第19話 カメと仮面とカメラマン その6 エミルの奥の手
「ひきょうだぞ! エミルごと攻撃するなんて……!」『クー!』
ユーリとクリスは、キフージンに抗議するように叫びました。
「ハッ! なに言ってんだい! こいつはヌルい決闘なんかじゃない、命のやりとりなんだよ! そもそもそこのお子ちゃまだって、アタシのかわいい手下どもをコテンパンにしてくれたじゃないか!」
「うっ……」
ユーリは、キフージンの左右で、パートナーたちとなかよくのびているヤルキッキーとマケンヌーに視線をうつして、押しだまりました。たしかに人のことは言えないと、ユーリとクリスもわかっていますが、エミルとシロンがキズつけられたことでつい熱くなってしまい、言わずにはいられなかったのです。
そして、目の前で血を流して倒れているエミルとシロンを見てあらためて、たしかに自分たちは命のやりとりをしているんだということを自覚して、おそろしくなりました。その戦いに迷いなく飛びこんでいったエミルはほんとうに、なんて勇敢な子なんだろうとも思いました。
この場面に足がすくんで、体がふるえているぼくなんかでは、やっぱりエミルの友だちにふさわしくないんじゃと弱気になってしまい、完全にかたまってしまうのでした。
「まあいいさ、安心おし。アンタもそこのお子ちゃまも、み~んなまとめてあの世に送ってやるよ。あ、でもアンタたちのドラゴンは生かしとくけどね。捕まえたカメどもとまとめて献上すれば、"あのお方"もきっとおよろこびになるだろうさ。そしたらアタシのバラ色の未来は、約束されたも同然! オ~ッホッホッホ!」
キフージンの下品な高笑いに、かたまっていたユーリはぴくりと反応しました。
そうだ、ここでぼくらが負ければ、クリスも、シロンも、コイシカメのお母さんもあいつらに奪われてしまう。ぼくは誓ったんだ、クリスを守るって、あの子のお母さんを取り返すって。
そして、なにより……エミルからシロンを奪うなんて、エミルをあの世に送るなんて、そんなの……ぜったいに許せるもんか!
「わあああっ!」『クーッ!』
ユーリは目をカッと見開き、倒れているエミルたちをかばうように前に出ました。クリスもその覚悟を感じとって、ついていきます。
「ハッ! アンタみたいなひょろひょろモヤシに、なにができるってんだい! 《フェザントカッター》、大盤振る舞いだ!」『ケェェン!』
キフージンはムチを打ち鳴らし、カメンキジは無数のするどい羽を発射しました。大盤振る舞いというだけあって、その物量はこれまでよりもはるかに多いです。
ユーリはそのいきおいに圧倒されかけますが、それでもなんとか勇気をふりしぼって杖をつきだしました。そしてあらんかぎりの大声で魔法をとなえました。
「《クリスタルシェル》!」『クーッ!』
クリスもその想いにこたえるように、あらんかぎりのチカラをこめて水晶のドームを作り出しました。
無数の羽が水晶にぶつかり、金属のようなするどい音の嵐を奏でます。一発一発受けるたびに水晶には小さなヒビが生まれ、それはどんどん大きくひろがってていきます。このままでは相手の攻撃が止むまえに、バリアはやぶられてしまうでしょう。
「ぐううううっ!」『クゥーーーッ!』
それでもユーリとクリスは、チカラをこめるのをやめませんでした。
エミルは言っていました。大事なのは心、精神、気持ちなのだと。だからこそみんなを守りたいという気持ちをこめて、杖をにぎっているのです。
(負けるもんか、あきらめるもんか! いまエミルを守れるのは、ぼくだけなんだ!)
こんなに熱い気持ちになったのは、生まれてはじめてでした。
「ずいぶんねばってくれるじゃないか。見直したよ。けど、ここまでだ!」
……しかし、現実はきびしいのです。気持ちだけでは、どうにもなりませんでした。
クリスはドラゴンとはいえ、生まれたばかりの赤ちゃん同然、潜在する能力は高いですが、ウィザードとしてはシロウトもいいところなユーリともども、実力と経験が圧倒的に不足しているのです。世に悪名高いキフージンを相手にするには、まったくもって足りないのです。
無情にも水晶のカベはこなごなに砕き割れ、ユーリとクリスの体が羽の嵐にさらされ……
……ようとした次の瞬間。
バシュン! バシュン!
