第62話 集う新星たち その8 アンナと不穏な影
お風呂から上がったエミルとパートナーたちは、いっしょに入浴していたレギュラーツインテールの少女に連れられて、施設内の彼女が宿泊している部屋まで通されました。
立ち姿を見ると、少女はとてもスラッとしたスタイルで、身長は目算で160cm前後、エミルとは頭いっこぶん近くの差がありました。
アドレスの宿泊部屋は、二段ベッドと棚と机があるだけの簡素なもので、まさに泊まるためだけの部屋といったおもむきです。
「わざわざ来てもらって悪いわね。流されるだけのモブどもが目ざわりで耳ざわりだったから」
少女はちょっぴりもうしわけなさそうなふうですが、その物言いはそうとうにキツいものでした。
……まあエミルも正直、内心似たようなことを思っていたので、なにも言い返しはしませんでした。
「アタシはアンナ。アンナ・トマリ。14歳。このコはパートナーの【フレイムワルキューレ】のルージュ」『よろしくね』
ルージュは、入浴のときとはちがい、赤い兜と露出度の高い鎧を身につけ、そして背中からは炎の翼を生やしていました。
「わたしはエミル。12歳だよ。パートナーの【ダークエルフ・プリンセス】のシルヴィアに、【ホワイトドラコ】のシロン」『よろしくお願いいたします』
シルヴィアは礼儀正しくぺこりと頭を下げますが、シロンはアスタとの決闘以来、ずっとだまったままでした。
「単刀直入に聞くけど、アンタって、マジでエイル・スターリングの妹なの?」
本日三度目の質問です。エミルはもう観念して、すべて正直に打ち明けることにしました。そっちのほうが、気が楽ですので。
「……うん、そうだけど。もしかしてアンナも、お姉ちゃんにあこがれて旅をしてるの?」
「逆よ。アタシは、エイル・スターリングを超えるために、故郷の町を出た」
「お姉ちゃんを……超える?」
エミルはぽかんとしました。お姉さんを心から尊敬しているエミルにとっては、考えもしないことだったものですから。
「理由、聞きたそうね」
「うん。まあ……気になるし」
「ちょっと長くなるけど、いい?」
「いいよ、おねがい」
「じゃあ話すわよ。いま世界で定められている法律では、旅に出られるのは12歳の春からだけど、アタシの故郷では改正前の年齢、15歳からって決まりだったのよね。考えが古いって思われるかもしれないけど、そうしなきゃいけないちゃんとした理由があったから、アタシもまあ、納得はしてた」
「へー、町によって、そんな決まりがあったりするんだ」
エミルはその理由も聞いてみたいと思いましたが、それはアンナが言いたくなさそうな雰囲気を感じたのでやめておきました。
「あれ? でもアンナは、いま14歳って言ってたよね?」
「そうよ。アタシも旅には早く出たかったんだけど、あと一年くらいがまんするつもりでいた。でも、あの新聞記事が出て、気が変わったの」
「それって、もしかして、お姉ちゃんが最年少マスターウィザードになった……」
「ええ。あの記事を見た瞬間、アタシは発奮したわ。エイルが16歳でマスターになったのなら、アタシは15歳までにマスターになって、最年少記録をさらにぬりかえてやるってね」
「え、ええっ!?」
あまりの大胆発言に、エミルもびっくり仰天です。いくらなんでも、思いきりがよすぎます。
「だからアタシは、あと一年なんてもう待ってられなくなったから、家出同然で故郷を出たの。両親や町の人たちには迷惑かけちゃったかもしれないけど、アタシが最年少マスターウィザードになりさえすれば、ぜんぶチャラになると思ってね」
エミルは、たしかにほめられたことではないですが、すごい行動力だなあ、と思いました。自分にも4年前、オキテをやぶってお姉ちゃんについていくだけの度胸があれば、とちょっとだけ考えてしまいました。
「でも、マスターウィザードになるのって、大変なんでしょ。お姉ちゃんも、4年かかったんだよ?」
「そんなことは百も承知よ。だからこそ挑戦しがいがあるんじゃないの」
「そんなむちゃくちゃな……どうして、そこまでしてお姉ちゃんを超えたいと思うの?」
