第21話 通じ合う想い
夜のサンタート平原の野営地にて。
まだ寝るにはちょっと早い時間ですが、エミルは毛布にくるまってすやすやと寝息を立てていました。もちろん、村長さんからもらったたまごを抱きながら。
「エミル……やっぱり、疲れてたのかな」
ユーリはそんなエミルの寝顔を心配そうに、そしてちょっぴりいとおしそうにながめていました。彼女の疲れの一因はぼくをおんぶして走ったせいだ、そう思うと、責任を感じてしまいます。
「マナ(生命エネルギー)もたいぶ使ったみたいですからねー、ムリもないでしょう」
ふいに背後から聞こえた声に、ユーリは「うわっ!」とびっくりしました。振り向くと、どっかに行っていたはずのライカがニヤニヤ顔で立っていました。その気配に、まったく気がつきませんでした。
「ず、ずいぶん長いトイレでしたね……」
「ユーリくんも、あんまりそういうことは口にするもんじゃありませんよー?」
ライカはへらへら笑って言いました。さすがにユーリも彼女をだいぶうさんくさいと思っていますが、ふしぎと悪い人には思えませんでした。ふしぎです。
『それで、エミルったらねー』『クー!』
その近くの岩の上では、シロンとクリスがなかよくおしゃべりをしていました。ちなみにアクアとジェムは、すでにユーリの指輪の中で休んでいます。
「シロンのほうは元気そうだなあ」
「ワンダーは人間とくらべてタフですし、回復も早いですし、ドラゴンはとくに生命力が強い生きものですし」
そのようすをほほえましくながめていると、ユーリはハッと思い出して、二体のほうへ歩み寄りました。
「そうだ、ねえシロン、きみは、ワンダーと話せるんだよね?」
日中、シロンはクリスやアクアの気持ちを伝えてくれたりしていました。ついでにカメンキジの苦情も。ユーリもずっと気になっていたので、この機会にくわしく聞いてみることにしたのです。
『うん! はなせるよ! クリスだけじゃなくて、アクアとも、ジェムとも!』
シロンはにっこり笑って言いました。
「人の言葉を話せるワンダーはざらですが、自分以外の種のワンダーの言葉が理解できるものはそうはいません。知能の高いドラゴンならではの特技ですねー」とライカが補足しました。
「それじゃ、その……おねがいがあるんだけど……」
『クリスとおしゃべりしたいんだね!』
ユーリは「うっ!」と図星を突かれました。言葉づかいは幼いですが、シロンは思っている以上にするどいです。知能が高いというのもうなずけます。
『それならまかせて! シロンがつーやくしてあげる! クリス!』『クー!』
ユーリは「ええっ!?」とあわてふためきました。たしかにクリスと話してみたいと思っていましたが、いざ話すとなると心の準備が、どうしていいかわからなくなってしまったのです。シロンってば、話が早すぎます。
それに、クリスが自分のことを、ほんとうはどう思っているのか、知りたいですけど聞くのがこわいのです。いっしょに強くなりたい、とは言ってくれましたけど、おんぶの件もありますし、もしかしたら、内心ふがいない自分に腹を立てているんじゃないか、なんて考えてしまうのです。
『クー! クー!』
『『ユーリったら、そんなにわたしの気持ち聞くの、こわい?』……だって!』
「ひゃあっ!」
もんもんとしているとシロンが勝手に通訳をはじめてしまったので、ユーリはスットンキョーな声をあげ、スッテーンと倒れてしまいました。
シロンもユーリの反応にびっくりしますが、クリスの通訳をつづけます。
『わたしは、あなたがパートナーでほんとうによかったと思ってるわ』
「……え?」
ユーリは起き上がって、目を丸くしました。
『たしかにあなたにはまだ、知恵も力も足りないけれど、さっきエミルが言った通り、じゅうぶんな勇気を持ってる。きのう、命がけでわたしを守ろうとしてくれたこと、ほんとうにうれしかった』
「……あ」
『もちろん、助けてくださったシロンねえさまにも感謝してます』『えへへー、どういたしまして!』
通訳なので、ぜんぶ自分で言ってます。はたからみたら、ただの自画自賛です。
あと、なにげにユーリとライカは、シロンが女の子だということをいまはじめて知りました。本人に言ったらたぶんすごく怒ると思うので、口にはしません。
『だから、そんなに自分を卑下しないで。アクアが仲間になったときにも言ったけれど、あなたがわたしを守るために強くなると言ってくれたみたいに、わたしもあなたのために強くなりたい。これからもいっしょにがんばりましょう、ユーリ』
クリスの想いを、感謝の気持ちを、シロンの口から聞いたユーリは、胸がいっぱいになりました。ずっとほしかった言葉をもらえたような気がしました。
「……ありがとう、クリス。ぼくはまだまだ、たよりないウィザードかもしれないけど、せいいっぱいがんばるよ」
そしてまた泣きそうになりながら、やわらかくほほえんで言いました。クリスも『ええ』とうなずいてくれました。
「シロンもありがとう。おかげで、胸のつかえがとれたような気がするよ。よかったら、これからもクリスの、ううん、アクアとジェムの通訳もおねがいしていいかな?」
『もちろん、おっけー! でも、クリスならいつか、シロンみたいにしゃべれるようになるとおもうよ!』
「ほんとうに?」
ユーリは目の色を変えました。
『たぶん!』
ユーリはずっこけました。
クリスは『まったく、ねえさまったら』と言いたげに苦笑いしました。
「いやー、地固まってよかったですねー。命がけでパートナーを守っただなんて、ユーリくんもいいとこあるじゃないですかー!」
ライカはパチパチと拍手して、楽しそうに、けれど感心したように言いました。
「そ、そんなことないですよ……」
そうは言いながら、ユーリはまんざらでもなさそうな顔です。
『そんなことあるよー! 【ブラッドッグ】からクリスをかばおうとするなんて、まるでエミルみたいだった!』
「エミルみたい? それって、エミルが小さいころ、シロンのこと助けたって話?」
ユーリはきょとんとしました。
『うん! シロンがエミルとはじめてあったときもね、エミルがブラッドッグから、シロンのことかばってくれたんだよ!』
「そうだったんだ……」
ユーリは感慨深い気持ちになりました。出会った夜にも聞きましたが、まさか偶然にも、エミルとおなじ状況で、おなじ相手に、おなじことをしていたなんて。これは運命なのでは……なんてほんのすこし、思ってしまいました。
しかし、そのときライカが、
「……ちょっと待ってください。ユーリくん、【ブラッドッグ】に襲われたんですか?」
真剣な顔と口調でたずねてきました。どうものっぴきならない雰囲気が感じられます。
「は、はい、そうですけど……」『クー!』『シロンもみたよ! それで、たすけたよ!』
「それは、この"サンタート平原”でのことですよね?」
「は、はい、そうですけど……」『クー!』『シロンもいたよ! それで、たすけたよ!』
そう聞いたライカの顔が、メガネの下からでも青ざめていくのがわかりました。
「あの、ライカさん、どうかしました……」
「いますぐエミルちゃんを起こしてください。すぐにここから離れましょう!」
ユーリの言葉をさえぎって、ライカはこれまでにない剣幕で指示しました。
アオーーーン……
突然そんなことを言われて、ユーリたちがまごついているうちに、ケモノの遠吠えのような声が響いてきました。つい最近、聞きおぼえのある声です。
「おそかった……」
ライカが苦々しく歯をかみしめると、さらにケモノたちの足音がまわりから聞こえてきて、それらによって野営地を包囲され、あっというまにユーリたちは逃げ場を失ってしまいました。