第43話 ゾンネの森 その16 楽園の夜明け
それはそれは楽しかった宴の夜も終わり、新しい朝がやってきました。絶望から明けた、希望の朝が。
集落のダークエルフたちはゆうべ、あんなに騒いだあとだというのに、早起きして広場に集まり、みんなで体操をしていました。なんでも毎朝欠かさずやっている、太陽に感謝するための儀式のいっかんなんだとか。
エミルたちもそれにならって、いっしょに参加することにしました。エミルはもちろん元気いっぱいですが、ユーリのほうは踊り疲れと夜ふかしでめちゃくちゃ眠そうでした。
☆ ☆ ☆
そして体操の会のあと、大樹の前の結界にて。
結界は、きのうと変わらず鏡のように森の姿を映し出しています。
その目の前で、すっかり若返った集落の長が、両手をかざして意識を集中し、エルフの言葉で呪文をとなえていました。
うしろでは、娘のプリンセス、近衛兵風のダークエルフ二人、案内役の三人組、エミルとシロン、ユーリとクリスがかたずを飲んで見守っています。
『解ッ!』
長がくわっと目を見開いて叫ぶと、次の瞬間、結界がまさに鏡のように、パリーンと大きな音とともにバラバラに砕き割れ、その向こうに見える、雄大なゾンネの大樹の姿があらわとなりました。いままさに、結界は解かれたのです。
「おお……!」
五人のダークエルフは、ひさびさに見る大樹に感激の声をあげました。やはりゾンネの森は、この木がなくてははじまらないと、あらためて思ったのです。
きのうと同じく、大樹は森のほかの木々とくらべても、ひときわ強い光を放っており、結界が消えた瞬間、森全体の明るさが増したような気がしました。まるで、長らくおさえられていたものが一気に解き放たれたように……
すると、もうひとつおどろくべきことが起こりました。
大樹の輝きに呼応するかのように、森の木々も強い輝きを放ちはじめたと思ったら、なんとそれぞれの樹幹が、つぎつぎにたくさんの黄金の木の実をつけだしたではないですか。
「これ……ソールベリー! しかも、こんなにたくさん……」『すっごーい!』
エミルとシロンも、この場にいた全員が驚愕し、また感激しました。
まるで大樹が、ほかの木々にまでチカラを与えてくれたみたいです。これこそがきっと、大樹の精の罪ほろぼしなのでしょう。
『お父さま、これならば……!』
『うむ、森のワンダーたちも、実を奪い合うことはないだろうな。まったく、みごとなものだ』
『だよねー! だって、こーんなにたくさんあるんだもん!』『クー!』
こうして、永きにわたる楽園の苦悩にも、終止符が打たれたのでした。
☆ ☆ ☆
さて、その後のエミルたちはというと、もう一日だけこの集落でお世話になることにしました。
なにしろ、まだ森の中をよく見回ってませんし、集落のダークエルフたちとだってもっとお話がしたいのです。
集落といえば、体操の会のあとの広場に、花のつぼみのような形のたまごが十個近く集められていました。
住人の話によると、これらはダークエルフが生まれてくるたまごなのだそうです。生まれる際は、ホンモノの花のようにカラが開くんだとか。エルフは完全な人型なのに、やっぱりワンダーはみんな卵生なんだと、ユーリはびっくりしていました。
ソールベリーのおかげでもとの元気をとりもどしたダークエルフは、これからも元気な子どもをたくさん産み、失った人口ももとにもどしていくでしょう。集落の未来は、この輝く森とおなじくあかるそうです。
結界が消えたのを見とどけたあと、エミルたちは森の中をプリンセスの案内で、三人乗りもできる大きな【タイボクジカ】に乗せてもらって、探検しました。なにしろ、聖域と呼ばれるふしぎな森です。すみずみまでのぞいていかなければ帰れません。
ゾンネの森はそれほど広い森ではないので、夕方までにはひと通りの場所を見回ることができました。
野性のワンダーたちがひなたぼっこに集まる広場に、昆虫ワンダーが群がるあま~い蜜の出る木、光の反射で金色に見える泉に、やまぶき色の落ち葉でピカピカに光る地面など、どこをとっても幻想的で、エミルはカメラのシャッターを切る手を止められませんでした。
ユーリはというと、マリーゴールドのお花畑に住んでいる妖精たちを見て、かつてないほど感激していました。
妖精は白いドラゴンやプリンセスには劣りますが、それでもめずらしいワンダーで、自然の豊かな場所に生息し、めったに人間の前に姿をあらわすことはないといいます。
エミルの故郷ソルン村には、人間と友好的な妖精が多くいて、エミルとも大のなかよしでした。
だからエミルは妖精を見慣れているので、興奮ぎみのユーリをほほえましく見つめていました。
「ユーリ、妖精好きなんだ?」
「うん、冒険物語を読んで、ずっとあこがれてたんだ。物語の主人公みたいに、いつか妖精がぼくをこの世界から連れ出してくれますようにって」
「じゃあクリスは、ユーリにとっての妖精さんだね。こうしてユーリののぞみをかなえてくれたんだもん」
「うん……そうかもしれないね。ありがとう、クリス」『クー!』
ゾンネの森には妖精だけではなく、ほかではとてもお目にかかれないようなめずらしいワンダーの目白押しでしたが、エミルたちは彼らとなかよくなりはしたものの、パートナーにすることはありませんでした。
ここは、争いをのぞまない者たちの楽園、これからも冒険の旅を続ける自分たちに、つきあわせるわけにはいかないと思ったのです。
……ただひとりの物好きをのぞいて。
☆ ☆ ☆
森の探検を終えたエミルたちは、集落の長のお屋敷に呼び出されました。もちろん、プリンセスもいっしょです。
