第18話 カメと仮面とカメラマン その5 ウバオーガ団との戦い
"封印のツボ"を使って【イワガメ】の群れをまるごとさらったウバオーガ団の気球は、エミルたちと出会った場所から数キロ先の、まわりを岩壁にかこまれた、人もワンダーも通らなそうな場所に着陸していました。
「それにしても、すごいもんだねぇ、このツボは」
うっとりした表情でツボをなでる、リーダーで紫色の髪のセクシー美女、キフージン。
「ホントホント。大金はたいて買ったかいがあるってもんでさー」
気だるげに小さな機械をいじる、ヒョロっと細長い手下1号の男、ヤルキッキー。
「コイツがあれば、いままでよりもっといっぱいワンダーをぶんどれるんダナ。"あのお方"にも、もっとよろこんでいただけるんダナ」
のんびり缶入りクッキーを食べる、ガタイのいい手下2号の男、マケンヌー。
三人そろって、泣く子もだます稀代の大悪党、ウバオーガ団。
そんな一味にせまる、一組の少年少女の姿がありました。
「見つけた! ウバオーガ団!」『コイシカメのおかーさんをかえせー!』
追跡すること約数十分、エミルとシロンが一味の前にあらわれました。エミルの背中には、クリスを肩に乗せたユーリがおぶさっています。非常にはずかしいかっこうですが、ユーリが途中でへばってしまったのでしかたがありません。エミルとの体力の差を、まざまざと思い知らされたかたちです。
「なっ! さっきのお子ちゃま!? どうやってここに!?」
一味はびっくり、あわてふためきました。まさか、自分たちをわざわざ追いかけてくるなんて思わなかったのです。それも、こんなに早く、しかも、おんぶの体勢で。
『くっさいオナラのニオイをおってきたんだよー! べーだ!』
シロンはうらみがましくネタばらしして、ざまあみろとばかりに舌を出しました。
「ちっ、こんなコトなら、無臭のオナラにしとくんだったぜ!」
「くさくないオナラが出せるの!?」
くやしがるヤルキッキーに、エミルの背中から降りていたユーリは、どこかマトはずれなツッコミを入れました。腸内環境がよければ出せるらしいですよ。
「んんっ!?」
すると、キフージンが目を細めて、じーっとシロンの顔を見つめました。そして、ユーリが抱いているクリスにも視線をうつします。
『な、なに?』『クー?』
「白い、ドラゴンが二体……く……ククク……アーッハッハッハッハッハ!」
そして、そっくりかえって高笑いをはじめました。
「オマエたち! きょうは最高のラッキーデーだよ! カモがネギどころか、ナベもしょってやってきやがった!」
ヤルキッキーもマケンヌーも目の色を変えました。どうやら一味の次のターゲットは、世にもめずらしい白いドラゴンである、シロンとクリスに決まりのようです。
ユーリはびくっとして、クリスを守ろうと身をよじりますが、
「それはどうかなあ? "取らぬタヌキの皮算用"、かもよ?」『カモーン!』
強気に杖をかまえるエミルと鼻息を鳴らすシロンを見て、そうだ、ぼくは戦いにきたんだ、ということを思い出しました。
「……いくよ、クリス。ぼくらもできるだけのことをしよう」『クー!』
ユーリも真剣な顔で杖をかまえ、クリスは腕から飛びおりてウバオーガ団をにらみます。
「フン、ナマイキな。アタシたちとやろうってのかい……」
「《ドラゴンフレイム》!」『がおーっ!』
キフージンがタンカを切るまもなく、シロンは火炎を放ち、一味はまるごと炎につつまれました。
この容赦のない先制攻撃に、味方のユーリたちも思わず「ええっ!?」とびっくりです。
戦わずして完全勝利かと思われましたが、次の瞬間、炎が一気にブワッと吹き飛ばされて、一味の健在な姿があらわとなりました。
「ったく、ホンットに礼儀を知らないお子ちゃまだねぇ!」『ケーン!』
そう吐き捨てるキフージンの前には、パートナーの【カメンキジ】がはばたいていました。気球を攻撃した《ファイアボール》をはたき消したときのように、《ドラゴンフレイム》をその翼のはばたきによる風圧でかき消したのです。
ユーリとクリスは、攻撃が通じなかったことにたじろぎますが、エミルとシロンは、さすがにこれで決着するとは思っていなかったので、冷静さをたもっていました。
「そんな悪い子はおしおきだよ! オマエたち、やーっておしまいな!」
「アイアーイ!」
ヤルキッキーはわれ先にと歩み出ました。彼はまたもパートナーの【カメンザル】を呼び出して、
「《オナラスモーク》!」『ウッキー!』
そのまっかなおしりからオナラを発射しました。今度はエミルたちがまるごと黄色いケムリにつつまれました。
『もー! シロンこれきらーい!』
シロンは両手で鼻をふさいで両目をつぶりました。反撃しようにもオナラはガスなので、火を吹けば引火して、エミルたちは大爆発にまきこまれてしまいます。まさにそれこそが、ヤルキッキーの狙いで、
「お次はコイツだ! 《オナラボンバー》!」『ウッキー!』
