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ワンダフルコネクト ~エミルとドラゴンのアドベンチャー~  作者: 稲葉トキオ
プロローグ エミル・スターリングと太陽の姉妹

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第2話 姉妹の試練 その1 せまる異変

「ほら! 見て見てエミル! すっごいいいながめ!」


「うわあ~! ほんとだね、お姉ちゃん!」


 あの夜の森でのできごとから、4年後。


 エミルたち姉妹は、村の近くでいちばん高い岩山のてっぺんに登り、そこから見える景色を楽しんでいました。


 足もとには、ちいさな家々が並ぶ自分たちの村。畑の緑、川のきらめき、その向こうに広がる深い森。そして、はるか遠くまで続く大地。


 まるで空に近づいたみたいで、世界をひとりじめしたような気分になります。


 風がびゅうっと吹きぬけ、エミルのオレンジの短い髪をふわりと揺らしました。


『ピー! ピー!』


「そうだね、シロン! すごいね!」


 エミルの肩の上では、白い小さなドラゴンがうれしそうに鳴いていました。


 あの夜出会い、パートナーとなった【ホワイトドラコ】の女の子。エミルがつけた名前は、シロン。


 雪のように白いウロコは日の光を受けてきらきらと輝き、小さな翼をぱたぱたさせるたびに、やわらかな風がほおに当たります。


 人なつっこいシロンは、いまでは姉妹や両親だけでなく、村じゅうのみんなにかわいがられる人気者になっていました。ちまたでは「しあわせを運ぶ白いドラゴン」なんて呼ばれているほどです。


 めずらしい白いドラゴンだという理由で、ワルモノに狙われたこともありました。


 けれど、そんなときはおもにエイルがやっつけてくれましたし、ときにはエミルとシロンが力を合わせて乗りこえたこともあります。


 そうした出来事をくぐりぬけて、いま姉妹は、こうして平和な毎日を過ごしているのでした。


 この4年間、エミルはほとんど毎日のようにお姉さんと村のまわりを冒険してきました。


 言いつけをあまり守らないお姉さんとちがって、エミルは立ち入り禁止の場所へ行くときは、かならず事前に大人たちの許しをもらっていました。


 大人たちも、エミルの日ごろの行いのよさと「エイルがいっしょならだいじょうぶだろう」という安心感から、いつもこころよく送り出してくれていました。


 最初のころこそ、エミルはお姉さんの元気いっぱいな足どりについていくのがせいいっぱいで、ひいひい言っていたものです。けれど今では、なんとかとなりを走れるくらいまで成長していました。


 もちろんエイルには遠くおよびませんが、村のほかの子どもたちとくらべると、じゅうぶん段ちがいの体力です。とても8歳の女の子とは思えないほどでした。


「お姉ちゃん」


 ふもとから視線をはずし、村のずっと向こうに見える地平線――自分たちにとっては未知の世界――を見つめながら、エミルはぽつりとつぶやきました。


「なあに?」


「お姉ちゃん、もう12歳だよね。ほんとうにいいの? 村の外に出なくて」


 現在、世界全体でさだめられている決まりでは、12歳をすぎ、春をむかえた子どもは正式に“ウィザード”を名乗り、自由な活動をすることが認められます。


 つまり、親のもとを離れ、ひとりで村の外へ旅に出ることもできるのです。


 自由奔放で冒険好きのエイルにとっては、待ちに待っていたはずのその日。


 けれど、12歳の春をすぎた今でも、彼女は村にとどまり続けていました。


 エイルはふっと笑うと、白いベレー帽ごしに妹の頭をくしゃくしゃとなでました。


「言ったでしょ? 私たち姉妹はいつだって、ずっといっしょだって。旅に出るのは、エミルが12歳になってからでいいよ」


 エイルは大人の言いつけも平気でやぶりますし、村人からはいいかげんな子だと思われています。けれど、いちど結んだ約束だけは、なにがあっても守る子どもでした。


 それが最愛の妹との約束なら、なおさらです。


 成長したエイルは、もともと高かったウィザードの能力をめきめきと伸ばし、いまや村でいちばんの実力者になっていました。


 その非凡な才能は、こんな小さな村でおさまる器ではないと、だれもが思っています。


 そのため村人たちからは「まだ旅立たないのか」と何度もせっつかれていますが、エイルはそれを固辞し続けていました。


 すべては、妹との約束を守るためです。


 それに――元気いっぱいで自由すぎるエイルに、同年代の子どもはおろか大人ですらなかなかついていけません。


 人間の友だちと呼べる存在がほとんどいない彼女にとって、いつもそばで一生けんめい自分についてこようとしてくれる妹は、なにより大切な存在なのでした。


 エミルもそれをうれしく思う反面、自分との約束のせいでお姉ちゃんをしばりつけているんじゃないかと、もうしわけなく感じてもいました。


(お姉ちゃんなら、きっと外に出れば、すごく大活躍できるはずなのに)