『ケーッ!?』
無数の羽はユーリたちに命中することなくすべて飛び散り、カメンキジは突然悲鳴をあげて、バタリと倒れました。
「な……」
このナゾの状況に、ユーリもクリスも、キフージンもあぜんとしました。この場にいるだれもが、いったいなにが起こったのか理解できていないのです。
「よ、よくわからないけど……助かった……?」『クー?』
ユーリとクリスはぽつりとつぶやいて、地面に落ちた無数の羽に目を向けました。すると、カメンキジの毒々しい色の羽とはあきらかにちがう、まっくろな羽がいくつかまじっていることに気がつきました。
「これは……カラスの、羽……?」
実際にはどうなのかわかりませんが、大きさはともかく形や色が似ているので、ユーリはそう推測しました。
「……」
ここからすこし離れた位置にある林から、この戦いのようすをうかがっている人物がいました。
その人物は、ユーリが黒い羽に気づいたのを見とどけると、どこかへと去っていきました。
その人物の存在に気づいたものは、だれもいませんでした。
「な……なにやってんだいカメンキジ! バカなコトやってないで、さっさとあのチビッコどもをやっておしまいな!」『ケ……ケーン!』
しばらく硬直していたキフージンが気をとりなおして、カメンキジをしかりました。どうやらカメンキジが突然倒れた理由は、はばたき疲れてへたったのだと勝手に結論づけたようです。
カメンキジはよろりと起き上がり、ふたたび空へと舞いあがろうとします。ユーリとクリスが歯をかみしめて身がまえると、
ボカーン!
『ケーン!?』
今度は突然、カメンキジの顔が爆発しました。
「な……なにごとだい!?」
反射的にそう言ったものの、さすがに今回は原因がわかっているので、キフージンはユーリたちをにらみつけます。そしてユーリは、自分のうしろに倒れているエミルたちのほうを見ました。
「……ありがとう、ユーリ、クリス。おかげですこし休めた」『シロンも、まだまだたたかえるよ!』
エミルは倒れたまま上半身だけを起こして、杖をつきつけていました。シロンも四本の脚で大地を踏みしめ、口からケムリを吐いています。
「きぃ~っ! ホンットにナマイキなお子ちゃ……ま……」
いきりたったキフージンは、エミルの顔を見るなり、まるでオモチャのゼンマイが切れるかのように、すこしずつしずかになりました。
ユーリはどうしたんだろうと思いますが、あらためてエミルを見てみると、彼女の紺色のベレー帽が《フェザントカッター》をくらった際に頭から落っこちており、隠されたチャームポイントのぴょこんと跳ねた浮き毛があらわになっていることに気がつきました。
キフージンはまたも硬直しました。目の前でこちらをにらみつけている小娘の顔は、髪と目の色はちがうものの、数年前、自分たちをボッコボコにぶちのめしてくれた、超がつくほどナマイキなお子ちゃま、いまは最年少マスターウィザードなんてもてはやされている目の上のタンコブ、エイル・スターリングとうりふたつではないですか。
「アンタ……まさか……エイル・スターリングの……?」
そう思うと、わなわなしつつも自然と言葉が出ていました。
エミルはゆっくりと立ち上がって、ベレー帽をかぶりなおし、杖をキフージンにつきつけて、不敵にステキな笑みを浮かべてこたえました。
「さあ、なんでしょうか?」
エミルは答えを言いませんでしたが、長年の悪党生活で目利きに自信があるキフージンにとって、その顔が雄弁にものがたっているのを感じました。自分こそが、エイル・スターリングと血を分けた妹であると。
「お・の・れェェ~~~! 積年の恨みィィ~~~!」
キフージンはムチを伸ばし、紫色の髪を逆立て怒りを爆発させました。怒髪天をつく、とはまさにこのことです。
その豹変ぶりを見てエミルは、お姉ちゃんてば、どれだけうらみ買ってるんだろうと思い、苦笑いしました。お姉さんはむかしっから、こまっている人をほうっておけない人だったので、旅先で何十何百というワルモノを退治してきたのでしょう。実際、そういう新聞記事も多く出ていますし。
そのうらみの矛先がこれからも、妹の自分に向けられるかもしれないと思うと気がめいりますが、エミルはどんなことがあっても、大好きなお姉さんをうらんだりはしないのです。
「カメンキジ! 《フェザントカッター》、出血大サービスだよ!」
キフージンは怒りにまかせて、ムチをはげしく打ち鳴らしました。大盤振る舞いで《クリスタルシェル》をやぶるほどなので、それ以上と思われる出血大サービスの威力はどれほどだろうと、ユーリは戦々恐々でした……が。
