第54話 エミルとシルヴィア その4 それぞれのしあわせ
そのころ、ランチタイムの場に残っていたユーリとコジカはというと。
「あ~、サクラにエミルさん、だいじょぶかなあ、ケガとかしてねえかなあ……」
パートナーのサクラを足代わりとしてエミルに貸し与えたコジカは、心配でそわそわうろうろしていました。
「だいじょうぶだよ。エミルならきっと、無事にみんなといっしょに帰ってくるよ」
クリスがさらわれた直後とはうってかわって、落ち着いていたユーリは、エミルたちが向かった方角を見すえながら言いました。心のなかではやっぱり心配はあるでしょうが、そのまなざしはエミルを信じる気持ちに満ちていました。
おなじく取り残されたグレイはというと、われ関せずといったようすで、ぐーぐー眠って体を休めていました。ある意味、エミルを信頼しているともとれなくもありません。
すると、ユーリの視線の先から、何かが飛んでくるのが見えました。近づくにつれ、そのシルエットがはっきりして、正体はクリスたちをさらった大きな【ツカミドリ】だということがわかりました。
「も、も、も、もどってきたあ!? まさかエミルさん、やられっちまったのかなあ!?」
「そ、そ、そ、そんなはずは……!」
目の前にせまってくる巨鳥に、コジカとユーリは恐怖でまたしてもあわてふためきました。
「おーい、ふたりともー!」
そのとき、聞きおぼえのあるあかるい声が響いてきました。声は、鳥の背中から聞こえてきたようで、ユーリたちがおずおずとそちらに目を向けてみると、
「ただいまー! シロンもクリスも、返してもらったよー!」『やっほー!』『クー!』
そこではなんと、エミルがシロンとクリスといっしょに、笑顔で大きく手を振っていたのです。シルヴィアもうれしそうにエミルの両肩をつかんでおり、ほかにもツカミドリの子どもらしき、四羽のヒナたちも乗っていました。
「エ、エミル!?」
あまりにも意外な展開に、ユーリは声が裏返ってしまいました。
エミルたちを背中に乗せたツカミドリは、ゆうゆうとユーリたちの前に着陸しました。
「よっと、ただいま!」『クー!』
鳥の背中からひょいと降りたエミルがあいさつするのと同時に、クリスはうれしそうにユーリの胸に飛びこんでいきました。
「クリス! 無事でよかった! ごめんね、助けに行ってあげられなくて……」
ユーリは涙を浮かべながらクリスを抱きしめて、謝罪の言葉をかけました。
『クー!』『だいじょーぶだよユーリ。クリスはユーリのたすけたいってきもち、ちゃんとわかってるから。エミルのつえから、つたわってきたって!』
シロンの通訳で、ユーリはエミルに託した自分の想いが、ちゃんとクリスに伝わったとわかったことに感激して、胸がいっぱいで泣きそうになりました。
「コジカもありがとう。サクラのおかげでほんとうに助かった。安心して、ケガひとつさせてないから」
エミルはあずかったサクラの指輪を、持ち主のコジカに手わたしました。
「いえいえ、お役に立てたならよかったです。にしても、なしてあんトリといっしょに帰ってきたんすか……?」
コジカはおそるおそるといった感じで、いまはおとなしくしているツカミドリを見ました。
「うーん、話せば長くなるんだけど……」
エミルはツカミドリの巣での一部始終をふたりに話しました。
「……それで、"背中に乗せてほしい"っておねがいして、帰ってきたってわけだね。なんというか、さすがエミルって感じだよ」
「えへへ……」
ユーリはあきれ半分感心半分の笑みを浮かべ、エミルは照れくさそうに笑って頭をかきました。
大きな鳥の背中に乗って空を飛ぶというのは、エミルのやってみたかったことのひとつだったのです。
「でもごめんね。おみやげのフルーツ、ぜんぶあげることにしちゃって」
「ぼくはいいよ。ぼくもきっと同じことをしたと思うし」
ユーリはやわらかくほほえんで、エミルを肯定しました。やっぱりエミルはやさしい子だな、と心のなかでつぶやきました。
「にしても、こったらトリとまで友だちになるなんて、エミルさんてばほんっとすげーなあ~」『クゥー!』
コジカとサクラも、エミルに感心しているようすです。
シロンとシルヴィアはみんなから尊敬を集めるエミルがほこらしくて、ふんと胸を張りました。
『ほんとうに感謝してるよ、人間のおじょうちゃん。近くに来たら、またいつでも遊びにおいで』『シロンもクリスもまたねー!』『こんどは、いっしょにあそぼうねー!』
あらためてお礼を言うと、お母さん鳥は子どもたちを乗せて、声をあげ飛び去って行きました。
「うん、またねー!」『みんな、げんきでねー!』『クー!』
エミルたちは大きく手を振って、ツカミドリの親子を見送りました。
『エミル様は、ほんとうにおやさしいのですね。あの親子も、ほかの野生のワンダーたちも、相手を必要以上にキズつけずに事態をおさめることができるなんて、私も見習いたいです』
シルヴィアはエミルにぐいっとせまって、羨望のまなざしで言いました。
「……でも、そのやさしさが、今回の事態の原因になったともいえるんだけどね」
エミルは、悲しげな顔でぼそっとつぶやきました。
『……え? それは、どういうことですか……?』
「魔物がワンダーと呼ばれるようになって、ワンダーは人とより近しく、親しい存在になった。そのために、積極的に討伐されることも少なくなって、野生で暮らすワンダーの数はいま、むかしよりずっと多くなってるんだよ」
