第29話 ゾンネの森 その2 ダークエルフの集落
「エ、エルフって……おとぎ話や冒険物語に出てくる、あの!?」
ユーリも驚愕しました。ろくに勉強もできない環境におかれていた彼でも知っているほど、目の前の種族はあまりにも有名な存在なのです。
エルフ……殺されないかぎり死ぬこともないという、永遠にひとしい寿命を持ち、美しい容姿、高度な知能、卓越した身体能力、あらゆる魔法を使いこなす才気、人間の完全な上位互換ともいえる、伝説の種族です。
その中でも基本、人知れず深い森の中でひっそりと暮らす【ホワイトエルフ】とちがい、太陽の下を好むのが彼ら【ダークエルフ】です。
エルフはよくも悪くも、大自然のマナの影響を受けやすく、【ダークエルフ】は日常的に強い陽光にさらされつづけたことで、色が抜けたような白髪、燃えるようなオレンジの目、焼けたような黒い肌を持つのだそうです。また、太陽の恵みを全身に宿したために、【ホワイトエルフ】より強くてじょうぶな肉体なのだとか。
エルフは見た目もいとなみも人間とほぼ変わりありませんが、魔法を使うことができるので、当然、魔法生物と分類されています。
『つかぬことをうかがいますが、あなた方は人間……でよろしいでしょうか?』
エミルたちが身構えていると、三人組の真ん中、リーダーとおぼしき長髪の男性エルフがたずねてきました。さわやかで、よく通る美声です。
「は、はい、そうです……けど」
どうやら敵意はなさそう、と判断したエミルは正直にこたえますが、伝説の存在を目の前にして、さすがに緊張しているようすです。
すると、エルフ三人組はおどろいて目を丸くしたのち、エミルたちには聞こえないくらいの小声で、なにやらひそひそ話をはじめました。そして、相談を終えると、
『おお……! 人間の方よ、ようこそおいでくださいました! われらダークエルフ一同は、あなた方を歓迎いたします』
リーダーのエルフは歓喜の声をあげ、ほかの二人とともにうやうやしく一礼しました。
「え? え??」
エミルたちは混乱しました。ふしぎな森に入って、めずらしいワンダーを見て、伝説のエルフと会って、歓迎されて、正直、びっくりが多すぎて、頭がついていきません。
『あ、ああ、すみません。突然こんなことを言われても、お困りですよね。まずは、われらの集落へご案内します。くわしいお話は、そちらで……』
「は、はあ……」
エミルたちは流されるまま、ダークエルフたちにさそわれるがまま、彼らの集落におもむくことになりました。
状況はまったくわかりませんが、事態を前に進めるためにはこうするしかないと、エミルは心のなかで自分に言い聞かせるのでした。
☆ ☆ ☆
エミルたちは、森の中心部近くにある、ダークエルフの集落にやってきました。
広場を中心に、わずかばかりの菜園と、木造の家が数軒ほど点在しているだけの簡素な外観です。殺風景、とも言います。
「なんだか、思ったよりしずかだね……」『さびれてるし、みんな、げんきなさそう……』
集落のようすを見て、エミルとシロンは第一印象からそうつぶやきました。
外を歩いているダークエルフは四~五人程度とまばらで、みんなどこかだるそうな顔をしているのです。まるで活気が感じられません。
『お見苦しいところを見せてしまい、もうしわけありません。現在、我らの集落は、滅亡の危機にひんしているのです』
「めつぼう!?」『クー!?』
エルフ三人組のリーダーが神妙な顔で言うと、ユーリとクリスはあまりのおだやかじゃなさにびっくりして、大きな声をあげてしまいました。
なにがなんだかわからない現状に加え、思った以上に重い事態の追い打ち。この森に来たのはまちがいだったかと、にわかに思わずにはいられません。
ただ、そんなユーリとは対照的に、エミルは表情を引きしめていました。この危機をなんとかしてあげたい、という思いを胸に。
☆ ☆ ☆
『こちらです、どうぞ』
エミルたちは、集落の中でもひときわ大きい、入り口の両脇にりっぱな紋章旗がかかったお屋敷の中の、広間に通されました。
広間はまるで物語に出てくる、お城の玉座の間のようなつくりで(実際のものよりは、ずっとせまいです)、奥のこれまたりっぱなイスに、りっぱな身なりをした、二人のダークエルフが座していました。
左のイスには、王冠をかぶり、オレンジのマントに身をつつんだ精悍な顔つきの、人間でいえば壮年くらいのエルフの男性が。王様のような見た目で、ひと目見て一番えらい人だというのがはっきりわかります。
