第44話 ゾンネの森 その17 薄明の絆
その夜も、盛大な宴がとりおこなわれました。今回は、あすの朝出発するエミルたちへの別れの宴です。
この人たち、なにかとかこつけて騒ぎたいだけなんじゃないかと思わなくもないですが、料理はおいしいし、にぎやかなのは楽しいですので、エミルたちはまあいっか、という気になりました。
宴が終わったあと、みんなが寝しずまった夜中の広場で、エミルはひとり空を見上げていました。
人間の立ち入りをはばむ結界の中でも、空にきらめく星ははっきりと見えます。それをながめて、エミルはせつなそうな顔を浮かべました。
「エミルも、眠れないの?」
そこに、宿のとなりのベッドに、エミルがいないことに気づいたユーリがやってきました。
「うん、あしたこの森を出るんだと思うと、最後に夜の景色を見ておきたいなって」
「そう、だね。じゃあ、ぼくも見ようかな」
そうほほえむとユーリは、エミルのとなりに、すこし離れた位置にすわりました。
「この森、とってもステキで、ワンダフルだったね」
「うん、そうだね。いろいろ怖いこともあったけど、いまは来てよかったと思う。ライカさんに感謝だね」
「ライカさんか……もらったカメラでここの写真、いっぱい撮ったけど、人に見せるわけにはいかないね」
「……そうだね。それはぼくにもなんとなくわかる。この森は、そっとしておいたほうがいいんだ」
「でもわたし、いつかみんなにも見せられるようになればいいと思って、写真、撮ったんだよ」
「どういうこと?」
「外の世界には、悪いやつやよくばりな人たちがたくさんいる。そんな人たちからのがれるために、この森は隠されている。なら、そんな人たちがこの世界からいなくなれば、隠す必要もなくなるでしょ?」
すると、ユーリはぎょっとした顔をしました。
「えっ……たしかに、そうだけど……それはちょっと、過激すぎじゃない?」
「あはは、ごめん。たしかにそれは言いすぎだったね。なら逆に、心の清らかな人をいっぱい増やすっていうのはどう? それで、その人たちといっしょに、世界中の楽園を悪いやつらから守るの」
「うーん、たしかにそっちのほうが、まだ現実的かもしれないね。方法は、まったく見当がつかないけど……」
「まあどっちにしても、今回のことでわたしの進むべき道、ちょっとだけ見えたような気がするよ。声を聞くチカラも、浄化のチカラも、きっとそのために神さまがあたえてくれたんだって、いまはそう思う」
エミルは星空に向かって手をかざしながら言いました。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、その声と浄化のチカラについて」
「あ、聞きたい?」
「うん、すごく聞きたい」
ユーリは、気持ち早めにうなずきました。
「まず、声のチカラね。わたし、すごく小さいときから、目には見えないなにかの声が聞こえたの」
「目には見えないって……まさか、きのうみたいなユーレイとか?」
「うん。ユーレイってそこらじゅうにいるから、最初のうちは夜中とかすごく耳がうるさくってさ。ぜんぜん眠れなかったの」
「そ、それはたいへんだね……あんまり、想像したくないな……」
「それで寝不足の毎日が続いたとき、お姉ちゃんがね、ユーレイなんかあっちいけー、ってはりきってくれたり、寝るときわたしのそばにくっついて、だいじょうぶ、おねえちゃんが守ってあげるよ、ってはげましてくれたりして、そうしたら、平気になったんだよ」
「……なんだか、心があたたまる感じの、いい思い出だね」
「まあすっかり慣れちゃったっていうのが大きいんだけどね。ユーレイって透けてるから基本的に無害だし、ほっときゃいいかなって。それに知ってる? 不快な音って、不快と思わなかったら不快じゃなくなるんだよ」
「ごめん、前言撤回していい?」
「とにかく、わたしにはそういう"魂の声"を聞くチカラがあるんだよ」
「たましい?」
「魂の声っていうのは死者だけじゃない、生きている人にだってちゃんとある。死にものぐるいであげた、心の叫びとかがそうだね。シロンと出会ったときもそうだったし、ユーリのときも、クリスの叫びが聞こえたんだよ」
「あ、もしかして、それでぼくたちのこと助けにきてくれたの?」
「そう、たすけてーっていう、必死な声がね。いやあ、ほんとうに聞こえてよかったなあ」
「うん、そうじゃなかったら、いまごろぼくらは生きてなかったよ。あらためてありがとう、エミル。クリスにも感謝しなきゃ」
「ふふっ、どういたしまして。じゃあつぎは、浄化のチカラね。これは、話すと長くなるんだけど……」
エミルは、チカラを得るきっかけになった、4年前の聖獣の暴走事件のことを話しました。
「……そんなことがあったんだ……ぼくなんかより、エミルのほうがよっぽど壮絶な体験してるじゃない」
「そんなことないよ。たしかにすごくショックな事件だったけど、わたしは大切な人も失ってないし、自由だって奪われてないもん。ユーリのほうが、ずっときびしい状況にあったと思う」
