第25話 闇夜の襲撃者 その4 おしおきのあとはなかなおり
「はらほれひれはれ~」
目をぐるぐる回しているヴァイトは、ロープで体もぐるぐる巻きにされていました。夜が明ければ彼はライカの手でどこかの町の警察に引きわたされ、その後はオリの中で暮らすことになるでしょう。
彼のパートナーだった爆発ポメラニアン……九体のブラッドッグも目をさまし、そろってしゅんとおすわりしています。リーダーのブラッドルフのほうはくやしいのか、プイッとふて寝していました。
「エミル、あの魔法使ってたけど、体のほうはだいじょうぶ?」
ユーリは、エミルとシロンがウバオーガ団との戦いで《ドラゴンブラスター》を撃ったあと、マナを使い切って倒れたことを思い出して、心配しました。
「だいじょうぶ! 今回はだいぶチカラ加減できたから」『やっぱり魔法ってじっさいにつかわないと、コツがつかめないよねー!』
エミルはとくいげにポンと胸をたたいて、シロンはむふーと鼻を鳴らして言いました。
ふたりの言うとおり、ヴァイトたちはウバオーガ団のようにお星さまになっていませんし、使った本人たちもまだまだ元気そうなので、チカラ加減をおぼえた、というのはほんとうなのでしょう。
でもたった一度でコツをつかんじゃうなんて、やっぱりエミルはすごいなあと、ユーリはまたひとつ感心しました。
「さて、それじゃ、聞くべきことを聞かないとね」
エミルはしばりあげたヴァイトのほうに歩み寄り、杖をつきつけてたずねました。
「どうしてユーリとクリスを狙ったの?」
ヴァイトは目と鼻の先に杖を向けられてビクッとし、観念してこたえました。
「た……たのまれたんだ。そこのドラゴンを奪ってきたら、大金をくれるってな」
「それはさっき聞きましたよ」
「先に言ってよ」
ライカがしたり顔で言うと、エミルはあきれ顔で言いました。
「して、依頼料のほうはおいくらで……」「依頼人はだれ?」
メガネをキラリと光らせたライカをさえぎって、エミルはつづけてたずねました。
「クリスタイドの山主の息子だよ……」
「さすがは闇バイト。"守秘義務"って言葉を知らないんですねー」
「だからその呼び方やめろ!」
「やまぬし? ユーリはなにか心当たりある……」
エミルがクリスタイド出身のユーリのほうを振り向くと、ユーリは驚愕した顔のまま、かたまっていました。
「そうか……彼が……ダストが……」
そして、うわごとのようにそうつぶやきました。
「ユーリ!?」『クー! クー!』
エミルとクリスはユーリを心配して、大きな声で呼びかけました。
「はっ……ご、ごめん……」
ユーリはハッとわれにかえりました。
そんなユーリにエミルが「だいじょうぶ?」と顔を近づけて心配します。ユーリはエミルのかわいらしい顔が、目と鼻の先までせまってきたことにびっくりドッキリして、
「だだだ、だいじょうぶ!」
と、あわてて飛びのきました。うしろでライカが「おやおや」とメガネを光らせてニヤニヤしています。
エミルは「ほんとに?」と首をかしげますが、ユーリは両手をぶんぶん振って「だいじょうぶ!」を連呼するばかりなので、しぶしぶ引き下がりました。そして、ヴァイトへの尋問をそこそこに、今度はブラッドルフのほうへ歩いていきました。
「え? 俺にもう聞くことないのか?」
ヴァイトは意外そうにたずねました。
「うん」
エミルはキッパリとうなずきました。
「ほ、ほかにももっと聞くことあるだろ! 俺が何者なのかとか、俺のこれまでの武勇伝とか!」
「興味ないなあ。とくに後者」
なんだかんだと聞いてほしがりなヴァイトを、エミルはバッサリと切り捨てました。敵と見さだめた相手には、ほんとうに容赦がありません。
ヴァイトは無視されてなげき悲しみ、両目から滝のような涙を流しました。
「ねえ、ちょっといいかな? シロン、この子の通訳おねがい」『おっけー!』
エミルはしゃがみこんで、ふて寝しているブラッドルフに話しかけました。
「話す気はなくてもいいから、聞いてほしいの。わたし、8年前からずっと、あなたに言いたかったことがあるんだ」
ブラッドルフはちらりと片目を開きました。聞いてくれる気はあるようです。
「あのとき、石ぶつけちゃってごめんなさい」
エミルは深く頭を下げました。ブラッドルフは両目を開き、意外そうな顔を浮かべました。
「わたしにとってあのときは、生まれてはじめてワンダーを、だれかをキズつけた瞬間だった。だからずっと、心のすみっこでもやもやしたまま、離れなかったんだ。だから、いつかあなたにまた会えたら、あやまりたいって、たまに思ってた」
「たまになんですか……」
うしろで見ていたライカは苦笑いしてつぶやきました。
ブラッドルフはエミルの話に耳をかたむけて、返事をするように声をあげました。すかさず、シロンが通訳をはさみます。
『だったらなんで、脇腹に二発も蹴りを入れたんだ』
「わたしを襲おうとして、みんなもキズつけたから、当然のおしおきだよ」
『それについての謝罪はないのかって話だ』
「ないよ。むかしのわたしは悪いことしたと思ってても、いまのわたしはそうじゃないもん」
『なんだそれは。意味がわからん』
