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ワンダフルコネクト ~エミルとドラゴンのアドベンチャー~  作者: 稲葉トキオ
第2章 エミル・スターリングと陽緑の旅路

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第31話 ゾンネの森 その4 ダークエルフ・プリンセス

 ダークエルフの集落を出たエミルたちは、ゾンネの森の大樹へ向かっていました。


 集落に案内される前と同じように、野生のワンダーたちがのびのびしている姿がちらほらと見えます。エミルはとくに、【ハネウサギ】がかわいいと思っていました。


 そのようすはとても活気があり、さっきまでいたダークエルフの集落とはえらいちがいです。


「こうして見ると、ダークエルフが滅びかけてるなんて、ウソみたいだね」


 ユーリは、どこかもの悲しそうな顔で言いました。


「そうだね。能力が高いぶん、衰えるのも早い、か……世界じゅうでエルフの数は減ってるって聞くし、このままじゃ、そのうちほんとうにエルフは絶滅しちゃうかもしれない……」


 エミルも、ものうげな顔を浮かべて言いました。


『それもこれも、ぜーんぶニンゲンがわるい! ……あ、もちろん、エミルとおねえちゃんと、おとーさんおかーさんと、シスターさんと、ユーリと、ついでにライカはべつだからね!』


 シロンはぷんすか怒って言いました。エルフ衰退の原因のすべては、彼らを隠れ棲むよう追いこんだ、強欲な人間たちだと思っているのです。自分も狙われた経験があるだけに、憎さ百倍です。


「はいはい、ありがとう」「ぼくもふくんでくれてるんだね、うれしいな」『クー!』


 などと、ほほえましい(?)会話をくりひろげていると、



「きゃあああああ~~~!!!」



 耳をつんざく、美しくもはかない女性の悲鳴が聞こえてきました。


 まわりでのんびりしていたワンダーたちもびくっと反応して、クモの子を散らすようにほうぼうへ逃げていきました。


「いまのは……!」


『シロンにもわかるよ! エルフのおひめさまのひめい! ……さむっ!』


「言ってる場合じゃない! これはただごとじゃないよ、行こう!」


「うん!」『クー!』


 エミルたちは全速力で悲鳴の聞こえた、大樹のもとへと急ぎました。



 ☆ ☆ ☆



「あ……あ……」


 オレンジ色の光るカベ……結界の前で、ダークエルフの姫は弱々しくうめき、倒れていました。


 きれいだった銀髪は乱れに乱れ、顔も全身もキズだらけの血まみれ、手足もあらぬ方向に曲がっています。服装はお屋敷にいたときとはちがうようですが、もとのデザインがわからないほどボロボロに破れていました。


「たす……けて……」


 姫は、オレンジのひとみからひとすじの涙を流しながらつぶやきました。


 争いのない平和な森に慣れきって、痛みを知らずに育った彼女にとっては、地獄のような苦しみを味わっているのでしょう。けれど、しだいにその感覚も失われていきました。体から力が、気が、すぅーっと抜けていく、あらがいようのない絶望的な感覚のみが、彼女の心を支配します。


「しに……たくない……」


 それが、かろうじて最後にしぼりだした言葉でした。集落のエルフたちを救うために行動したことなんて、もはやどうでもよくなっていました。ただ、死にたくない、もっと生きていたいという命への執着だけが、彼女の心を満たしていたのです。


 そして、まったくなにも感じなくなり、まぶたが重く閉じられようとしています。チカラの衰えた自分に結界をやぶるなんて、できるはずないとわかっていたのに、どうしてこんなバカなことをしてしまったんだろう。


 こんなバカなことで、命を落とすことになってしまうなんて、なにもなしとげずに、死んでしまうなんて、という極限のむなしさと悲しさをいだいて、彼女が黄泉の世界へと旅立とうとした、その瞬間、


「ん……!?」


 感覚を失ったはずの、そう、口のあたりに、あたたかくやわらかいものがふれたような気がしました。


 そこからなにか、流れるようなものが口の中を通過し、のどもとを越えて、彼女の全身を走り抜けていきました。


 すると、ふしぎなことが起こりました。彼女の失われていた気が、力が、感覚が、じょじょに戻っていったのです。


 そればかりか、彼女を苦しめていた地獄のような痛みまで、すぅーっと消えて失せていったのです。きれいだった銀髪も、キズだらけだった顔と体も、曲がっていた手足も、身にまとっていた、白と黒を基調とした自分専用の戦装束すらも、みるみる元通りになっていきました。


