第37話 ゾンネの森 その10 決戦!サンライトレント!
『くらえぇい! トカゲどもぉ!』
サンライトレントは、樹冠から生えている無数の木の葉を、シロンたちに向けて発射してきました。放たれた木の葉は刃のようにするどくとがっており、バツグンの切れ味を予感させます。
威力・スピードともにかなりのものですが、シロンとクリスにとってはじゅうぶんよけられる速さでした。
と、思いきや、木の葉はまるで一枚一枚が生きているかのように、いっせいにぐるりと曲がってシロンたちを追いかけてきたのです。きっと、ふたりの白い体を切りきざむまで追い続けるのでしょう。シロンはライカの【クリスタートル】と戦ったときのことを思い出し、『またこれー!?』と声をあげました。
『いつまで逃げられるかな? トカゲども!』
サンライトレントはとくいになって、逃げまどうシロンたちをけらけらとあざけり笑います。
飛行テクニックに自信のあるシロンはともかく、まだ空中戦の経験のないクリスがつかまるのは時間の問題でした。
「《クリスタルシェル》!」
なのでユーリはとっさに杖を振り、クリスは自分のまわりに水晶のバリアを展開して、木の葉の刃を防ぎました。それでも物量による衝撃は大きく、クリスは床に墜落してしまいました。
『クリス!』
妹分のクリスが撃ち落とされたことに気を取られたスキに、シロンも木の葉の嵐に追いつかれそうになってしまいます。
「《ドラゴンフレイム》!」
そこでエミルは杖を振り、シロンはごおーっと火炎を吐きました。みごと炎は木の葉をまとめて焼き落とし、ピンチを脱しましたが、エミルとシロンはただでさえ残り少ないマナを、また大きく消耗してしまいました。
「シロン……!」『わかってる! つぎはきをつける!』
エミルは苦しそうな顔で注意するよう言うと、シロンは気を引きしめ直し、シャキッとしました。
『ジュフフフ……どうした、ずいぶん疲れとるようじゃのう? せっかくワシが直々に相手をしてやっとるんじゃ、せいぜいがんばって楽しませてくれよ?』
迷宮攻略を見世物呼ばわりしたサンライトレントは、当然エミルたちとパートナーたちの能力や戦い方、そして現在のコンディションにいたるまですべて把握しています。そのため、どうあっても自分が負ける要素はなにひとつないと、タカをくくっているのでした。
なにしろ、サンライトレントは大樹の意思そのものであり、その根っこは足もとの大樹と直結しています。そこから絶えず大樹の莫大なマナが供給されており、無限にひとしい耐久力とスタミナを持っているのです。
実際、シロンがくらわせた、木にとっては弱点のはずの《ファイアボール》によるダメージも、すでにきれいに再生してしまっていました。
体力がほぼ底をついているエミルたちとは、まさに天と地ほどの差があり、だれの目から見ても勝ち目がないように見えました。
ですがエミルは、あきらめてはいませんでした。最後の最後、まだ見せたことのない真の切り札が残されているのです。
そのためにはとにかく、敵の攻撃をしのぎつづけなければいけません。
さいわいといいますが、正直それは、あまりむずかしいことじゃないとエミルは分析していました。
たしかにサンライトレントのマナは無尽蔵ですが、水道の水を一度に出せる量にかぎりがあるように、一度の攻撃で放てるチカラの量はそれほどでもなく、いまのシロンたちでもなんとか対処できるくらいの物量でした。
さらに、これまで実戦経験がなかったためか、そのチカラの使い方も単調だったのです。勝手に追跡してくれる葉っぱを飛ばすだけだったり、根っこをムチやヤリのように伸ばすだけだったり。ただ力を振りまわしているだけで、それをあやつる技と、あつかう心が欠けているのです。
平和ボケしているのはおまえも同じだと、エミルは心のなかでつぶやきました。
それでも、敵の攻撃は強力です。ちょっとでも気を抜けば一発でアウトの、大ピンチには変わりありませんが、
(こんなひとりよがりなやつに、わたしたちの絆が負けるわけがない!)
