第17話 カメと仮面とカメラマン その4 仮面の盗賊
「ホォ~ッホッホッホ! 大漁大漁ー!」
直後、そんな下品な高笑いも聞こえてきました。
一同が声のしたほうへ目を向けると、近くでのんびりしていたはずの【イワガメ】の群れがきれいさっぱりいなくなっていました。
「これは……どういうこと!?」
エミルたちは目を丸くしました。さっきの悲鳴に似た野太い声のぬしはイワガメのものです。その瞬間まで、たしかに彼らはこの場にいたはずです。それがあとかたもなくなっているなんて、ぜったいにおかしいです。あんなに大きくて、たくさんいたのに。
『エミル! 上みて!』
なにかに気づいたシロンにうながされるままに、エミルは空を見上げました。
すると、そこには毒々しい色の気球がフワフワと浮かんでおり、バスケットの中には一様に顔の上半分を仮面で隠した、女性一人・男性二人の三人組が乗っていました。
エミルは、あの三人組こそがこの異変を引き起こした張本人だと直感しました。だって、見た目からしてなんだかワルそうなんですもの。
「あなたたち、いったいだれ!?」
気づくやいなや、エミルはけわしい顔で三人組に向かって叫んでいました。
「ん~? 誰だとはごあいさつだねぇ。ヒトに名前をたずねるときは、まず自分から名乗れってママに教わらなかったのかい?」
気球に乗っている女性もエミルに気づいて、バスケットから身を乗りだして聞き返しました。どうやら、この女性が三人組のリーダーのようです。だって、見た目からしてなんだかエラそうなんですもの。
「あー! あいつらは、泣く子もだますといわれる悪党、"ウバオーガ団"!」
ライカは気球を指さして叫びました。
「ウ、ウバオーガ団?」『クー?』
エミルたちはなんだそりゃあ、というおどろいたようすでたずねました。なんだかマヌケなネーミングだなあ、と思ったのはナイショです。
『ヘンななまえー!』
けれどもシロンはおかまいなしでした。
「密猟、強奪、なんでもありの、ワンダー専門のドロボーです! 王国全土で指名手配されている、悪名高い連中ですよ~!」
ライカはさした指をぶんぶん振って、まくしたてるように解説しました。
「へえ、こんなへんぴなところにまで知れわたってるなんて、アタシたちも有名になったモンだねェ」
「まったくでごぜーます、キフージン様」
リーダーの女性に対し、男性二人の細長いほうがゴマをするように言いました。
「あんなヤツらほっといて、早くこいつらを持って帰るんダナ」
もうひとりの男性、ガタイのいいほうが、これまた毒々しい色の大きなツボをかかえながら言いました。
「あーっ! あれは、封印のツボ!」
ライカはまたも指さして叫びました。
「封印のツボって?」『クー?』
「魔法生物がむかし、”魔物”と呼ばれていたころに使われてたアイテムで、その名のとおり、中に魔物を封印するために使われたツボです!」
「封印……まさか、イワガメたちはあのツボに!?」
ユーリはハッと気づいて言いました。
「きっとそうだよ! あのツボの中から、助けて、ってたくさんの声が聞こえるもん!」『エミルがいうなら、まちがいない!』
エミルは両手で両耳をすませながら言いました。今回も例の"声"が聞こえたのです。
「補足すると、あのツボにワンダーを封じるためにはある程度弱らせていないといけません。イワガメは近ごろ冬眠から目覚めたばかりで、まだ動きがにぶっていた状態でした。そこを狙われたのでしょう。なんとまあ、ずるがしこいこと」
ライカはスキあらばとばかりに解説しました。
などとやっているうちに、気球は後退してこの場から去ろうとしていました。
「逃がさない!《ファイアボール》!」
エミルは杖を振り、シロンは逃げていく気球に向かって火の玉を発射しました。
「ホンットに、礼儀を知らないお子ちゃまだね! 出ておいで!」