「わたしも成長したってことだよ」
『知るか』
エミルがいたずらっぽく言うと、ブラッドルフはまたプイッと顔をそむけてしまいました。
「そっけないなあ。もうわたしのことはうらんでないの?」
『さっきまではそうだったがな。いまはふしぎと、そんな気分じゃない』
「どうして?」
『そこの白いのの魔法のせいかもしれん。あの光線で、恨みや憎しみまでふっとんでいったような……って、しろいのじゃないよ! シロンだよ!』
シロンは通訳を中断して、ぷんすか抗議しました。
「シロン、いまは通訳をつづけて」『はあ~い……』
シロンはしぶしぶといったようすでおへんじしました。
『まあ、それだけじゃない。体が成長して、ニンゲンと組んでも、お前らに勝つことができなかった。この敗北で、俺の闘志は完全に折れちまったんだろうな……まいったよ』
ブラッドルフは両目を閉じて、感心したようにフッと笑いました。成長しても、ぜったいに勝てないとわかった相手にはけっして歯向かわない【ブラッドッグ】の性質が生きているようです。あるいは、歳をとったことで、オトナになったからなのでしょうか。
「ねえ、ひとついいかな?」
『なんだ』
「わたしたちがこうして、8年ぶりに再会できたのもなにかの縁だと思うんだよね。それに、おたがいわだかまりも消えたことだし、ちょうどいいよ。わたしのパートナーにならない?」
『……は?』
エミルの突然の提案に、ブラッドルフも、通訳していたシロンも、うしろで見守っていたライカもおくちあんぐりです。
『おいちょっと待て。なんでそういう流れになるんだ』
「え? むしろそういう流れにしかならないと思わない?」
『思うか!』
ブラッドルフはくわっとキバをむきました。
『そもそも、俺はすでに契約している身だ』
「破棄しちゃえばいいじゃない。あの闇バイトのやったことはれっきとした犯罪だし、このままじゃあなたもオリの中だよ?」
『む……それもそうだな。そう言われると、アリかもしれん』
「わたしが誘っておいてなんだけど、あっさりしてるなあ」
『ニンゲンのもとにつくなら、より強く待遇のいいヤツのほうがいいに決まってる』
「まあしょせん、悪党のキズナなんてそんなもんでしょうねー」
ライカがへらっとしたようすで口をはさみました。
「あははっ、言えてる。じゃあ、オーケーってことでいい?」
『かまわんが、かんちがいするな。ノラ暮らしやオリ暮らしより、お前らと組んだほうがマシだってだけだ』
「それでもいいよ。よろしくね」
エミルはにっこり笑いました。
『それじゃあ……ん!』
すると、シロンがブラッドルフに右手を差しだしました。
『……なんのつもりだ?』
ワンダー同士が話しているので、今回は通訳をはさんでいません。
『なかなおりのしるし! シロンもむかし、シロンのことたべようとしたの、ゆるしてあげる!』
『……フン。いま思えば、なんでこんな白くて、味の薄そうなヤツを食おうと思ったんだろうな』
ブラッドルフはニヤリと笑って、からかいぎみに言いました。
『むー! シロンはドラゴンだよ! こーきゅーしょくざいだよ!』
シロンはぷんすか抗議しました。
『ククッ、自分で言うか。……あのときは、悪かったな』
『うん!』
ブラッドルフも右前足を出し、シロンの右手とタッチしました。
その瞬間、ブラッドルフの黒い体が白く光りだしました。
「なに?」「えっ!?」「こ、これは……!」
エミルとユーリ、ライカまでもがおどろいています。
光が消えると、なんとブラッドルフの体が灰色に、毛並みもりっぱに、目も金色に、すっかり変わってしまいました。もはや、完全に別のワンダーです。
「これは、【グレイトウルフ】……! シロンのチカラで変化を? 光と闇が合わさって最強に?」
ライカは興奮しているのか、早口で意味不明なことをまくしたてました。
「環境や鍛え方でワンダーのすがたが変わるってライカさんは言ってたけど、こんな一瞬で変わること、あるんだ……」『クー!』
ユーリとクリスは突然のことにおどろきながらも、ちょっぴり感動しているようすで言いました。
「じゃあ、きょうからあなたは"グレイ"だね。これからよろしく!」
エミルも笑顔で右手を差しだし、
『……おう』
ブラッドルフあらため、【グレイトウルフ】のグレイは、そこに右前足をぽんと置きました。
「なんだか、まるでワンちゃんのお手みたいですねー」
ライカがへらっと言うと、グレイは怒ってワンワンと吠えたてました。
一同がそのようすにあははっと笑い合っている裏で、ぐるぐる巻きのヴァイトはまた号泣していました。相手にされないと思ったら、パートナーまで奪われてるんですもの。
「じゃあ、のこりのワンちゃんたちは私がめんどう見てあげましょう。ちょっとしたツテがありますんで、悪いようにはしませんよー」
ライカが提案し、九体のブラッドッグは投獄をまぬがれられると思って、わーいとよろこびました。ヴァイトはまた号泣していました。パートナーを一体奪われたと思ったら、まるごと全部奪われたんですもの。
「はい、これにて一件落着~。めでたし、めでたし~」
最後になぜかライカが締めて、闇夜の戦いは幕を閉じましたとさ。