 だれよりも近くでお姉さんのすごさを見てきたからこそ、胸の奥がきゅっとするのです。


 そんなことを考えながら、エミルが少しだけ暗い顔を浮かべた、そのとき――



 アオーーン……



 岩山のふもとの森のほうから、オオカミの遠吠えのような声が響いてきました。


 その声を聞いた瞬間、エイルの表情がきりっと引きしまりました。


 オオカミ自体はこのあたりでもよく見かけます。けれど今の声は、ただの遠吠えではありません。どこか切羽つまった、あぶない気配が混じっていました。


「シロ! 降りるよ! エミルもおいで!」『ワン!』


 エイルはそう言って、パートナーの白いオオカミ型ワンダー【クラウドルフ】の背にひらりとまたがりました。


 4年前は中型犬ほどの【クラウドッグ】でしたが、いまではりっぱに成長し、たくましい体つきになっています。名前はシロ。


 シロンの名前もそこからもらったので、家族や村人たちはときどき呼びまちがえてしまうのでした。


「う、うん!」『ピー!』


 いつになく真剣なお姉さんの空気に、エミルもどきりとしながらシロの背に乗ります。シロンもエミルの肩からぴょこんと飛び移り、しっかり服につかまりました。


 姉妹を乗せたとたん、シロは地面をけるように走り出しました。


 岩山のごつごつした斜面を、風のような速さで駆け下りていきます。


 子どもふたりと、小さなドラゴンを乗せているというのに、その走りは力強く安定していました。


 ――なにかが起きている。


 森の奥から流れてくる、いやな気配。


 エミルはシロンの体温を肩に感じながら、小さくごくりとつばを飲みこみました。



 ☆ ☆ ☆



「……なにこれ」「……ひどい」『ガル……』『ピー……』


 遠吠えをたよりに岩山を駆け下り、森へやってきた姉妹とパートナーたちは、目の前にひろがる光景を見て愕然(がくぜん)としました。


 いくつもの木々がなぎ倒され、地面は大きくえぐれています。草は踏み荒らされ、あたりには争ったあとのような生々しい跡が残っていました。


 そして――あちこちに、キズだらけになった野生のワンダーたちが倒れています。


 その姿は、眠っているようにも見えますが、ぴくりとも動きません。


 どう見ても、自然の出来事でこうなったとは思えませんでした。


『クゥ……』


 そのとき、かすかな声が聞こえました。


 倒れているワンダーの一体が、弱々しく鳴いたのです。ツノが木の枝のように広がったシカのワンダー、【ウッディア】でした。体は深いキズだらけで、赤く染まっていますが、まだかろうじて息があるようでした。


「だいじょうぶ!?」


 エミルはたまらずシロの背から飛び降り、ウッディアのもとへ駆け寄りました。小さな手がふるえながらも、ポケットからキズ薬を取り出し、そっと体にふりかけます。


「おねがい……がんばって……!」


『ク……』


 けれど、その願いは届きませんでした。


 受けたキズはあまりにも深く、キズ薬の力でも命をつなぎ止めることはできなかったのです。ウッディアは、エミルを見つめるようにして、静かに息を引き取りました。


 その表情が苦しみではなく、どこかおだやかだったのは、せめてもの救いでした。


 まるで、自分を助けようとしてくれたエミルに「ありがとう」と伝えているかのように。


「そんな……う……っ」『ピー……』


 エミルは両手で口をおさえ、ぽろぽろと涙をこぼしました。シロンも肩の上でうつむき、悲しそうに小さく鳴きます。


(ごめんね……助けられなくて、ごめんね……!)


 胸がぎゅっとしめつけられるような無力感に、エミルは心の中で何度もあやまりました。


 そんな妹を、エイルは後ろからそっと抱きしめます。


 その目には、妹の悲しみを思う気持ちと、この光景を作り出した存在への強い怒りが宿っていました。


 やがてエイルはゆっくり立ち上がり、ワンダーたちが倒れている方向の奥へ視線を向けました。


 地面には、森の奥へと続く大きな足跡が残っています。


 土をえぐり、血に染まった、異様なケモノの足跡です。


 エイルは直感しました。


 ――この先に、すべての元凶がいる。


「……エミル、先に村へ帰って、このことをみんなに伝えて」


 そう言って、泣いているエミルに手をさしのべます。


「お姉ちゃん、は……?」


 エミルは涙でぬれた目のまま顔を上げました。


 エイルは、強い決意をこめた声で言います。


「これをやったヤツを、止めに行く」


 このまま放っておけば、ほかの野生のワンダーたちだけでなく、すぐ近くにある自分たちの村も危ない。


 そして、それに立ち向かえるのは、村でいちばん強いウィザードである自分しかいない。


 エイルはそう理解していました。


 その覚悟が伝わり、エミルはぐいっと涙をぬぐいました。


「……わたしも行く」


「ううん、ダメだよ、あぶないよ」


 エイルは首を振ります。


 この元凶は、自分でも勝てるかわからないほどの強敵かもしれない。だからこそ、妹を連れていくわけにはいかないと思ったのです。


 けれど――


「それでも、行く。わたしたち姉妹は、いつだって、ずっといっしょ、でしょ?」『ピー!』


 エミルの声は震えていましたが、その目はまっすぐでした。


 シロンも翼を広げ、きりっとした顔で鳴きます。


 ただ約束を守りたいからではありません。


 元凶を止めたい。村を守りたい。倒れているワンダーたちの無念に報いたい。


 その思いは、エイルと同じだったのです。


 エイルは一瞬だけ目を閉じ、そして決心したようにうなずきました。


「……わかった。じゃあ、いっしょに行こう!」『ワン!』


 差し出されたお姉さんの手を、エミルはぎゅっとにぎりました。


「……うん!」『ピー!』


 涙のあとが残る顔には、もう迷いはありません。


 泣いていても、失われた命は戻らない。


 ならば、これ以上の犠牲を出さないために、自分にできることをする。


 その思いは、シロンも同じでした。


 姉妹とシロンはふたたびシロの背に乗り、森の奥へと続く血に染まった足跡を追って走り出しました。


 しずまり返った森の中へ、決意を胸に――。

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