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないとでも言いたげです。
「……そうだな。俺たちはウィザードであり、冒険者だ。外の世界に飛びだした時点で、身の保証などとうに捨てている。友として、ライバルとして、お前たちの武運を祈る」
「だから、仕切るなっての!」
なんだかんだ苦笑いしながら言うアンナに、アスタ、ミスリオ、リップル、ユーリ、そしてエミルの六人は、いつかの再会を誓い合って、グータッチを交わしました。