エミルは自分たちの勝利を信じて、杖を振るい続けました。
ユーリも、なんとかくらいつこうと必死に杖を振りました。エミルにくらべて、技術はまだまだずっとつたないですが、パートナーや仲間を大切に想う気持ちは負けていません。エミルをまねて、その動きをイメージすることで、クリスと心を重ね合わせていました。
クリスも、生まれてまもないですが、さすがは優秀な白いドラゴンの子です。ねえさまと呼び慕うシロンの動きを見よう見まねで学び取り、だんだん空の飛び方もさまになってきました。いまではすでに、戦いがはじまった直後とは段ちがいの上達ぶりです。
そしてスキを見たら、《ファイアボール》や《ダイヤミサイル》を撃ちこみます。ダメージがあってもすぐに再生されてしまうので、意味がないと思われますが、ちゃんとあるのです。エミルのほんとうの狙いを、敵に気づかせないようにするためという意味が。
『いいかげん、ちょろちょろとうっとうしいわ!』
こちらの攻撃はうまく向こうにしのがれ、向こうはこちらに意味のない、ムダに痛いだけの攻撃を続けていることに、イライラが頂点に達したサンライトレントは、これまでより多くの木の葉を放ってきました。
どうやら怒りのせいで、給水口のいきおいが増したように放てるチカラの量も増えたようです。しかしそれだけなら、まだなんとかできなくもなかったのですが、
「ちっ!」
その大波のような物量のせいで、木の葉が戦場のうしろにいるエミルたちにもせまってきたのです。あんなものを人間の体でくらっては、ひとたまりもありません。
『エミル!』『クー!』
シロンとクリスは、たまらずパートナーたちをまもろうと、ふたりのもとまで飛んできました。
「《ライトウォール》!」「《クリスタルシールド》!」
シロンの光のカベとクリスの水晶の盾、二段構えの結界のうしろに隠れることで、エミルたちは木の葉の大波から身を守ることができました。
ふたりは、シロンとクリスにとって、いちばん守りたい存在です。ふたりを守るためなら、いちばん強いチカラが出せるのです。
『なんじゃと!?』
『シロン、結界もとくいなんだよ! しらなかったでしょー?』
シロンはふふーんと、とくいげに言いました。迷宮攻略の際、一度も使わなかった魔法なので、サンライトレントもびっくり仰天です。
「さあ! もうひとふんばりだよ! がんばって!」
エミルの激励に合わせて、シロンとクリスはもう一度前に向かって飛び出していきました。またふたりが攻撃にさらされないよう、敵をしっかり引きつけておくためです。
『しゃらくさあぁぁぁい!!!』
シロンのサプライズのおかげで、さらに怒りを爆発させたサンライトレントは、自分のまわりの床から無数の根っこをヤリのように、いえ剣山のように一気に高く突き出しました。
『クーッ!』
シロンはなんとかギリギリよけることができましたが、クリスは何本かの根がおなかに突き刺さってしまいました。これは……致命傷です。
「クリスーーー!!!」
ユーリは必死の形相で、大切なパートナーの名前を叫びました。
「ユーリ、指輪を!」
とっさに耳もとでエミルがそう叫んだことで、ユーリはハッとわれにかえり、戦場で血を流しているクリスを指輪の中に呼びもどしました。
戦いにおもむくにあたって、エミルから説明を受けていたのです。たとえパートナーが致命的なダメージを負うことになっても、即死でなければコネクタリングの中にいったんもどすことで、命をつなぐことができるということを。
クリスはギリギリで死こそまぬがれましたが、いまも指輪の中でキズの痛みに苦しんでいます。でもあとすこし、もうすこしの辛抱だからと心のなかで言い聞かせて、涙をこらえながらユーリは戦い続けるのです。まだ、すべてが終わったわけではないのですから。
「ジェム! ここからはまかせたよ! ぼくたちは負けない、クリスのためにも負けられないんだ!」『クォー!』
ユーリは指輪から【コイシカメ】のジェムを呼び出し、ふたたび杖をかまえました。その表情からは、クリスが倒れたことのショックはもう感じられず、むしろより闘志がみなぎっています。
エミルとシロンもその想いにこたえようと、重い体にムチを入れるように気合を入れ直しました。