『ケーン! ケーン!』
なんとカメンキジ本人が、首を左右にブンブン振って命令を拒否しました。
「な……なにやってんだい! アタシの命令がきけないってのかい!?」
『ケーン! ケーン!』
キフージンは憤慨しますが、カメンキジは断固として命令にしたがいません。いったいなぜなのか、エミルたちもにわかに気になりはじめました。
『これ以上羽を撃ったらオイラ、ハゲになっちまいますぜ、姐さん……だって』
すると、シロンが通訳してくれました。それはたしかに納得するしかない理由です。
なんにせよ、これ以上羽が飛んでくることはないとわかったエミルは、杖を目の前にかまえました。
「一気に決めるよ、シロン!」『おっけー!』
エミルは両目を閉じて集中し、シロンの開いた口にエネルギーが集まっていきます。
「チッ! あいつら、なんかやろうとしてるよ! 羽を撃つ気がないなら、接近戦でしとめな! 《スマッシュビーク》!」『ケーン!』
そういうことならと言わんばかりに、カメンキジはクチバシにオーラをまとい、はりきって突撃しました。なかなかの飛行速度ですが、クチバシをくりだすよりひと足早く、シロンのエネルギーが充填完了してしまいました。
「これでおしまい! 《ドラゴンブラスター》!」『がおーーーっ!』
エミルは杖をおもいっきりつきだし、シロンは口から極大の光線を発射しました。《ドラゴンフレイム》や《ドラゴンブリーズ》とはちがい、《ドラゴンスクラッシュ》と同じ、純粋なドラゴンのマナ(生命エネルギー)を放出する魔法です。シンプルイズベスト、その威力は、すさまじいのひとことでした。
「い……いやあああああ!!!」『ケーーーン!!!』
光線はあっというまにカメンキジを飲みこみ、うしろにひかえていたキフージンを、手下たちを、そして乗り物の気球までもを巻きこむ大爆発を引き起こしました。
その結果、気球はあとかたもなく消し飛び、ウバオーガ団一味はそろって空のお星さまになりましたとさ。
「や……やった……! 勝った……勝ったよエミル!」『クー!』
ユーリはわなわなと震えながら、クリスといっしょに歓喜の声をあげました。命がけの戦いから生還したという事実が、彼のよろこびを大きくしているのでしょう。
しかし、殊勲賞のエミルとシロンのほうはというと、その場にふたたびへなへなばたんと倒れてしまいました。
「ふ、ふたりとも、だいじょうぶ!?」『クー! クー!』
ユーリとクリスは心配して、エミルたちの体をゆすりました。
「だ……だいじょうぶ……すこし、疲れただけ……《ブラスター》は《スクラッシュ》より多くのマナを使うから、撃ったらいつもこうなっちゃうんだよね……」『シロンも、もううごけな~い……』
エミルはあきれたような笑いを浮かべて、力の抜けた声で言いました。実際に魔法を放ったシロンの疲労はそれ以上のようです。
これがエミルの言っていた"奥の手"なのだということを、ユーリは理解しました。なるほど、これはおいそれと使えるものではありません。まさにここぞというときの最後の切りふだです。
「お~い! エミルちゃ~ん! ユーリく~ん!」『クォー!』
そこに、【コイシカメ】を抱いたライカが走ってやってきました。
「おなかはもういいんですか?」とユーリがたずねると、
「ぜんぶ出したら治りました」とライカがこたえたので、これ以上の追求はしないでおきました。
そのかわり、ウバオーガ団との戦いの一部始終を伝えました。
「なるほど、超激戦だったみたいですねー」などとライカがぶつぶつ言っているあいだに、ユーリは、かろうじてふっとばされず地面に転がっていた封印のツボをひろいあげました。あれだけの大爆発で、よく無事だったものです。
「たくさんのイワガメが封印されてるはずなのに、ツボの重さしか感じないや、ふしぎだなあ。このフタを開ければいいのかな?」
そう言って、ユーリがツボのフタに手をかけようとすると、
「あー! ストップストップ! 開けるならさっきの場所まで戻ってからにしましょー! もとのすみかで出してあげたほうが、イワガメたちのためになるでしょうから!」
と、ライカが制止してきました。たしかにイワガメは足がとても遅そうなワンダーなので、ここから自力ですみかまで帰ってもらうより、彼女の言うとおりツボに入れたまま運んだほうがいい、とユーリは納得しました。