「あなた、は……」


 姫が軽くなったまぶたを開けると、目の前には、濃いオレンジのボブカットの上に、紺色のベレー帽をかぶった、青いひとみのかわいらしい人間の少女の顔がありました。


「よかった、気がついた! さっすがいちばんいいお薬!」


 少女は、安心したほほえみを浮かべて言いました。


 姫は、まだ頭がぼうっとしていますが、少女の顔を見て、声を聞いて理解しました。(わたくし)は、この少女に命を救われたのだと。


 そして、生きている希望とよろこびと、死をむかえる絶望と恐怖がどっとわきあがり、心のなかでごちゃまぜになって、決壊し、あふれだしました。


「う……うわああああん!!!」


 姫は、自分よりはるかに小さな少女の胸にしがみついて、幼い子どものように泣きわめきました。


 少女は、突然のことにびっくりしたものの、姫の体をやさしく抱き寄せて、泣きやむまでするがままにさせてくれました。



『ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって……』


 気持ちがおさまったダークエルフの姫は地面にぺたんと座り、泣きはらした顔でエミルにあやまりました。


「いえ、いいんです。集落のために命がけで行動するなんて、ごりっぱだと思います」


 エミルはまったく気にしていないというふうで、にっこり笑って返しました。


『……りっぱなんてものじゃありません。結局、私はなにもできず、無駄死にするところだった……』


 姫はうつむいて、また涙をこぼしそうになると、


『もう! いのちがたすかったんだからいいじゃない! つぎから気をつければいいんだよ!』


 シロンがその高い鼻先にずいっと顔を近づけてきて、弱気をしかりました。


『は……はい』


 シロンのいきおいに圧倒された姫はかわいらしく目を丸くして、きょとんとしました。


「この結界……思ったよりやっかいなものみたいだね」『クー……』


 ユーリはクリスといっしょに、目の前のオレンジのカベをながめながら言いました。よく見ると、カベはまるで鏡のように、自分たちと森の姿を映し出しています。


『うん。受けたまほうを、ばいにしてかえすタイプのやつだ』


 自称・結界にくわしいシロンが、神妙な顔つきで言いました。


『そうだったのですか……』


 姫は自分の行動を思い返しました。自分の持てる最大の魔法で結界をやぶろうとして、それが倍返しされ、致命傷を負うハメになったというわけです。


「じゃあ、あとはわたしたちにまかせてください。ソールベリーは、かならず持って帰りますから。あ、そこの人たちのこと、よろしくおねがいしますね」


 エミルは姫の肩に、やさしくぽんと手を置いて、立ち去ろうとしました。よく見ると近くには、姫を止めようとして返り討ちにあい、のびているダークエルフの三人組がいました。


『お、お待ちください!』


 姫は、座ったままの体勢でエミルを呼び止めました。


『なぜ……なぜあなたたちは、私たちを救おうとしてくださるのですか?』


「なぜって……ほうっておけないから、ですけど」


 エミルはなんてことないふうで、しれっと言ってのけました。


『また、そんな理由で……!』


「どういうことですか?」


『いままで、この件を引き受けてくれた方たちも、みな同じ理由を言っていました! ですが、だれひとりとして、生きて帰るものはいませんでした! あなたがたも、きっと無駄死にするだけです! 私にはもう、それが耐えられないのです! だから、どうか行かないでください! 身勝手な私たちのことなんて、ほうっておいてください!』


 姫はまた涙をぽろぽろと流しながら、すがりつくように叫びました。


 激情を吐きだした姫に、エミルはひざをついて、やさしく語りかけました。


「……わたしたちのこと、そこまで心配してくれてるんですね。だから、あんなムチャまでして、自分のチカラで実を取りに行こうとした」


 姫は鼻をすすりながら、こくりとうなずきました。


「だったら、わたしたちといっしょに行きませんか?」


『え……?』


 エミルの意外すぎる提案に、姫は目をぱちくりさせました。


「そうすれば、わたしたちの安全も見とどけられるし、ダークエルフの面目もたもてます。いいことづくめですよ」


『で、ですが、私たちワンダーは、この結界を通ることができないのですよ?』


「だから、いまこのときだけ、わたしのパートナーになってください」


『パートナー、に……?』


 さらにエミルの意外すぎる提案に、姫は目をぱちくりさせました。


「ウィザードのパートナーになれば、"コネクタリング"に収納できます。そうしたら、わたしたちといっしょに、結界を通り抜けることができるでしょう?」


『そ、そんな裏技が……!』


 姫はまったくその発想はなかったとばかりに、驚愕しました。


「グレイのときみたいに、とんでもないこと考えるね。エルフのお姫さまを仲間にしようだなんて……」


「それほどでも!」


 ユーリは、ほんのすこしあきれたように感心してほほえみ、エミルはにいっと笑って返しました。


『でも、どうして、そこまでしようとするのですか……?』


「わたしも、お姫さまの気持ちがわかるんです。どうしようもない無力さとくやしさで、自分がイヤになる気持ちが。だから、そんな気持ちなんか消してあげたいって、思っちゃうんです」


 そう語る少女の目には、口先だけではない強い想いを宿していることが、姫には感じられました。エルフのような高位のワンダーは、そういった生命の輝きを見るチカラに長けているのです。


 姫は少女のまなざしに、これまで感じたことのない胸の高鳴りを感じました。目の前の命の恩人でもある少女に、チカラをつくしたいという気持ちがおさえられません。


『……わかりました。その提案、よろこんでお受けいたします。ソールベリーの実を手に入れるため、集落の民を救うため、あなたがたのおチカラを、いえ、私のチカラを、存分にお使いください』


 姫はエミルにひざまずいて、うやうやしく一礼しました。エミルは正直気はずかしく思いましたが、高貴なお姫さまが、誇り高いエルフがここまでの誠意を見せるのには、そうとう覚悟がいることだろうと想いをくみとって、ただひとこと、


「おおせのままに! ではほんの少しのあいだ、よろしくおねがいしますね、プリンセス!」


 そう言って、笑顔で右手を差しだしました。


『はい! えーと……』


「わたしはエミル。エミル・スターリング!」『シロンはシロンだよ! よろしくね!』


『よろしくおねがいいたします、エミル様、シロン』


 姫はうっとりした表情でいとおしそうに、そっとエミルの手をとりました。


「さ、様って……」『なんで、シロンはよびすてなのー!?』


「あはは……」『クー!』


 こうしてエミルたちは、集落の長の娘・【ダークエルフ・プリンセス】を一時的に仲間にくわえ、結界の中へと入っていくのでした。

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