第2話 姉妹の試練 その1 せまる異変
「ほら! 見て見てエミル! すっごいいいながめ!」
「うわあ~! ほんとだね、お姉ちゃん!」
あの夜の森でのできごとから4年後。
エミルたち姉妹は、村の近くでいちばん高い岩山のてっぺんに登り、そこから見える景色を楽しんでいました。自分たちの住む村やまわりの森などが一望でき、まるで神さまになったみたいな気分です。
『ピー! ピー!』「そうだね、シロン! すごいね!」
エミルの肩の上では、あの夜出会い、パートナーとなった白いドラゴンの子・【ホワイトドラコ】が元気な声をあげていました。この子はシロンと名づけられ、姉妹やその両親だけでなく、いまや村じゅうで愛される存在になっていました。
白いドラゴンというものめずらしさのせいで、ワルモノに狙われたりしたこともありましたけど、そういうやつはおもにエイルがやっつけてくれましたし、自分たちだけでどうにかしたときもあったので、いまも平穏無事に暮らしています。
さて、この4年間、エミルは毎日のようにお姉さんと村のまわりを冒険していました。
いいつけを守らないお姉さんとちがって、エミルは立ち入り禁止の場所に行く際はちゃんと事前に大人たちにゆるしをもらっていました。大人たちも、エミルの日ごろのおこないのよさと「エイルがいっしょならだいじょうぶだろう」という安心感から、いつもこころよく送り出してくれていました。
最初のころこそ、エミルはお姉さんの元気っぷりについていくのがせいいっぱいで、ひいひい言っていたものの、いまではなんとかついていけるくらいまで成長していました。エイルには遠くおよばないものの、村のほかの子どもたちとくらべるとじゅうぶん段ちがいの体力です。とても8歳の女の子とは思えないくらい。
「お姉ちゃん」
ふもとから視線をはずし、村のずっとむこうに見える地平線、自分たちにとっては未知の領域をながめていたエミルが、ふとつぶやきました。
「なあに?」
「お姉ちゃん、もう12歳だよね。ほんとうにいいの? 村の外に出なくて」
現在、世界全体でさだめられている決まりでは、12歳をすぎ、春をむかえた子どもは正式に"ウィザード"を名乗り、自由な活動をすることが認められます。つまり、親のもとを離れ、ひとりで村の外へ旅に出ることもできるわけです。
自由奔放で冒険好きのエイルにとっては、待ちに待っていたことのはずですが、12歳の春をすぎた今でも。彼女は村にとどまりつづけていました。
エイルはふっと笑って、白いベレー帽の上から妹の頭をわしゃわしゃとなでて言いました。
「言ったでしょ? 私たち姉妹はいつだって、ずっといっしょだって。旅に出るのは、エミルが12歳になってからでいいよ」
エイルは大人の言いつけも平気でやぶりますし、村人からはいいかげんなムスメだと思われていますが、結んだ約束だけはぜったいに守る子どもでした。それが最愛の妹とのものなら、なおさらです。
成長したエイルは、もともと高かったウィザードの能力をめきめきと伸ばし、いまや村でいちばんの実力者になっていました。その非凡な才能は、こんなちっぽけな村でおさまる器じゃないとだれもが思っていました。
そのため、村人たちからは「まだ旅立たないのか」とさんざんせっつかれているのですが、エイルはそれを固辞しつづけていました。すべては、妹と結んだ約束を守るためです。
いえ、なにより、その元気と奔放さに同年代の子どもどころか大人すらだれもついてこれず、人間の友だちと呼べるものがいないエイルにとって、いつもそばにいて、自分についていこうとがんばってくれているかわいい妹と離ればなれになるなんて、ぜったいありえないのです。
エミルも、それをうれしく思っていましたが、反面、自分との約束のせいでお姉ちゃんをしばっているんじゃないかと、もうしわけなく思ってもいました。
(お姉ちゃんなら、きっと外に出れば、すごく大活躍できるはずなのに)
妹として、だれよりもお姉さんの才能を知っているからこそ、歯がゆさを感じていたのです。
そんなことを考えながら、エミルが暗い顔を浮かべていると、
アオーーン……
岩山のふもとの森のほうから、オオカミの遠吠えのような声が響いてきました。
すると、エイルの顔がけわしくなりました。オオカミ自体はこのあたりでよく見かけるので、ふだんは気にするほどでもないのですが、声の調子がただごとじゃないと感じたようです。
「シロ! 降りるよ! エミルもおいで!」『ワン!』