ヤルキッキーが乗馬用ムチを振るうと、カメンザルはどこからともなく火打ち石を取り出しました。なにをやろうとしているのか、まさに火を見るよりあきらかです。
「シロン! 《ドラゴンブリーズ》!」『う、うん! ぷうーっ!』
エミルはニオイに苦しんでいるシロンに呼びかけて杖を振り、シロンは大きく息を吐きだしました。
《ドラゴンフレイム》とはちがって、ただの息ではありますが、威力といきおいは同等の空気の息吹です。それは黄色いケムリを一気に吹き飛ばし、ニオイもろとも消し去りました。さっきはふいうちで面喰いましたが、やることがわかっていれば、エミルはどうとでも対策できるのです。
「んなにぃ!?」『ウッキー!?』
ヤルキッキーたちはびっくり仰天。カメンザルは思わず、持っていた火打ち石をポロリと取り落としました。
「《ファイアボール》!」
ケムリが晴れるやいなや、シロンは火の玉を発射しました。オナラのうらみがこもっているのか、その威力はいつもより強めで、カメンザルに命中するとオナラの残り香が爆発、ウィザードのヤルキッキーもろともふっとばして、ノックアウトしました。
「まず一人!」
エミルはカウントを決めるも、気を抜くことなく杖をかまえます。
「キィーッ! なにやってんだい! このスットコドッコイ!」
キフージンはいらだって手下をののしりますが、そのあいだにシロンの口から何発もの火の玉が発射されます。それをだれに命じられるでもなく、カメンキジは冷静にすべてはたき消しました。
「あのトリ、やっかい!」
エミルは歯をかみました。さすがにリーダーのパートナーだけあって、手下のそれより数段手ごわいようです。
「二人がかりでやるよ! マケンヌー!」「がってんダナ!」
マケンヌーも、ぶっとい指にはまった指輪からパートナーを呼び出しました。大きくてマッチョな二足歩行のイヌ獣人、【カメンイヌ】。一味のほかの二体とおなじく、顔の上半分を隠したツノつき仮面を装着し、毒々しい体色をしています。このオニをイメージした仮面こそが、ウバオーガ団のトレードマークなのです。
「《フェザントカッター》!」「《ロックブレイク》!」
キフージンは女王様を思わせる、ロープのように長いムチを、マケンヌーはヤルキッキーと同じ乗馬用ムチを振りおろしました。
カメンキジははばたきとともに、ナイフのようにするどい無数の羽を発射し、カメンイヌは剛腕を振り下ろして地面を強打すると、割れた地盤が岩石のつぶてとなって、エミルたちにむかって飛んでいきます。とにかく物量が多く、よけることはできそうにありません。
「ユーリ! いまだよ!」
「う、うん! 《クリスタルシェル》!」『クー!』
エミルの合図でユーリは杖を前につきだし、クリスは水晶のドームを展開しました。これは戦いに挑むまえに、事前に打ち合わせしていた作戦でした。「わたしが合図したら、防御の魔法をおねがい」という感じで。戦いに慣れていないユーリでも、安心です。
無数のするどい羽と岩石のつぶては、エミルたちにとどくことなく、ガキンガキンと水晶のドームにはばまれました。衝撃で水晶はヒビだらけになったものの、なんとか攻撃を防ぎきることができました。
「やった……クリス!」『クー!』
役目を果たせたという達成感で、ユーリとクリスは歓喜の声をもらしました。
「ムキィー! なにやってんだい、アンタたち!」『ケーン……』『バウ……』
いっぽうで、キフージンはいきりたって地団駄を踏み、パートナーたちをしかりました。二組の明暗がはっきり分かれた感じです。
「《ドラゴンスクラッシュ》!」『いっくよー!』
そのスキをのがさず、シロンは翼をひろげて滑空し、二体のなかでのろまそうなカメンイヌのふところに飛びこんで、伸ばした光のツメを振り下ろしました。左右のツメの二連撃が、ウィザードのマケンヌーもろともその巨体をふっとばし、これもまたノックアウトさせました。
「あと一人!」「調子に乗るんじゃないよ!」
勝利は目の前とこぶしをにぎるエミルに、仮面の下からでもわかる怒りの形相のキフージンが吠えました。
大技のあとでひと息ついていたシロンに、仮面の下からでもわかる冷酷な形相のカメンキジが襲いかかります。
「《スマッシュビーク》!」『ケェェェン!』
キフージンがムチを打ち鳴らすとともに、カメンキジはカン高い声をあげ、毒々しい色のオーラをまとったクチバシをシロンにたたきつけました!
『ピィーッ!』
シロンは大きな悲鳴をあげて、大きくふっとばされました。そのダメージは深刻で、起き上がることもむずかしいようです。
「シロン!」
エミルは思わず倒れたシロンのもとにかけよると、
「《フェザントカッター》!」『ケーン!』
キフージンはそこに容赦なく追い打ちをかけます。カメンキジから放たれた無数のするどい羽がエミルとシロンの体を切り裂きました。
「きゃあああっ!」『ピーッ!』
「エミルっ! シロンっ!」『クーッ!』
攻撃が直撃したエミルたちの体は宙を舞い、地面にたたきつけられました。