「アタシはね、負けるのが一番キライなの。近い年代の子がアタシより早い歳で故郷を出て、最上級の地位までのぼりつめたって事実が、どうしても許せなかったの」
エミルはあぜんとしました。ただの負けずぎらいという理由だけでそんな野望をいだく人間は、いまだかつて見たことがない、そう思いました。
「さいわい自慢じゃないけど、アタシにはウィザードの才能はじゅうぶんすぎるほどにある。この【フレイムワルキューレ】がパートナーになってくれたんだからね」『ええ、その通りよ』
ルージュはまるでシルヴィアに向けるように、バチンとウインクしました。シルヴィアは、ちょっぴりほほを赤らめました。
たしかに、【フレイムワルキューレ】は天使系高位のワンダー、パートナーにできる人間はそれにふさわしい心や魂を持つものにかぎられるでしょう。アンナはそれができるだけの素質を持ち、それは高いウィザードの才能を持っているということにほかなりません。
「でも、マスターウィザードになるための、たしかな道すじは考えてるの?」
エミルの言う通り、それがなければ、アンナの言うことはただのよくある子どもの絵空事でしかありません。
「決まってるでしょ。"グレイテスター・グランプリ"で優勝するのよ」
グレイテスター・グランプリは、その名の通り、アストライト王国最強のウィザードを決める、決闘の全国大会です。エミルももちろん知っているのですが、べつに最強になりたいわけじゃないので、興味はありませんでした。
「知ってるとは思うけど、グランプリ優勝者にはマスターウィザードのうち一人を指名して、戦う権利が与えられる。アタシはそこで、エイルを倒す。そうすれば直接エイルを超えたことにもなるし、国もアタシをマスターにしなきゃって、ほっとけなくなるかもしれないでしょ。現にそのルートで腕っぷしを買われて、マスターウィザードになったヤツもいるわけだし」
エミルは、言葉がありませんでした。お姉ちゃんを倒すだなんて、自分では一度だって考えもしなかったことを自信マンマンに言ってのけるアンナに、尊敬の念をいだきつつすらありました。
「うん、アンナがお姉ちゃんを超えたい、っていう気持ちは、じゅうぶんわかったよ。がんばってね」
エミルは自分にはそういう気がないために、素直にアンナを応援しました。
「はあ? なにひとごとみたいに言ってるのよ。アタシがアンタに顔貸してもらったのは、宣戦布告のためなんだけど」
「せんせんふこく?」
するとアンナがふきげんそうな顔で言うので、エミルはきょとんとしました。そういえば、たしかに自分が呼び出された用件の話が、まだでした。
「そうよ、ひとつは実の妹のアンタに直接、エイルを倒すって宣言すること。もうひとつは、アンタ自身が、アタシの最大のライバルになりうる存在だと思ったからよ!」
アンナは、自分よりずっと背の低いエミルの鼻先にビシッと指をつきつけて、宣言しました。
「わたしが……最大のライバル?」
「あのミドリのヤツ(アスタ)との決闘を見ててピンときた。アンタのウィザードとしての非凡な才能にね。アタシ、そういう直感には自信があるの。コイツにだけは負けたくないって直感がね。その歳で白いドラコやダークエルフなんて連れてるし、もしかしたらアンタはエイルをも超える逸材なのかもしれない、そう思うと、こうせずにはいられなかったのよ」
「わたしが……お姉ちゃんを超える……?」
エミルのほうは、まったくピンと来ていないようでした。
たしかに幼いころ、ウィザードとしての才能は自分よりすごいと、お姉さんに太鼓判を押してもらいましたが、戦いにおいては自分のほうがすごい、ともはっきり言われていたのですから。
「そう、だからアタシはいつか、アンタたち姉妹を倒す。そのための宣戦布告よ。ホントなら今すぐでもここで戦いたいところだけど、いまはおたがい修行で疲れてるでしょ。やるなら万全のときがいいに決まってるからね」
「う、うん……」
「じゃ、用はそれだけ。急に呼び出して悪かったわね。これはそのおわび」
そう言ってアンナは、エミルにカギを手わたしました。
