第39話 ゾンネの森 その12 極光の終撃
『ほうれ、まずは小手だめしじゃ、受けてみい!』
サンライトレントは、わずかな木の葉を発射してきました。ジェムのとき以上にナメています。
『プルーッ!』
アクアはそれを、横にぴょんと飛び跳ねてかわしました。
『ほう、やるのう! なら、これはどうじゃ?』
つぎは難易度アップとばかりに、より多くの木の葉を飛ばしてきました。ユーリにもわかります。あれは、追跡してくるタイプのものです。
「アクア!」『プルッ!』
ユーリは誘導するように杖を振り、アクアはそれに合わせてぴょんぴょんと機敏な動きで、追ってくる木の葉をかわし続けました。
これはライカのパートナー、【ヤワラカメ】の弾力を利用した高い機動力をイメージした動きです。アクアは天敵のヤワラカメが怖くて見ていませんでしたが、ユーリはしっかり目と頭に焼きつけておいたのです。さらに、エミルの杖を使っているためか、実際にライカと戦ったエミルの記憶や経験のイメージまで伝わってくるようで、それがアクアの動きをより後押ししてくれる感じです。
(自分の目で見ることが大切、あやしい人だけど、ライカさんからは教わってばっかりだ!)
そのライカのすすめでこの森に来たせいで、いま絶体絶命の危機の中にあるわけですが、ユーリはそういうことを気にする小さな人間ではありませんでした。
アクアはみごとなアクロバットばりの動きで木の葉をよけていますが、さすがにすべてかわしきることはできず、体には無数のかすりキズを作っていました。それでも果敢に、確実に、サンライトレントのもとへと近づいています。
『ほっほー! これもよけるか! ではもっとむずかしくしてやろうかのう!』
どうでもいいですが、さっきから口調がまるで孫と遊ぶおじいちゃんのようです。もっとも、状況はまったくなごやかではありませんが。
それはそうと、今度は床のあちこちから、根っこがトゲのように突き出してきました。
見えている木の葉とちがい、どこから出てくるかわかりませんので、アクアはトゲが出てから反応して跳ねよけ、進みます。そのため木の葉以上に攻撃をくらってしまいますが、トゲがかすめても、体に穴が開いても、ふっとばされても、めげずに前へ前へ進み続けました。
「アクア……がんばれ!」
ユーリは祈りながら、涙ぐみながら、アクアを信じて意識を集中し、杖を振るいました。つながりが強まっているせいか、アクアの痛みまで伝わってくるようです。
アクアもそれにこたえるように、ズタボロになりながらもだんだん動きを速めました。自分の背中には、倒れたアクアやジェムにシロン、そしてユーリとエミル、みんなの想いが乗っかっているんだということを、アクアはか弱く小さな体で理解しているのです。
それでも、想いだけではどうにもならなかったでしょう。アクアがここまで長く奮闘できた最大の理由は、にっくきサンライトレントが、最弱のワンダーである【プルリン】のアクアを完全になめきっていたからでした。そうでなければ、アクアはあっというまにやられていたはずです。
それもそのはず、サンライトレントは自分の作戦がうまくいって、生意気なエミルを倒したことで完全にスッキリ満足してしまっていたからです。まさに、勝利の美酒に酔っているといったところでしょう。
残ったユーリもダンジョン攻略を見ていたかぎりでは、女の子のうしろに隠れ、プリンセスにお姫さま抱っこされ、ウィザードとしての実力もシロウトに毛が生えた程度の情けない弱虫小僧、という認識でしかなかったため、まったく警戒していませんでした。
以上のことから、この戦いはもう、サンライトレントにとっては完全に遊びであり、アクアは彼が飽きるまで生かさず殺さずもてあそばれるだけのオモチャなのです。弱者が勝ち目のない戦いを必死になってあがくさまは、彼にとっては最高の快楽のひとつなのですから。それを手ずからおこなうというのなら、なおのこと。
