第51話 エミルとシルヴィア その1 森の外の空気
使い切ってしまった回復の薬の補充と、単純な好奇心と興味のため、エミルたちは冒険者の休憩所といわれるアドベンチャラーズレスト、通称アドレスをめざすことになりました。
場所を教えてくれた男の子によると、アドレスは目的地である"ファーブル緑地"の手前に位置するらしく、つまり通り道にあるのでちょうどよかったのです。
また、いろいろ助けてあげることになったウィザードの女の子コジカも、同じくファーブリアの町が目的地だったということで、そこまでエミルたちといっしょに行くことになりました。一時的とはいえ旅の仲間が増えて、またにぎやかになりそうです。
さて、エミルたちはいまなにをしているのかというと……
「《ファイアボール》!」
『はあっ! やあっ!』
白と黒を基調とした、豪華な冒険者風の衣装をまとった【ダークエルフ・プリンセス】のシルヴィアは、両手のひらにともした火の玉を二発、華麗なフォームで投げつけました。
『プルッ!』『プル~ッ!』
顔面に火の玉をぶつけられた二体の【プルリン】は悲鳴をあげ、コロリと倒れてしまいました。
『やりましたっ! エミル様! 私、勝ちました!』
シルヴィアはエミルのほうを振り向き、子どもみたいにぴょんぴょん跳ねて大よろこびです。
「初勝利おめでとう、シルヴィア! よくできました!」
そんな彼女をほめるように、エミルはシルヴィアをぎゅっと抱き寄せました。もっとも、シルヴィアのほうがだいぶ背が高いので、エミルが彼女の豊かな胸に飛びこんだふうに見えなくもありません。
ユーリはうしろでそのようすを、ほほえましく見守っていました。まるでいつかの自分とクリスを思い返しているかのようです。
それもそのはず、今回はそのときとほとんどシチュエーションが同じなのです。
戦闘をほとんどしたことのないシルヴィアに経験を積ませるために、偶然出くわした【プルリン】相手に実戦訓練、そして、勝利をあたたかく祝福してくれるエミル……ほんの数日前の話なのに、ずいぶんなつかしく思えて、ユーリはしみじみしていました。
ちなみにエミルは、まだキリクとの決闘の前にユーリから借りた杖を使っていました。
『ブル~……』『プルッ!』
いっぽう、気絶していたプルリンたちは起き上がって、スタコラサッサと去っていきました。
ユーリはアクアのときのように、彼らをかわいそうだとすこし思いましたが、それ以上の感傷はもうわいてきませんでした。多くのワンダーたちを見てきて、彼らのたくましさを知ったからかもしれません。
「ほえ~! こげなきれーなダークエルフまでパートナーにしてるなんて、エミルさん、やっぱすげーなあ~!」『クゥ~!』
コジカとパートナーの【ウッデッア】のサクラは、羨望のまなざしでエミルとシルヴィアを見つめました。サクラは森で生まれ育ったので、潜在的にエルフへのあこがれが強いのかもしれません。
「ありがとう」『ございます』
エミルとシルヴィアはふたりなかよく両手を合わせて、かわいらしく、きれいな笑顔でお礼を言いました。
☆ ☆ ☆
お昼になったので、エミルたちは休憩もかねて、平原の木の下でごはんの時間にすることにしました。
メニューは、ユーリ手作りのおいしいサンドイッチ。すっかりエミルたちの大好物のひとつになりました。ゾンネの森でおみやげにもらった果物をふんだんに使った、フルーツサンドもあります。
「……んん?」
サンドイッチをかじろうとしていたユーリはふと、後ろの木に振り返りました。
「どうしたの、ユーリ?」
「いや、また木の後ろから、だれか現れるんじゃないかって」
『しんぱいしょーだなあユーリは。ちかくにはなんのけはいもかんじないから、あんしんしなさい』
「あはは、ありがとう。さっきも前と似た状況になったから、今回も、もしかしたらと思っただけだよ」
ユーリの心配もとりこし苦労に終わり、楽しいランチタイムがはじまりました。
『エミル様! このサンドイッチ、とってもおいしいです!』
「よかったね、ユーリに感謝しようね」
『あー! こらグレイ! そのフルーツサンド、シロンのぶん!』『ガウッ! (知るか!)』
『クー!』『プルーッ!』『クォ~!』
「ねえシロン、みんなの感想を教えてくれない?」『すごくおいしいってさ! シロンいま、いそがしいの!』
「みんなして食べるごはんさ、やっぱうんまいなあ~、サクラ!」『クゥー!』
十人十色のしあわせなデリシャス空間、ひさびさに心あたたまるひとときです。
「シルヴィア、どう? 森の外に出てみて」
『ええ、私は森の集落で生まれたので、外の世界のことはお父さまから聞いたり、文献で見たりでしか知らなかったのですが、やはり自分の目で実際に見ると、ちがいますね』
