第32話 ゾンネの森 その5 大樹のダンジョン
大樹の高さを300メートルに修正しました。
「おお、ほんとうにすりぬけた」
「カベを通り抜けるって、なんだかふしぎな感覚だね……」
エミルとユーリは、ゾンネの大樹を守るオレンジ色の結界を通り抜けました。正直、半信半疑でしたが、たしかに人間であれば進入できるようです。
「もう出ていいよ、シロン、プリンセス!」「クリスも、出ておいで!」
結界の中に入ってひと息ついたエミルとユーリは、指輪に収納していたシロンとダークエルフの姫、クリスをそれぞれ呼び出しました。
『まさかこんな方法で、結界の中に入れるなんて……』
プリンセスは、はぁ~とおどろき、感心しながら、きょろきょろまわりを見回しました。
「指輪の中のいごごちは、いかがでした?」
エミルは自分よりずっと背の高いプリンセスに、上目づかいでたずねました。
『ええ、最高でした!』
プリンセスは美しく、にっこりほほえんでこたえました。
『それにしても、おっきな木!』『クー!』
シロンとクリスは、目の前の大樹を見上げておくちあんぐり。これが樹高300メートルはあるという、"ゾンネの大樹"です。幹の太さもそうとうで、まるで一本の巨大な塔のようです。
この森特有のやまぶき色の葉っぱも、大樹のものはひときわ強くかがやいており、一帯はまるで巨大なスポットライトが当たったように明るくなっています。
『実は私も、直接見るのははじめてなのです。なんて雄大で、美しいのでしょう……』
プリンセスも、大樹を見上げてうっとりとした顔を浮かべました。美しさならあなたも負けてませんよ、とエミルは心のなかでつぶやきました。
「たしかに、すごい……けど、"ソールベリー"らしき果実は、見当たらないね」
『お父さまによると、ソールベリーは太陽にもっとも近いとされる、大樹のてっぺんにしか実をつけないのだそうです』
「こ、この高い木のてっぺんですか!?」
大樹をじっくり見まわしていたユーリは、ぎょっとしました。
『そういうことなら、シロンにおまかせ! あっというまに、とってきてあげる!』
「あ、ちょっと……」
自信マンマンなシロンはエミルの制止も聞かず、翼をひろげて、てっぺんめざして、びゅーんと空へと舞いあがりました。
『ほんとうに、だいじょうぶなのでしょうか?』
「まあ、ここはシロンにまかせましょう」
待つこと、わずか数秒後。シロンはまるで死んだ羽虫のように、ポトリと地面に落っこちてきました。
「シ、シロン!? だいじょうぶ!?」
パートナーのあまりのざまに、エミルはびっくりして思わず駆け寄りました。墜落はしたものの、ケガはなく、ちゃんと意識はあるようです。
『と……とんでたら、きゅうに……いきができなくなって……おっこっちゃった……』
「息が……?」
そのときです。
――ズルをしてはいかんぞ、トカゲの小娘。果実が欲しくば、正々堂々、登ってこい!
……そんなおじいさんのような声が、エミルだけじゃなく、全員の耳に響いてきたのです。
「今の声は……」『シロンはトカゲじゃないよっ!』
エミルたちが声の主を探してキョロキョロし、シロンがぷんすか怒っていると、大樹の幹がメキメキと重い音を立て、しばらくののち、なんとぱっくりと大きな穴が開いたのです。まるで、中に入ってこいと言わんばかりに。
『エミル様、これはいったい……?』
プリンセスも、なにがなんだかわからないという、不安ではかなげな表情でエミルを見ました。
「わたしにもわかりません。けど、さっきの声を信じるなら、ソールベリーを手に入れるためには、大樹の中に入るしかないと思います」『とんでもぎってくるのは、ムリそうだしね~』
エミルは大樹に開いた入り口を、キッと見すえて言いました。シロンはやれやれとばかりに、ためいきをつきました。
「こ、この中に入るの……?」『クー……』
ユーリとクリスは、さすがに不安そうです。エミルはそんなふたりに振り向いて、青いひとみをキラめかせ、にっと笑って言いました。
「もちろん! ダンジョンなんて、いよいよ冒険らしくなってきたじゃない! わくわくしてこない?」『シロンも、わくわく!』
ダンジョン……それは世界各地に存在するという、ワンダーがはびこり、お宝がかくされていたりする、迷路のようなふしぎな空間のことです。迷宮ともいいます。どういうわけかはわかりませんが、どうやらこの大樹は、そのダンジョンと化しているようです。
それは冒険を愛するものすべてが探してやまないフロンティアであり、お姉さんの影響をバリバリ受けたエミルとシロンも例外ではありませんでした。
「うーん、ぼくはちょっと、こわいって気持ちのほうが強いかな……」
まだまだ冒険心の足りないユーリは、もじもじしながらつぶやきました。
すると、プリンセスはキッと目をつり上げて、エミルをどなりつけました。