……つまり、今回はフリではなく、100%完全に油断しているということです。
「アクア! いっけぇー!」
『プルーッ!』
ユーリはラストスパートのエミルを思わせるような叫びをあげ、満身創痍のアクアはついに、サンライトレントの目と鼻の先まで跳びだしました。
『みごと! 史上最弱の身でワシのもとまでたどりつくとは! ほうびをやらねばならんな!』
サンライトレントは称賛を語る口を、邪悪にニヤリとつり上げました。
そろそろあきてきたので、特大の根のヤリで、こいつを串刺しにしてやろう……そう思った矢先です。
「《スイッチ》!」
ユーリが叫んだその瞬間、アクアの姿が【ダークエルフ・プリンセス】にパッと変わりました。
『な……』
サンライトレントは驚愕しました。ムリもありません。プルリンが突然、一瞬にして別のワンダーに姿を変えるなんて。もしや、一部のスライム系が使えるという変身能力か? と思いましたが、ちがいました。目の前のプリンセスからは、恨みあるダークエルフそのもののマナを感じましたので。
『あっ!!!』
サンライトレントは、思い出したように声をあげました。それはエミルたちが一階層を攻略したあと、階段をのぼりはじめたときのことです。
☆ ☆ ☆
「でも、戦わせるパートナーが一体だけなら、相手に合わせていちいち交代するのも手間だね。さっきのリーファンも、そのスキをついて攻撃してきたわけだし」
「ふふふ、そういうときのための便利な魔法もあるんだよ、聞きたい?」
「うん、聞いてみたいな」
「その名も《スイッチ》! いま戦ってるパートナーを、指輪の中のべつのコと瞬時に入れ替える魔法だよ」
「瞬時にって?」
「たとえば相手からすれば、シロンがいきなりグレイに変身したように見える感じだね。ホントに場所もそのままで、あっというまに入れ替わっちゃうんだよ。しかも、パートナーをふつうに指輪から出した直後は、寝起きや乗り物酔いに近い状態になっちゃって、動き出しに数秒時間がかかるんけど、スイッチしたパートナーは、そのまま即魔法を放てちゃうんだよ!」
「それは、すごいし便利そうだね……ぜひおぼえてみたいけど、一瞬で入れ替えるなんて、あきらかにむずかしそうだなあ……」
「そんなにむずかしくはないと思うよ。これはどっちかというとワンダーがおぼえるんじゃなくて、ウィザードのチカラに依存する魔法で、パートナーを想う気持ち、信頼関係、なによりできると信じる、まっすぐな心が大事なんだってさ」
「なんだか、すごく精神論すぎない?」
「ウィザードに大切なのは精神、心、気持ちだもん! いつも言ってるでしょ?」
「それはそうだけど、そういうエミルは使えるの?」
「うん。旅に出るならおぼえておいたほうがいいと思って、知り合いのパートナーをかしてもらって練習したから。もっとも、グレイはまだわたしのこと完全に信頼してくれてるわけじゃなから、いまのところ実戦で使う機会はないんだけどね」
「じゃあしばらくは、お蔵入りの魔法ってわけだね。見てみたかったけど、ちょっとざんねんだな」
「ユーリがやってみればいいじゃない。ユーリはやればできる子だって、わたし信じてるもん」
「で、できる子って……たしかにクリスだけじゃなく、アクアやジェムとの信頼はそれなりにあると思うけど、エミルがまだできないことを、ぼくなんかができるとは思えないよ」
「そんなことない。お姉ちゃんもそうだったけど、わたしはできないと思ってることは言わないよ?」
「その根拠は?」
「なんとなく!」
「えー、なにそれ……」
「お姉ちゃんの口ぐせ! ……っていうのは冗談で、前にも言ったけど、わたしとユーリって、きっと波長が似てるから、できると思うんだよ。こうして心の清らかな人しか入れないっていう、聖域の中にもいっしょにいるんだしさ。すべては、ユーリの心ひとつだよ」