シルヴィアは気づいたようにハッとしました。
『……まさか、ワンダーの数が増えたことで、食糧の取りぶんが少なくなったから……?』
お母さん鳥が、最近めっきり木の実がとれなくなった、と言っていたことを思い出したのです。
「そうだと思う。新聞によると、世界じゅうでそのことが最近問題視されつつある。食糧難で人里に下りたり、ウィザードやパートナーを襲ったりする野生のワンダーが増えてるってね」
『そんな……やはり、彼らのような野生のワンダーたちは、なに不自由ない楽園で暮らしたほうが、ずっと幸せになれるではないですか……!』
シルヴィアはランチタイムのときの会話を思い出したように、悲痛な声でうったえました。野生のワンダーたちはみな本心では、楽園のような場所での暮らしをもとめているのではないか、と。
「たしかに、わたしもそう思う。奪い合って争ったり、食べものがなくて飢えたりするより、ずっといいって。でもね……」
エミルは、ツカミドリが現れる直前、言いかけたつづきの言葉をつむぎました。
「それじゃ、わたしは生きてるって感じがしない」
『え……?』
「たしかに争いも飢えもない平和な楽園はすばらしい場所だった。でもわたしは、あそこで一生暮らしたいとは本気で思えなかった」
『ど、どうしてですか? すばらしい場所だとわかっているのに?』
「わくわくがないからだよ」
『わくわく……?』
「わたしは見たことのないものを見て、聞いたことのない話を聞いて、さわったことのないものをさわって、かいだこともないにおいをかいで、食べたことのないものをおなかいっぱい食べたい。楽園にこもってたんじゃ、わたしののぞみはどれも実現できないからね」
『エミル様……』
「もちろん、楽園みたいな不自由のない暮らしが好きな人もいるってことはわかるし、否定する気もないよ。でも、みんながみんなそういう考えじゃないって、わたしは思うんだ。みんなそれぞれに、自分のしたい生き方が、もとめてるしあわせがあるってね。あのツカミドリのヒナたちだって、お母さんの背中の上でひろがる空を見て、すごく目をキラキラさせてたよ。きっと自分たちも大きくなったら、この広い空を飛びまわりたいって思ってただろうね。あのお母さん鳥だって、飛んでるときは楽しそうだったし」
いっしょに乗っていたシルヴィアも、ハッと思い出しました。広い空を飛ぶという感覚は、きっとせまいゾンネの森では味わうことはできないでしょう。
「……わたすも、エミルさんの気持ちさ、わかる気すっだ。のんびりまったりは好きだけんど、ずっとそーしたいとは思わねえ! だって、サクラといっしょに知らねえ大地さ走ったら、すっげえわくわくすんだもん!」『クゥー!』
コジカとサクラは、興奮ぎみに言いました。
「……ぼくも、同じ意見かな。たしかに争いのない平和な世界でずっと暮らしたいって気持ちはあったけど、ぼくがこれまで手にしたすばらしいものたちは、平和な楽園にいたんじゃ手に入らなかっただろうし」『クー!』『プルー!』『クォー!』
ユーリは、自分のパートナーたちに視線を合わせて言いました。それから、ちらっとエミルの顔も見ました。
『シロンもらくえんはすきだけど、わくわくするのはもっとすき!』
シロンもにっこり笑顔で言いました。
『……たしかに、エミル様のおっしゃる通りかも知れません。集落のエルフたちの衰退のそもそもの原因は、楽園での安穏とした暮らしによるものでしたし、不自由のないばかりでは生きものは不健全であるということも、わかります、ですが……』
「わかってる。それでも争いや飢えなんて、ないほうがいいってことはね」
エミルは、うつむくシルヴィアの手をぎゅっとにぎって言いました。
「だから、わたしは楽園を見たときに思ったの。楽園の中にいるものだけじゃない、世界中のワンダーみんなをしあわせにしたいって。そのためにわたしができることをしたいって。やっと見えてきたわたしだけの目標、それを教えてくれたのは、シルヴィアたちなんだよ」
エミルの言葉に、ユーリは楽園で過ごした最後の夜の、エミルとの会話を思い出しました。
「その方法を見つけるためにはシロンと、グレイと、シルヴィアのチカラが必要なんだ。だからこれからもずっと、わたしにチカラを貸してくれるとうれしいな」
エミルがほほえんで言うと、シルヴィアはきれいなオレンジのひとみをうるませながら、エミルの手をにぎりかえしました。
『エミル……様……もちろんです。私も見つけたいです、世界中のワンダーたちがしあわせになる方法を。そしてなにより、私はエミル様を、しあわせにしてさしあげたいです……』
「あははっ、わたしはもうしあわせだよ。シルヴィアみたいな、美人で、かわいくて、強くて、かっこいいひとが、パートナーになってくれたんだもん」
はずかしげもなくにっこり笑って言い切ったエミルに、シルヴィアは感激でうるうると涙を流しました。
『エミル様……それだけではぜんぜん足りません! 私はもーっと、エミル様をしあわせにしたいです!』
「うひゃあ!」
感きわまりすぎたシルヴィアは、エミルを抱きしめたままいっしょにドサッと倒れこみました。
「あはははっ!」
仲間たちはそのほほえましいようすを見て、いっせいに笑い声をあげるのでした。