そう言って、パートナーの白いオオカミ・【クラウドルフ】の背中にまたがりました。4年前は中型犬くらいの【クラウドッグ】でしたが、成長して大きくなったのです。名前はシロといいます。シロンの名前もそれにあやからせてもらっているせいか、姉妹の両親や村人たちはまぎらわしくって、呼びまちがえることもしばしばです。
「う、うん!」『ピー!』
いつになく真剣な雰囲気のお姉さんに押されて、エミルもシロにまたがります。
姉妹を乗せてすぐ、シロはダッと走り出し、岩山を駆け下りていきました。子どもとはいえ人間ふたりと、ついでにちっこいシロンを乗せているにもかかわらず、それを苦にしていないようす。さすがは元気がとりえのエイルのパートナーといったところです。
☆ ☆ ☆
「……なにこれ」「……ひどい」『ガル……』『ピー……』
遠吠えをたよりに岩山を降りて、森へやってきた姉妹とパートナーたちは、目の前にひろがる光景を見て愕然としました。
いくつもの木々がなぎ倒され、地面はえぐれ、あちこちにキズだらけの野生のワンダーたちの死体が転がっています。どこからどう見ても、自然の現象によるものとは思えません。
『クゥ……』
倒れているワンダーの一体が、弱々しい声をあげました。ツノが木の枝のような形をしているシカ、【ウッディア】です。血まみれですが、かろうじて息があるようです。
「だいじょうぶ!?」
エミルはたまらずシロの背中から飛び降りて、ウッディアのもとへ駆け寄りました。そして、なんのためらいもなく、ポケットの中のキズ薬をその体に直接ふりかけました。
『ク……』
ですが、すでに手おくれでした。受けたキズがあまりにも深かったため、キズ薬をもってしてもその命をつなぎとめることはできず、ウッディアはしずかに息絶えました。
けれど薬の効き目のためか、その死に顔はおだやかだったことが救いで、自分を助けようとしてくれたエミルに『ありがとう』と言ってくれていたようでした。
「そんな……う……」『ピー……』
エミルは両手で口をおさえ、涙があふれだしました。シロンも、とても悲しそうな顔を浮かべます。
(ごめんね……助けられなくてごめんね……!)
無力感のあまり心のなかであやまりつづける妹を、エイルはうしろからそっと抱き寄せました。その目は妹と死んだワンダーたちを想っての悲しみと、この光景を作り出したものに対する怒りに満ちていました。
エイルはしばらくして立ちあがり、ワンダーたちの死体がつづいている道の先を見すえました。地面をよく見ると、大きなケモノのものと思われる、血に染まった足跡もつづいています。
エイルは直感しました。この先に事態を引き起こした元凶がいると。
「……エミル、先に村に帰って、このことをみんなに伝えて」
そう言って、泣いているエミルに手をさしのべました。
「お姉ちゃん、は……?」
エミルは涙で目をうるませたまま、お姉さんの顔を見上げました。エイルは強い決意を秘めた顔で言いました。
「これをやったヤツを倒しに行く」
エイルにはわかっていました。この元凶をほうっておいてはほかの野生のワンダーたちどころか、すぐ近くにある自分たちの住む村が危ないと、どうにかできるのは村でいちばん強いウィザードである自分だけだということを。
そんなお姉さんの覚悟が伝わってきて、エミルはぐいっと涙をふいて言いました。
「……わたしも行く」
「ううん、ダメだよ、あぶないよ」
この惨事の元凶は、自分でもどうにかできるかわからないほどの強敵だということを、エイルは直感していました。だからこそ、そんなあぶないヤツのもとへ妹を連れていくわけにはいかないと思って、かぶりを振りました。
「それでも、行く。わたしたち姉妹はいつだって、ずっといっしょ、でしょ?」『ピー!』
エミルとシロンもまた、強い決意を秘めた顔で言いました。ただ姉妹の約束を守りたいというだけじゃありません。元凶を止めたい、村を守りたい、そして殺されたワンダーたちのかたきを討ちたいという気持ちもお姉さんといっしょ、ということなのです。
「……わかった。じゃあ、いっしょに行こう!」『ワン!』
エイルはそんな妹の強い覚悟を受け止めて、あらためて手をさしだしました。シロも賛同するように声をあげました。
「……うん!」『ピー!』
エミルはごしごしと涙をふいて、お姉さんの手を取りました。
泣いていても失われた命は返ってこない、これ以上犠牲を増やしたくない、なら自分にできることをしよう、そう思って。もちろん、シロンもおなじ気持ちです。
姉妹とシロンは、いま一度シロの背中に乗って、血に染まった足跡を追って走り出しました。