「ぼくの、心ひとつ……」
☆ ☆ ☆
サンライトレントは、そんな魔法があるという話を、たしかに盗み聞きしていたのです。
ですがそんな高等そうな技術を、こんな弱虫小僧がほんとうに使うとは、これっぽっちも思っていなかったのです。
いっぽうのユーリは、そうは思っていませんでした。いえ、さっきまではできないと思っていました。
ですがエミルの杖を手に取ったことで、エミルからチカラと想いのバトンを受け取ったような気持ちになり、ふたりぶんの勇気とチカラがわきあがってきたのです。
さらに、この極限のピンチに立たされたことで、ユーリもエミルの言葉を思い出したのです。自分を信じてくれる、エミルの言葉を。だからユーリは、エミルの信じてくれた、自分を信じようと決めたのです。約束した通り、エミルを、大切なみんなを守るために。
そしてなにより、クリスにジェム、アクア、自分のパートナーになってくれた仲間たちが文字通り必死にがんばってくれたのに、自分がそれにこたえられないのであれば、彼らの主人失格だと強く思い、そのまっすぐな心が絆の糸もよどみなくまっすぐにし、《スイッチ》を成功させたのでした。
もういっぽうで、サンライトレントの目の前に出現したプリンセスは、その顔に向かって両手をかざしていました。
時間のかかった最大魔法の準備はすでに完了しており、あとはもう放つだけの状態です。体力もじゅうぶん、ほとんど無キズの万全の態勢で、最大の効果を発揮できそうです。
プリンセスは感極まって涙ぐんでいました。この作戦は指輪の中でエミルがささやいてさずけてくれたものですが、まさかほんとうにこんな千載一遇のチャンスを作ってくれるなんてと、感動していたのです。
《スイッチ》の発動に必要とされるウィザードとパートナーの信頼関係もじゅうぶんにありました。なにしろここに来るまで、ずいぶん長いことユーリをお姫さまだっこしていたのですから。
エミルの言った、「"わたしたち"を信じて」というのはこういうことだったのです。プリンセスはこの方々を信じてよかったと、心の底から思いました。いまは目の前の、同胞を苦しめたにっくき仇を討つよりも、自分たちのために命がけで動いてくれたエミルとユーリと、そのパートナーたちの想いにむくいるためにいま、この戦いに勝ちたいと思ったのです。
そして万感の想いをこめて、プリンセスは魔法を放ちました。
『ま……』
『《ソーラーノヴァ》!』
サンライトレントが止めるまもなく、その体を中心に大樹の頂上全体が、太陽を思わせる明るいオレンジ色のまばゆく強烈な光に包まれていきました。あまりのまぶしさに、ユーリは倒れたエミルをかばいながら身をかがめます。
しばらくして光が消えたあとには、マナの消耗でひざをついて息をととのえているプリンセスと、サンライトレントの頭に生っていた、無数のソールベリーだけが転がっていました。
あれだけの光の中で焼けずに残っているなんて、なんてじょうぶなんだろうとユーリは一瞬思いましたが、きっとプリンセスが悪しきものだけをほうむるようコントロールしたんだ、と納得できました。
いっぽうでサンライトレントの姿は、どこにもありません。彼のいた場所には、大きな黒くコゲたクレーターがあるだけでした。おそらく、完全に燃えつきたのだと思われます。
ユーリはあとで知ったことですが、木のバケモノは総じて根っこから養分を吸収しますが、逆にそここそが最大の弱点でもあり、根もとを刈り取ればもう再生はしないそうです。つまり根っこごと燃えつきたサンライトレントは、完全に倒されたとみてまちがいないのです。
「やったよ……エミル……みんな……」
すべてを出し切ったユーリは、大の字になってその場に倒れこみました。こうしてダンジョン攻略は、いま完全に完了し、一行はソールベリーを手に入れることができたのでした。