「そ、そうかな……でも、エミルもお姉さんとお別れしなきゃいけなくなったんでしょ?」
「そうだね。それはすごく悲しかったし、さみしかったけど、わたしにはシロンがいてくれたからね。それに、お姉ちゃんがいなくならなかったら、わたしはきっと、ずっとお姉ちゃんに甘えっぱなしだっただろうから、強くなろうとがんばることもなかっただろうし、お姉ちゃんが最年少マスターウィザードになることもなかった。いまとなってはお姉ちゃんの言う通り、これでよかったんだって思えるようになったんだ」
「……そうか。そういうきょうだいのありかたもあるんだね」
ユーリはエミルには聞こえないくらいの小さな声でつぶやきました。
「なにか言った?」
「う、ううん、なんでも。とにかく、そのとき聖獣の魂を天に還そうとして、浄化のチカラがめざめたんだね?」
「うん。浄化っていうのは、呪いや毒とか、心身にとりついた悪いものを消し去るチカラのことでね。聖職者みたいな心のきれいなウィザードと聖なる属性のワンダーだけが持つチカラで、わたしも村の教会のシスターさんから教えてもらって、鍛えることができたの」
「エミルはやさしいもんね。そんなチカラにめざめても納得だよ」
「もー、照れるなあ。でもうれしいよ、ありがとう。以上がわたしの持つ、特別なチカラのすべてです」
「よくわかったよ。そうだ、特別といえば、エミルとお姉さんの名前の由来って、大魔導士ルミエールからきてたんだ?」
「そうだよ。お父さんお母さんも、最初は女の子に男性の名前をつけるのはどうかと思ってたらしいけど、産まれたお姉ちゃんがルミエールと同じ、やまぶき色の髪と目をしてたから、大ファンとしてもうあやかるっきゃない! って思って、エイルって名づけたんだって」
「でもエミルは、髪はオレンジで目も青いよね。妹だから、お姉さんに合わせた名前にしてもらったのかな?」
「ぐいぐい聞くねえ」
「ご、ごめん。どうしても、気になっちゃって」
ユーリは顔を赤くしました。エミルのことは、どうしてももっと知りたいと思ってしまうのです。
「いいよ。わたしだってユーリのむかしの話、聞いたもんね。……正直、これあんまり話したくなかったんだけど、わたし、産まれたときはお姉ちゃんとおなじ、やまぶき色の髪と目をしてたんだよね」
「え……! じゃ、じゃあどうして、いまそんな色に?」
ユーリは驚愕しました。旅をはじめてから、いままででいちばんおどろいたかもしれません。
「3歳くらいのときだったかな。わたし、毒ヘビにかまれちゃって、死にかけたことがあったんだよ。かけつけたお姉ちゃんが毒を吸い出してくれて助かったらしいけど、そのあと何日も眠ってたんだって」
「毒ヘビに……でも、ずいぶん他人ごとみたいに話すんだね」
「死にかけてたせいか、そのときのことぜんぜんおぼえてないんだよ。……それで、数日ぶりに目がさめたと思ったら、髪も目もこんな色になってたってわけ」
「ええ……それはその……だいじょうぶ、だったの?」
「お医者さんによると、毒はきれいに消えてたし、呪いのたぐいでもないんだって。考えられるとすれば、毒の影響で体内のマナに影響が出て、色が変わったんだろうって」
「マナの影響で色が変わるって……まるでダークエルフみたいだね。あの人たちも、太陽の影響で髪が白くなって、肌も黒くなったんだものね」
「でもね、体はだいじょうぶだったんだけど、色が変わったのは精神的にショックだった。お姉ちゃんとおなじ色じゃなくなったことが、すごくいやだったの。まるで、わたしとお姉ちゃんのつながりが消えちゃったみたいでね」
「そんな……そんなことで、姉妹の絆は切れたりしないよ!」
「お姉ちゃんもそう言ってくれた。でもわたしにとって、お姉ちゃんと同じ髪と目をしていることは自慢で、誇りだった。それを失ったときのあの絶望的な気持ち、思い出したくないよ……」
エミルは体を丸めるように、ぎゅっと両脚を抱きしめました。
「ご、ごめん。やっぱり、聞くべきじゃなかったね……」
「いいの。話したいと思ったのはわたしなんだから。わたしのほうこそ、そんないやな思いさせちゃって、ごめんね」
「……でも、ぼくはエミルのいまの髪と目の色、いいと思う。髪の濃いオレンジとひとみの青、ふたつ合わせれば、まるで、薄明の空の色みたいで。きみはいやかもしれないけれど、ぼくは、きみの色がす……すごく、いいと思うよ」
ユーリは照れながらも、ただエミルをはげましたい一心で言いました。エミルにも、その気持ちはちゃんと伝わってきました。
「ふふっ、なんだか詩的な表現だね。でも……うれしいよ、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
「ふわあ~、そろそろ眠くなってきたし、戻ろうか」
「そうだね、ぼくも正直、もう眠いや」
「あ、そうだ。いまの話、シロンと出会う前のことで、あの子にも話してないから、ふたりだけのヒミツね!」
「う……うん!」
そしてふたりは、用意された宿の中へと戻るのでした。