『わくわく? なにを言っているのですか! 集落の皆の命がかかっているのですよ!』
「わかってますよ」
エミルが一転、真剣な顔にもどって言うと、プリンセスはハッとして息をのみました。
「でも、やらなくちゃって気負いすぎるより、楽しむぐらいの心の余裕があったほうが、ものごとはだいたいうまくいったりするんです。わたしは姉を見て、そう教わりました」
エミルの言葉に、プリンセスもユーリも、目からうろこが落ちる思いでした。たしかに気ばかりあせっていたせいで、プリンセスはさっき痛い目をみたばかりですし。
『……そう、かもしれませんね。言いすぎました。もうしわけありません』
プリンセスはみずからのおこないを恥じて、エミルに深く頭を下げました。そもそも、エミルたちは善意からダークエルフに協力を申し出てくれているのに、自分には文句を言う権利も資格もないと、冷静になって思い直したのです。
「い、いえ! いいんです! わたしもちょっと、ふきんしんだなって思いましたし!」
伝説の種族・高貴な身分・絶世の美女と三拍子そろったプリンセスに低頭させてしまったことで、エミルは大いにうろたえました。
『あらためまして、実を手に入れる方法がそれしかないというのなら、私もエミル様に賛成いたします』
プリンセスは、キリッとした顔で決意を固めました。
「じゃあ、ユーリはこわいなら、ここで待ってる? 引き返すなら、これが最後のチャンスだよ?」
エミルはちょっといじわるっぽくたずねました。
「ううん、行くよ。たしかにこわいって気持ちは強いけど、エミルを助けたいって気持ちはもっと強いからね」『クー!』
ユーリとクリスは、勇気をふりしぼってこたえました。エミルはうれしくなって、やわらかくほほえみました。
「決まりだね!」『れっつごー!』
こうしてエミルたちは、突如現れた大樹のダンジョンの中に、慎重かつ大胆に足を踏み入れるのでした。
☆ ☆ ☆
大樹の中は、円形に大きく開けた空間になっていました。まさに大広間といったおもむきです。
まわりには、無数の光の球体がぷかぷか浮かんでおり、それらがあかりとなって暗い内部を照らしています。
広間の奥の壁際からは、部屋の外周をまわるようにぐるっと螺旋状に階段が伸びていて、ここから上へのぼっていけ、ということのようです。
「……すごく整然としてる。あきらかに人の手が入ってるね」『たくみのわざだ!』
エミルとシロンは第一印象から、そんな感想をもらしました。床もきれいに切り取られた木材のようにまったいらで、どう考えても自然の手でつくられたものではないことがわかります。いよいよこの大樹が完全にダンジョンと化していると確信できました。
「ひ、人の手って……この森に来た人間が、この空間を作ったってこと!?」『クー!?』
「あはは、ごめんごめん。言葉のあやだよ。知性を持ったなにかが意図的に、このダンジョンをつくったってこと。精霊系以上の高位のワンダーのしわざだろうね」
『知性を持った、精霊系の……? ですが、大樹を守る結界の中には、ワンダーは入れないはずです!』
プリンセスがエミルに反論すると、広間の奥からカサカサカサ、という足音のようなものが聞こえてきました。
一同がそちらのほうに目をやると、そこには三体のワンダーがいました。ゾンネの森の中で見た、歩くはっぱのワンダー・【リーファン】のやまぶき色バージョンです。
『ワンダー!? ワンダーがどうして、結界の中に!?』
プリンセスがおどろき、身を乗りだすと、リーファンたちはみずからの葉っぱの体をうちわのように振って、強風を起こしてきました。
『きゃあああーっ!』
強風はプリンセスの体を直撃、吹き飛ばし、カベへと強くたたきつけました。
「プリンセス!」
エミルはプリンセスのもとに駆け寄り、安否を確認しました。背中を強打したものの、深刻なダメージではないようです。
『ど……どうし、て……?』
どうしてワンダーが結界の中、大樹の中にいるのか、どうして争いを好まないはずの森のワンダーが攻撃してきたのか、疑問がもうろうとする頭の中をぐるぐると回り、口をついて出てきました。
「少し休んでてください。シロン!」『おっけー!』
エミルは弱ったプリンセスを指輪に収納し、立ち上がって杖をかまえ、シロンとともに三体のリーファンをにらみました。
「た、戦うの、エミル?」
「当然だよ! ここはダンジョン、野生以上に殺伐とした空間なの! それに、お姫さまに手をあげた、おしおきをしてやらなくちゃ!」
エミルの表情と言葉には、たしかな熱い怒りが感じられました。
「……わかった、ぼくらもやるよ、クリス!」『クー!』
覚悟を決めたユーリも杖を取り出し、クリスと同様に戦いのかまえを取りました。
そして、リーファンたちが次の攻撃の準備に入る前に、エミルたちは攻撃を開始しました。