シロンの攻撃に気づいたリーダーの女性・キフージンは、対抗するため右手の指輪からパートナーを呼び出しました。
一味と同じ、顔の上半分をツノつき仮面で隠した、やっぱり毒々しい色の大きな鳥、【カメンキジ】です。
『ケェェェン!』
カメンキジはカン高い声とともに翼を振って、火の玉をバシッとはたき消してしまいました。
エミルとシロンはおどろき、一瞬ひるんでしまいました。
「子守りなんてしてらんないよ! ヤルキッキー、やっておしまいな!」
「アーイアイ! 出てこい、カメンザル!」
そのスキをのがすまいと、男性の細長いほう……ヤルキッキーもパートナーを呼び出しました。
カメンキジと、仮面と毒々しい色合いが共通しているサル、【カメンザル】です。
「《オナラスモーク》だッ!」『ウッキー!』
ヤルキッキーは乗馬用のムチを取り出し振ると、カメンザルは上空からエミルたちにむかってプゥ~ッとオナラを放ちました。黄色いケムリが、地上に充満していきます。
「けほっ、けほっ、く、くさい……!」『ハナが、ハナがまがっちゃうよおぉ~!』『クゥ~!』
エミルたちは、オナラのケムリとニオイにもだえ苦しみました。嗅覚にすぐれたドラゴン組はとくにダメージが大きいようです。
一同がオナラから解放され、視界が晴れたときには、ウバオーガ団の気球は姿を消していました。まんまと逃げられてしまったようです。
「う~……やられた!」
エミルはくやしげに空を見上げて言いました。
『はやく、おいかけようよ! あのカメさんたち、たすけなくちゃ!』
「そうだね、いこう!」
シロンにうながされて、エミルが駆けだそうとすると、
「ちょーっと待ってください!」
ライカが呼び止めました。
「なに? いまいそがしいんだけど!」
「追いかけるといっても、彼らの行き先はわかるんですか? わかったところで、勝ち目はあるんですか?」
「わかるし、あるよ!」
「そうでしょう。だからここは慎重に……って、あるんですかあ!?」
ライカはまるでノリツッコミのように、スットンキョーな声をあげました。
『だってあのオナラ、すっっっごくくさかったんだもん! イヤだけど、ニオイでおえるよ!』
と、シロンは鼻をつまみながら豪語しました。ちなみにエミルの聞いた声は、近くでもよく耳をすまさないと聞こえないレベルだったので、今回は道しるべにはなりそうもありません。
「それに、あいつらのチカラはさっき一撃ぶつけたので、だいたいわかった。わたしとシロンなら、じゅうぶん勝てる相手だよ!」
と、エミルはすこしせきこみながら豪語しました。
「で、でもエミル、ほんとうに勝てるの? 《ファイアボール》はあの鳥にかんたんにやぶられたし、相手は三人もいるんだよ?」『クー……』
ユーリはおずおずとたずねました。エミルたちのチカラをうたがっているわけではありませんが、心配な気持ちのほうがまさるのです。
エミルはユーリを安心させるように、ふっとほほえんで言いました。
「だいじょうぶ。"能ある竜はツメを隠す"だよ。奥の手なら、まだまだあるんだから」『むふー!』
となりでシロンが、とくいげに鼻息をふきました。
「それにわたし、ああいうワンダーに悪いことしたり、させたりするやつら、ゆるせない!」
エミルは、怒っていました。けれど、エースにサンドイッチを台無しにされたときのような、冷たい怒りではなく、燃えるような熱い怒りです。
ユーリはエミルの説得を聞いても、不安をぬぐいさることができずにいました。やっぱりエミルひとりに戦わせるのは、危険じゃないのかと思いました。
なのにユーリは、ぼくもいっしょに行く、という勇気が持てませんでした。
強くなる、と決めたのはいいですが、自分はまだまだ戦うことをためらう、シロウト以下のウィザードです。そんな心がまえでは、エミルの足を引っぱるだけだと思うと、口に出すことができないのです。