右のイスは、きれいな銀色の長髪にティアラをのせ、グラマラスで褐色の肌に映える純白のドレスに身をつつんだ、まさに絶世の美女といえる、人間でいえば16~17歳くらいの少女のエルフが。こちらは、まさにお姫さまといった感じです。エミルたちも思わず見とれて、顔を赤くしてしまうほどの魅力です。
その両脇には、エミルたちを案内した三人組とおなじ、狩人の服装を着たダークエルフの男性二人が近衛兵よろしく、背筋を伸ばして立っていました。
この、まるで王様への謁見のような雰囲気にあてられて、エミルは反射的にひざまずきました。外の世界に旅立つに際して、こういうときのマナーもちゃんと学んでいたのです。わきで見ていたユーリも、エミルをまねて、あわててひざまずきました。
『そうかしこまらないでくれ。私はなにも一国の王というわけではない。この小さな集落の、ただの長だ。この部屋も、ただのインテリアにすぎん。それほどたいそうなものではないのだよ』
そんなエミルたちのたどたどしい礼儀を見て、壮年のエルフ……長は苦笑いしながら、やさしくもおごそかな声で言いました。
となりでは、少女のエルフもやさしく、にっこりと笑いかけてくれて、エミルたちの緊張をほぐしてくれました。
「は、はあ……」
エミルは内心ちょっぴり、なーんだ、と思いながら、ユーリとゆっくりと立ち上がりました。
『あらためて、人間の方々よ。我らゾンネの森のダークエルフは、そなたらの来訪を歓迎する』
「歓迎……してくださるのは、ありがたいんですけど……正直、この集落を見るかぎり、そんな場合じゃないように思えるんですが……」
エミルはおずおずとですが、思ったままのことをたずねました。滅亡の危機とか、活気のない人々とか、とてもじゃありませんが、こちらも素直に歓待を受けられる精神状態ではありませんでしたので。
「え、ええ、たしか、滅亡の危機にひんしている、とか……」
ユーリも同様に動揺して、つづけてたずねました。
『うむ、はずかしながら、そうなのだ……この集落はまもなく、滅びの道をたどるだろう……』
長は頭をかかえて、とてもなやましげな顔でこたえました。となりの少女のエルフも、はかなげでつらそうな顔をして、ふるえています。
「あの、なにかわたしたちに、できることはありませんか? さすがにこんな状況、ほうっておけないですよ」
見かねたエミルは目つきをキリッとさせて、いつもの前向きな調子でたずねました。
すると一転、長は身を乗りだして、期待のこもったまなざしでこたえました。
『おお、もしや、頼まれてくれるのか!』
「え、ええ、わたしたちに、できることなら」
その変わりように、エミルはたじろぎながら返事をしました。
そのとき、長のとなりに座っていた少女のエルフが立ち上がって、
『いいかげんになさってください、お父さま! この方たちは、外界からはるばるお越しくださったお客さまです! そんな方たちに、また我々の命運をあずけようだなんて……!』
オレンジのひとみをキッとつりあげて、長にどなりつけました。
『し、しかし、姫よ、もはや、この者たちに頼るほか……』
さっきまでの威厳はどこへやら、長は姫の剣幕にすっかりちぢこまってしまいました。
『もとはと言えば、これは私たちの、この集落のエルフ全員の問題です! 私たちの手で、どうにかしなければならないのです! そうでなければ、滅んでもしかたのないことだわ!』
『ひ、姫、それはさすがに……』
近衛兵風のエルフが、姫を制止しようとしました。ですがどうもへっぴり腰で、おさまるものもおさまりません。
『もういいです! お父さまがそういうつもりなら、私自身の手でなんとかするまでです! 私はこの集落の、長の娘なのですから!』
そう言うと、ダークエルフの姫は怒りながらずかずかと、びっくりしているエミルたちのそばを横切って、部屋を出ていってしまいました。
『ひ、姫! いかん! あやつめ、大樹へ行く気だな! お前たち、早く止めんか!』
『は、はいぃ! ただいまぁ!』
長に命じられ、三人組はどたどたと走って、姫を追いかけていきました。
なんかダメっぽそうだな、とエミルはひそかに思いました。
『まったく、困った娘だ……』
長がまた頭をなやませていると、
『もー! さっきからいったいぜんたい、なにがどうなってるの! さっさとぜんぶ、せつめいしてよ!』
まったく煮え切らない状況にがまんが限界に達し、シロンが怒りを爆発させました。