「《ファイアボール》!」「《ダイヤミサイル》!」
シロンの火の玉とクリスの水晶の弾丸が、いっせいにリーファンたちに飛んでいきます。
リーファンたちはまたも体をうちわのように振り、強風を起こしました。それによって生まれた風のバリケードが火の玉と水晶をかき消してしまい、攻撃はとどきませんでした。
「飛び道具は通じなさそうだね!」
エミルは瞬時にそう判断しました。
「でも、それ以外に、ぼくらの使える魔法はないよ? 《ドラゴンスクラッシュ》は、疲れるんでしょ?」
ユーリの言う通り、接近戦をしかけようにも、それができる魔法はシロンの《ドラゴンスクラッシュ》のみです。ですが、ここがダンジョンであるということ、この先も戦う相手がひかえている可能性を考えると、いきなり多くのマナを消耗する大技を使うのは好ましくないでしょう。
「ううん! わたしたちには、頼れる新しい仲間がいるでしょ!」
エミルは不敵に笑って、三個の指輪をはめた右手をかざしました。
「もどって! シロン!」
すると、シロンの体が光の粒子となって、エミルの中指の指輪に吸いこまれていきました。
「おひさま苦手でも、これぐらいのあかるさならいけるよね! グレイ!」
そして今度は、薬指の指輪から【グレイトウルフ】のグレイを呼び出しました。
「えっ!?」
ユーリはなにかに気づいたように声をもらすと、
「ユーリ! いったんクリスをもどして、ジェムをおねがい!」
「う、うん!」
その疑問をいったん棚上げして、エミルの指示通り指輪にクリスをもどし、べつの指輪から【コイシカメ】のジェムを呼び出しました。
『クォー!』
これがはじめての戦いなので、ジェムは気合の入った大きな声をあげました。
選手交代のスキをついて、三体のリーファンがふたたび強風を起こしてきます。
「グレイ! ジェム! ここはふんばって!」
エミルが叫ぶと、グレイは床に四本の足のツメを床に突き立てて、ジェムは同じく足を踏みしめて、向かってくる強風を受け止めました。
するとどうでしょう、標的が二体いることで威力が分散されたため、グレイとジェムは強風に吹き飛ばされることなく、耐えることができました。強い力と体重のあるこの二体だからこそ、なせる業です。
「いまだ! 《ワイルドクロー》!」『ガルッ!』
エミルは杖を振り下ろし、グレイは前足のツメにオーラをまとい、リーファンたちに跳びかかりました。
強風を放った直後であることと、それをしのがれたショックで完全に動揺していた三体は、グレイのツメの一撃によって、まとめてノックアウトさせられました。
「よーし! やったね、グレイ! 初コンビ初勝利!」『フン!』
エミルのハイタッチを、グレイはそっけなくスルーして、指輪の中に戻っていきました。
「ジェムも、よくあの風に耐えたね。おつかれさま」『クォー!』
ユーリはジェムの頭をやさしくなでてあげて、指輪の中にもどしてあげました。
戦いが終わったのを見とどけて、シロンとクリスはそれぞれの指輪から飛びだしました。
『それで、これからどうするの?』
シロンの問いに、エミルは壁際の螺旋階段を指さしてこたえました。
「あのこれみよがしな階段をのぼってみよう。ソールベリーは、てっぺんにあるって話だし」
倒れたリーファンを尻目に、エミルたちが階段に向かおうとすると、ユーリが呼び止めてきました。
「エミル、そのまえにちょっといいかな?」
「なあに?」
「さっき、気になったんだけど……どうしてシロンやクリスを指輪にもどす必要があったの? 大勢でかかったほうが、有利に戦えたんじゃ?」
「ああ、それね。パートナーも増えたし、教えておかなきゃね。戦闘中みたいに強力な魔法がたくさん必要な状況で、パートナーを複数出してると、心のつながり……絆の糸が混線して、うまくチカラが発揮できなくなるどころか、むしろ弱くなることだってあるの。だから、戦うときはパートナー一体だけを出しておくのが、基本なんだよ」
「なるほど……そういえばライカさんも、パートナーを三体持ってたのに、わざわざ一体ずつ戦わせてたのは、そういうことだったのか……あれ? でもヴァイトは、十体のパートナーを同時に出してたよね?」
「けさ聞いたんだけど、あれは"封印のツボ"みたいな違法なアイテムによるものだったって、ライカさんが言ってた。あの子たちの指輪をあずかったのも、それによる悪影響がないか調べて、治してもらうためなんだって」
「へえ~……ふたりとも、そんな話してたんだ」
「わたしたちのほうが、ユーリより先に起きてたからね」『そうそう、ねぼすけはよくないよ! はやおきは、きのみ3コのとく!』
「ゆうべは人生でいちばん疲れた日だったんだから、かんべんしてよ」『クー!』
そんな会話をまじえたあと、エミルたちは大樹のてっぺんをめざし、階段をのぼりはじめました。