そう考えをめぐらせるユーリがうつむいて、足もとを見てみると、
『クオ……』
小さなカメのワンダーが、悲しそうに鳴いているのが目に入りました。
見た目はさらわれたイワガメとおなじなのですが、大きさはオトナの人間くらいだったイワガメとちがって、クリスやシロンよりちょっと大きいくらいの、小ぶりサイズです。
「このコは【コイシカメ】ですねー。イワガメの幼体です。きっと、仲間たちが封印のツボに捕らわれる際に、あぶれちゃったんですねー」
ライカはコイシカメに目線を合わせるように、身をかがめて解説してくれました。
「そうなんですか。この子、なんだか泣いてるみたい……」『クー……』
ユーリは、そんなコイシカメをかわいそうに思って、その体を抱き上げました。小さくてもコウラは岩石でできているので、ずっしりとした重みが感じられました。
『アイツらにつかまったイワガメのなかに、このコのおかあさんがいたみたい。だから、ないてるんだよ』
シロンも悲しそうな顔で、コイシカメの気持ちを代弁してくれました。
ユーリは、胸の奥から熱くこみあげるものを感じました。両親のいないユーリにとっては、お母さんを奪われたコイシカメの気持ちが痛いほどよくわかるのです。この子のためになにかしてあげたい、そんな気持ちがわきあがってきたのです。
すると、ユーリは覚悟を決めた顔で、コイシカメを抱いたまま立ち上がって言いました。
「……エミル、シロン。ぼくたちもいっしょに行くよ。チカラになれるかはわからないけど、ぼくも……この子のお母さんを助けるために、戦いたいんだ。いいよね、クリス?」『クー!』
通訳をはさむ必要もなく、一同はクリスが賛成してくれたことを理解しました。
「わかった。いっしょにいこう、ユーリ!」『がんばろうね、クリス!』
エミルとシロンも、こころよく賛成してくれました。
(ああ、なんてまぶしいんだろう)
そんな子どもたちの勇ましい姿を見て、ライカは感慨にふけっていました。そして、彼女も覚悟を決めたように、前に歩み出て言いました。
「……わっかりました! そういうことならば、私もひと肌脱ぎましょう! いざゆかん! ウバオーガ団退治へ……」
ぐぎゅるるるるる……
次の瞬間、なにか地獄のうめき声のような音が響いて、気合の入ったポーズのライカはまっさおな顔で、おなかをおさえてうずくまりました。
「お……おなかいたい……」
「えーーーっ!?」
エミルたちは、びっくり仰天して、大きな声をあげました。
「こ、この流れで、そういうことになっちゃう!?」
エミルはライカの体をゆすって、あわててつっこみを入れました。
「さ……さっきひろい食いしたキノコにあたったみたいれす……」
「あーもう! バカバカ! ほんっとなんでそういうことするかなあ!」
そうののしるエミルの頭のなかには、ひろい食い常習犯のエイルお姉ちゃんの顔が浮かんでいました。お姉さんも冒険中によく毒キノコを口にして、たびたびエミルをこまらせていたのです。
「も……もうしわけありませんが」
「言われなくても、わたしたちだけで行くよ! シロン! ユーリ! クリス!」『おっけー!』「う、うん」『クー!』
エミルはぷんすか怒りながら、みんなを率いて、ウバオーガ団を追って走っていきました。その前にユーリは、
「だいじょうぶ、きみのお母さんは、ぼくらがきっと助けるからね」
とはげまして、コイシカメをやさしく地面に置いていきました。いっしょに連れて行くより、ここにいたほうが安全だと思ったからです。いちおう、ライカもいてくれますし。いちばんの理由は、自分の腕力では重たくて運ぶのはむずかしいからですけれど。
あとには、死体のようにくずれ落ちたライカの体と、それをあわれむような目で見つめるコイシカメだけが残されました。