「それと、取りあつかいにも注意してくださいねー。そのツボ、ワンダーだけでなく人間も封印できちゃいますから」
「ええっ!?」『クーッ!』
ライカにおどかされて、ユーリはあやうくツボを取り落とすところでした。クリスが支えてくれたのでひと安心です。
「さて、エミルちゃんたちもへとへとみたいですし、ここはこのコの出番ですかねー」
そう言うとライカは、ごそごそとポケットから指輪を取り出しました。コネクタリングのようですが、彼女の右手の三つの指輪とは別のもので、どうして指にはめてないんだろう、とユーリは疑問に思いました。
「さー出てらっしゃい、【ハシリクガメ】!」
そして、その指輪からワンダーが光とともに現れました。【イワガメ】と同じくらい大きいカメですが、全体的に黄緑色で、キリッとした頼もしそうな顔つきをしています。
「このコは【ハシリクガメ】! カメといってもあなどるなかれ! こんなずっしりとした見た目でも、ウサギどころかおウマさんよりもずっと速く走れるんですよー!」
ライカの言うことなのでどこまで本当かはわかりませんが、本当ならすごいことだとユーリは感心しました。でもそういうパートナーを持っているのなら、最初に言ってほしかったとも思いました。言ってくれれば、エミルにおんぶされるという、うれしはずかしい目にあわずにすんだのに。
「さーさ、みなさん乗った乗った! エミルちゃんたちは、私が乗せてあげましょうねー!」
ライカにうながされるまま、動けないエミルとシロンは運ばれるまま、一同はハシリクガメの大きなコウラの上に乗りました。オトナひとりコドモふたりの三人乗っても、だいじょうぶな広さです。
「それでは、発進んー!」『グオー!』
ハシリクガメは野太いおたけびをあげると、ダッと走り出しました。ライカの言っていたとおり、カメにあるまじき速さで平原を駆けていきます。
ですが、ユーリがなによりおどろいたのは、これだけの速度で走っているのに、ハシリクガメが大きく体を動かしているのに、自分が乗っているコウラの上はほとんど揺れを感じなかったことです。これもワンダーの不思議なチカラ、魔法によるものなんだと理解すると、ユーリはまたひとつ感心しました。
そしてわずか数分あっというまに、一同はイワガメの群れのすみかまで戻ってきました。
「これをこうして……出てこい、出てこい~!」
ライカは呪文のようにくりかえしつぶやきながら、ツボを手のひらでごしごしとこすりました。
するとツボのフタがすぽーんと抜けて、中から無数の光が飛びだし、捕らわれていたイワガメたちが解放されました。イワガメは体が大きく、たくさんいたので、それらが一瞬でなにもなかった場を満たしたことで、ユーリとクリスはびっくりしました。
『クォー! クォー!』
コイシカメは、そのなかの一体に駆け寄って、ほおずりしました。どうやらこのイワガメがお母さんのようです。
「お母さんにまた会えて、よかったね」『クー!』
ユーリはクリスといっしょに、やわらかくほほえみました。その目にはよろこびとともに、悲しさやうらやましさがまじっているようでした。
『クォー!』
そんなユーリの気持ちを感じ取ったのか、コイシカメは今度はユーリの足もとにすりよってきました。
「どうしたの? もしかして、ぼくにお礼を言ってるの?」
ユーリは、しゃがんでコイシカメと目線を合わせてたずねました。
コイシカメはユーリに『クォー! クォー!』とあまえるような声をあげつづけます。
「もしお礼を言いたいなら、ぼくじゃなくてそこのエミルに言うべきだよ。ぼくはなにもできなかったんだから」
ユーリは地面の上で寝かされているエミルに顔を向けて、すこししゅんとしたようすで言いました。
『クォー! クォー!』
コイシカメは、今度は反発するような声をあげました。『そんなことない』と言っているように聞こえますが、ワンダーの言葉がわかるシロンはぐったりしているので、本音をうかがい知ることはできません。
「まさか……ちょっと待っててくださいユーリくん。この子とは、私が話してみますから」「は……はい」
すると、なにかに気づいたライカがひょいとコイシカメを抱き上げ、ユーリたちから離れた場所まで移動し、なにやらひそひそと相談をはじめました。
しばらくしてライカが戻ってくると、光るレンズの下からでもわかる神妙な顔つきでユーリに言いました。
「このコはどうやら、ユーリくんのパートナーになりたがっているみたいです」
すこしの沈黙のあと、
「え……えええ~っ!」
ユーリの絶叫があたりに響きわたりました。