「これって、この部屋のカギ?」
「アタシ、きょうは外で寝るから。この部屋使っていいわよ。じゃあね」
そう言って、アンナはパートナーといっしょに部屋を出ていきました。
終始彼女の熱さと闘志に圧倒されて、言葉のキャッチボールを取りこぼしまくるような会話だったので、次会ったときは、もっとちゃんとおはなしできるといいなと、エミルは思いました。口は悪いですが義理がたいところもありますし、なんだかんだ、エミルはアンナのことが好きになっていたのです。
『エミル様……』
シルヴィアは、はかなげな表情でエミルを見つめました。
エミルはカギをぎゅっとにぎりしめて、アンナの言葉を心のなかで何度も思い返していました。
「お姉ちゃんを、超える、か……」
そしてシロンは、結局ずっとだまったままでした。
☆ ☆ ☆
すっかりお月さまの輝く夜になった、アドレスの敷地からすこし離れた林にて。
「クソッ! クソッ! クソッ! なぜだ、なぜオレの思い通りにならないィ……!」
そこではユーリとの決闘のあと、いずこかへと走り去っていったカナトが、泣きながら何度も地面をなぐりつけていました。
見開かれた目を血走らせ、かみ続けたくちびるから血を流し、両手も血とドロにまみれていました。
とある大きな町の名家の令息として生まれて以来13年、ほしいものはすべて手に入れ、なにも思い通りにならないことはありませんでした。自分は生まれながらに選ばれた者なのだ、そう信じてうたがわなかったのです。
そのはずなのに、選ばれし者などとはほど遠い、いやしい身分の田舎者に決闘で大敗するなんてありえない、しかも【プルリン】や【コイシカメ】といった最底辺の虫けらのようなワンダーに。これが現実であるはずがない、そう思い続け、必死に現実から目をそむけようとしていたのです。
しかしそう思っても、頭の中からあの田舎者と、それをうれしそうに見ていた、自分のモノになるはずだった少女の笑顔が消えてくれないのです。
もはやどうすればいいのかなにもわからなくなったカナトは、こうして地面に問い続けるしかなかったのです。
「う~ん。それはキミにチカラが足りなかったからですねぇ」
そんなとき、その問いに答えるナゾの人物が、カナトの目の前に現れました。
人物は白いフード付きのローブで全身を隠していて、声のトーンからかろうじて男性であるということくらいしかわかりません。
「ダレだ……オマエは……!」
「う~ん、そうですねぇ、通りすがりの研究者、ってところですかねぇ」
ナゾの人物は、実にへらへらしたようすでこたえました。
「おっと、気を悪くしないでくださいねぇ。なにもキミが弱いと言っているわけではないのです。チカラが足りないというのは、キミがまだそのチカラを持っていない、というコトなのですからぁ」
「オレが……チカラを持っていない……だと……?」
「ノンノン。そうやってキレたら言葉を荒げるのはマイナスポイントですよん。同じ丁寧語キャラとしては、非常に許せません。改めるコトをオススメしますよ。ピンチでもチャンスでも、いつどんなときもふてぶてしく、これが丁寧語の極意というものです」
「意味がわからん……」
「さて、長話は大好きですが本題に入りましょう。私がキミに、その足りないチカラを差し上げます。そしてその見返りに、キミには私の願いをひとつかなえていただきたい。いわゆる取り引きですね」
「取り引きだと……?」
「もちろん、のるかそるかはキミ次第。断ってくれてもキミの命を取ったりはしません。でも乗っていただけるなら、キミののぞむものはなんでも手に入るコトでしょう」
カナトは、しばらく考えたあと、答えを出しました。どうせどうすればいいのかわからなくなっていたのだから、答えを提示したこの男に乗ってやるのも悪くない、そう思ったのです。
「……いい、でしょう……チカラを与えてくれるというのなら、乗ってあげますよ。して、アナタの願いというのは、いったいなんです?」
「ウフフッ、それはですねぇ……」
ナゾの人物は白いフードの下で、ニヤリとした笑いを浮かべました。