『エミル殿、ユーリ殿。あらためてそなたらには本当に感謝している。この場に来てもらったのはほかでもない、大任を果たしてくれた、約束のほうびをとらすためだ』
娘と同じく、なんとも絵になる美男子ぶりです。エミルとユーリも思わず、ごくりと息をのんでしまうほど。ほんとうに、きのうまでのきれいな枯れ木のような壮年男性と同じ人とは思えません。
「え、それなら、のぞみ通り結界を解いてもらったので、もういいですよ」
『ふっ、それを勘定に入れるほど、私は小さくはないつもりだ。遠慮せず、これを受け取ってほしい』
そう言って長が手わたしてきたのは、とても古い木の箱でした。
エミルはこの形には見おぼえがありました。魔法の杖を入れるためのケースのようです。
長にうながされ、中を開けてみると、そこには古ぼけた、けれどじょうぶそうな杖が入っていました。シロンも思わず『おんぼろ!』と言ってしまうほどの見た目です。
『杖を失ったと聞いたのでな。授けるならこれがもっともふさわしいだろうと思ったのだ』
エミルが杖を手に取ってみると、まず、手ざわりからいままで使っていた杖よりも、はるかに質がいいと感じました。
しかし次の瞬間、まったくおぼえのない記憶のシーンの数々が、頭のなかをめぐっていったのです。まるで、この杖の持つ記憶が流れこんでくるかのように。
「この杖……いったいなんなんですか?」
エミルはたずねずにはいられませんでした。気がついたら汗を流すほどどっと疲れていて、これがふつうの杖ではないということはあきらかでした。
『それは我らが永遠の心の友、"大魔導士ルミエール"が友情の証として、私にたくしてくれたものだ』
「だ、だいまどうしルミエール!?」
エミルはびっくり仰天です。ユーリとクリスはそんなエミルの反応にびっくりし、シロンは『なにそれ?』という顔を浮かべています。
「この国、アストライト王国の建国者、"星王アストロ"の盟友の魔法使いだよ! この国のウィザードの、はじまりだっていわれてる人!」
『へー、すごいねー』
なんとも淡白な反応です。生まれて8年くらいのドラゴンにとっては、人間の偉人なんて知ったこっちゃないのでしょう。
『エミル殿、名前を聞いてもしやと思ったのだが、そなたの名はルミエールからとられたものではないだろうか?』
「ええ、両親が大ファンで、子どものころから彼にまつわる伝記やモデルにした冒険物語とか集めてたみたいですから。それが縁で結婚もしたらしいですし。ちなみに姉の名前はエイルで、ふたり合わせてルミエールになります」
ユーリは「そうだったんだ……」とつぶやきました。そして、思い出しました。数年前に見たエイルの活躍記事の見出しにも、"伝説の大魔導士・ルミエールの再来"と書かれていたことを。
『ルミエールって、どんなひとなの?』
「精霊や妖精だけじゃなくて、ドラゴンやエルフといったたくさんの種族と絆を結んで、世界を救うために戦ったりした、すっごくすごい人だよ」
『へー、そうなんだー』
なんとも興味なさそうなそっけない返事です。どうやらシロンは、自分が好きな人以外の人間はどうでもいいと思っているフシがあります。
「友情の証にもらったって言ってましたけど、たしかルミエールって、700年くらい前の人ですよね?」『クー?』
『そうとも。彼と私は今でいうパートナーの関係にあってな。いやあ、あのころは実に楽しかった……おお、そうだ』
長がむかしをなつかしんでしみじみしていると、思い出したように振り返って、棚の中からもうひとつなにかを取り出して持ってきました。さっきよりずっと、大きな箱です。
『ユーリ殿には、こちらをさずけよう』
「え、ぼくにもですか?」
『もちろんだとも。姫によれば、そなたは最後の戦いの功労者だそうではないか。そなたにも当然、ほうびを受け取る権利はある』
「あ、ありがとうございます……でも、なんなんですか、これ……」
ユーリは緊張の面持ちで、いったん床に置かれた木箱を開けました。
中にはなんと、たいへん美しい銀色の、刀身の短めな片手剣が入っていました。
「こ、これは、剣……ですか?」
『さよう。これは同じくルミエールのパートナーだった【ホワイトエルフ】から別れの際、私とたがいの得物を交換してゆずりうけたものだ。ミスリル製で、銘はたしか"たちきり丸"といったかな』
「ミスリル! すごいよ! 激レアメタルだ!」
「うん、これは……ほんとうにすごい……!」『クー!』
ミスリルとは、銀に負けない輝きと鋼をもしのぐ強さを持つとされる、いまや伝説とされる金属で、冒険物語の中にも多く登場し、大昔の冒険者全員のあこがれの素材だったとされます。
さらにミスリルは、びっくりするほど軽いことでも有名で、非力な子どもでも振り回すことができるのです。
これにはエミルも、鉱山の村出身のユーリも大興奮でした。
「でも、いいんですか? 杖もこの剣も、大切な人たちとの、大事な思い出の品なんでしょう?」
『道具というのは、使ってはじめて価値のあるもの。棚の中で腐らせていてはもったいない、彼らならきっとそう言うだろう。そなたたち未来ある若者の手にあったほうがよい』
「……わかりました。だいじに使わせていただきます。どうもありがとうございます!」
エミルとユーリは、深々と頭を下げました。
『ねーねー、シロンもがんばったんだから、なんかごほうびほしいなー』
『案ずるな。そなたらには保存のきく森の果実を、たっぷりと用意してある。森を出る前に渡すと約束しよう』
『やったー! ダークエルフのみんな、だいすき!』『クー!』
シロンとクリスは、おおよろこびでした。