「だよね! やっぱり本で見るのとはちがうよね! わたしもお姉ちゃんとはじめていっしょに冒険したとき、そう感じたもん!」
『はい! 緑色の草木は本にのっているものよりずっときれいですし、風のにおいだって実際にかがないと感じられませんでした。なにより果ての見えない大地に、胸がドキドキしてしかたありません!』
「うんうん! わかるわかる! わたしも旅に出たてのころはそうだった! この広い世界を、思う存分味わってみたいって思うよね!」
『ええ、とっても!』
ふたりの楽しそうな会話を聞いていたユーリは、見た目や性格はまったくことなるのに、エミルとシルヴィアはよく似ていると思えました。そういった通じ合うものがあるからこそパートナーになれたのでしょうか。これがライカの言っていた、"波長が合う"ということなのでしょうか。そんなふうに考えたのです。
「野生のワンダーたちについては、どう思った?」
『ええ……楽園にいたものたちとはちがって、少々荒っぽいのはおどろきましたが、彼らもまたこの世界で、懸命に生きているんだということが伝わってきました』
「うんうん、そうだよね。みんな一生懸命に生きてる。まぶしいくらいにね」
『……ですが、思うのです。彼らも本心では、楽園のような場所で暮らしたいと思っているのではないのかと……』
シルヴィアはふとももに両手を置いてうつむきました。長いまつ毛の下のオレンジのひとみが、うるんでいるように見えます。
「……そうだね、争いも飢えもない世界、たしかにわたしもあそこでずっと暮らしたいと思ったときもあるよ。でもね……」
エミルが言いかけた瞬間、強い風が吹いて、上空からなにか大きな影が降りてきたと思ったら、フルーツサンドをほおばっていたシロンとクリスの姿が一瞬にして消えました。
「え?」
あまりにも突然のことに、エミルたちはあぜんとします。
『たすけてー!』
そんなシロンの悲鳴のような叫びでわれにかえり、そちらに目を向けると、なんとシロンとクリスが大きな鳥にわしづかみにされ、いずこかへと飛んでいくではありませんか。
「……シロン! たいへん! シロンが鳥にさらわれちゃった!」
一瞬遅れて状況を理解したエミルが、立ち上がっておどろきの声をあげました。
「クリスまで! ど、ど、どうしよう!」
ユーリもあわてふためき、わけもわからずきょろきょろとまわりを見回すばかりです。
「あ、あの鳥は【ツカミドリ】です。エモノさたっぷりわしづかみんして、巣まで持ち帰る習性さ持ってます!」
コジカはじたばたして大きな鳥を指さしながら解説しました。
「それは知ってるよ! でもツカミドリの好物は木の実で、ワンダーにはめったなことじゃ手を出さないはずでしょ!?」
「ツカミドリは鳥ん中でもとくにハナがいいんです。たぶん、シロンたつの食べてたフルーツサンドのニオイさ、つられたんかと」
「と、と、とにかく、クリスとシロンを取り返さなきゃ! 早く追いかけよう!」
ユーリは必死になって提案しました。自分の命より大事なクリスがさらわれたことで、完全に冷静さを失っています。
「でもグレイはまだ走れそうにないし、わたしたちの足じゃ、追いつく前にシロンたちが食べられちゃうかも……」
エミルがへたりぎみのグレイを見ながら神妙な顔で考えていると、コジカが右手を上げて言いました。
「で、でしたら、サクラさ頼ってください! このコは一人しか乗せれませんが、全速力出せばきっとあのトリさ追っつけます。それに、ツカミドリは高えガケに巣さこさえるんで、ガケだってひょいひょい登れるこのコなら、うってつけです!」『クゥー!』
サクラもはりきったような声をあげました。いまこそエミルへの恩返しのときだと思っているのです。
「……わかった! ならありがたく乗せてもらうね! ユーリとコジカは、ここで待ってて!」
「でも、クリスはぼくが助けなきゃ……」
「気持ちはわかるよ。でもサクラにはひとりしか乗れない以上、行くとしたらいちばん強いわたししかいない。だいじょうぶ、ユーリの気持ちはこの杖といっしょに持っていくから、わたしのこと、信じて待ってて」
エミルは借りっぱなしの杖を取り出して、ユーリの手といっしょにぎゅっとにぎりしめました。
「エミル……わかった。ぼくの想い、きみにあずけるよ。だから、きっとクリスとシロンを連れて、戻ってきてね」
ユーリも納得して、祈りをこめるようにエミルの手をにぎりかえしました。クリスをとりもどすには、いまはエミルにまかせるのがいちばんいいと自分に言い聞かせながら。
「うん、約束する! 行くよ、シルヴィア! サクラ!」
『はいっ!』『クゥー!』
エミルはシルヴィアを指輪にもどし、サクラの背中にまたがって、飛んで行ったツカミドリを追いかけていきました。




