第16話 カメと仮面とカメラマン その3 意外な決着
「《ドラゴンフレイム》!」『がおーっ!』
エミルは「これならさすがに効くでしょ!」とばかりに杖を大きく振り、シロンは火炎を吐きました。
しかし、全身すさまじい炎につつまれても、【クリスタートル】はまったくの無キズでした。
ユーリは「そんな……」と声をもらしました。シロンとなかよしのクリスも『クー……』とおなじ気持ちです。
自分たちを【ブラッドルフ】ひきいる群れから守ってくれて、【メライオン】や【ヤワラカメ】を黒コゲにした信頼感の強い魔法、《ドラゴンフレイム》がまったく通用しなかったので、絶望感もひとしおなのです。
「そうか……"現象魔法"が効かないやつだ!」
エミルは気がつきました。【クリスタートル】のことは知ってはいたものの、その特性までは知りませんでしたが、火や水や電気といった、物理的な実体を持たない、現象による魔法が効きづらいワンダーがいるということは、本で読んで知っていたからです。水晶には古くから魔よけのチカラがあるといわれているので、きっとそのたぐいなのでしょう。
「ピンポンピンポン! またまた大当たり~!」
ライカはまたも大笑いしてエミルを称賛しますが、もう完全におちょくっているようにしか見えません。
「当たりついでにもうひと当たり、ダブルアップチャンスです! 《ダイヤミサイル》!」
ライカがニヤリとカメラをかまえると、クリスタートルのまわりに、何本ものとがった水色の結晶が形成され、まさにミサイルのように、シロンに向かってバシュバシュっと発射されました。
見ていたユーリは、あのカメラがライカさんにとっての杖(気分とパートナーとのつながりを高めるアイテム)なんだな、と理解しました。
「シロン!」『うん!』
杖を高く上げたエミルのかけ声に合わせ、シロンは翼を大きくひろげて、ミサイルをよけようと空へ飛びあがりました。
しかし、ミサイルはまるで生きているみたいに、飛行するシロンをぐーんと曲がって追いかけてきました。シロンが上下左右どこに逃げても追いかけてくるので、『もー! しつこーい!』という悲鳴があがります。さらに、そのうち何発かが。まるでシロンの動きを先読みしていたかのように、目の前からせまってきました。
『ピーッ!』
ついにシロンはミサイルから逃げ切ることができず、ドンドンドンと全身に全弾が命中し、撃ち落とされてしまいました。
「シロン!」
エミルは思わず声をあげました。
「まさか、さっきのヤワラカメとの戦いで、シロンの動きが読まれてた?」
ユーリは気がつきました。エミルももちろん気がついています。
そうです。ライカは必勝を期すために、さっきの一本目では【ヤワラカメ】に、エミルとシロンの戦い方のデータを集めることに終始させていたのです。その結果、シロンの飛行のコースと火炎による攻撃が主体だということを見切って、それらに対応できる【クリスタートル】を二番手に選んだわけです。
パートナーが複数いるとそういうこともできるのか、とユーリはつい感心してしまいました。
『ピ~……!』
撃ち落とされたシロンは、四本の脚でよろりと起きあがりました。ダメージは大きいですが、その目から闘志は消えていません。
「さっすがドラゴン、頑丈ですねー。ですがごぞんじですかエミルちゃん? 白いドラゴンは現象魔法にはトクベツ強いですが、ほかの色のドラゴンとくらべて、物理魔法には弱いんですよー?」
「知ってるよ! 自分のパートナーのことだもん!」
エミルはムキになって反論しました。ユーリはうしろで「そうだったのか……」とクリスの顔を見ながらつぶやきました。
一般的にドラゴンの色は黒に近いほど物理攻撃に、白に近いほど現象攻撃に強いといわれています。もしシロンとクリスが黒いドラゴンだったなら、【ブラッドッグ】や【プルリン】の攻撃ではダメージを負うことはなかったくらいに差があるのです。ちなみに、《ダイヤミサイル》は物理魔法に分類されます。
「でもそれは……そっちもおなじことだよね!」『ピー!』
そしてエミルが不敵に笑って杖を振ると同時に、シロンはもういちど翼をひろげて、クリスタートルに向かって飛んでいきました。
エミルの気づいたとおり、クリスタートルのコウラから生えた水晶は、現象魔法に対して無敵にひとしい反面、物理的な衝撃にはとても弱いのです。そういった長所短所を持つワンダーは多いということを、エミルはちゃんと知っていたのです。
「わかったところで、シロンちゃんに物理の魔法はあるんですかねー!?」
ライカはバレても問題ないとばかりに、エミルの推察を肯定したうえで挑発しました。
その問いに、エミルはまた不敵でステキな笑みを浮かべ、杖を目の前にかまえて言いました。
「わたしからも、ひとついいこと教えてあげる! "能ある竜は、ツメを隠す"ってね!」『ピー!』
すると、シロンは飛行しながら両腕をひろげて、両手からブォンと長く伸びる光のツメを発生させました。
「あや!?」「ええっ!?」『クー!?』
シロンの意外な新魔法に、ライカもユーリもクリスもびっくりです。正面から見ていたクリスタートルもひるんでしまいました。
そして、そのわずかなスキをついて、シロンは両手の光のツメを力いっぱい振り下ろします。
「《ドラゴンスクラッシュ》!」『やあーっ!』
光のツメの、左のひと振りがコウラに生えた水晶を打ち砕き、右のひと振りがクリスタートルの体を大きくふっとばしました。クリスタートルはそのまま倒れて、気を失ってしまいました。
「よし! やったね、シロン!」『ピー!』
エミルとシロンは歓喜しますが、その顔には汗がにじんでおり、呼吸もすこし早くなっていました。《ドラゴンスクラッシュ》は、それだけふたりのマナを消耗する大技のようです。シロンもドラゴン語にもどってますし。
「あやや……おつかれさまです。まさか、ここまでやるとは、正直おどろきですね~……」
ライカは倒れたクリスタートルを指輪に収納して、エミルたちに聞こえないくらいの声でつぶやきました。
「さあ! 最後の一体はだれ!?」『かかってきなさい!』
連戦ですっかりテンションが上がったためか、エミルとシロンは興奮ぎみに身がまえました。
ですが、次の瞬間、ライカはその熱気に水をぶっかけるかのように、
「いやー、まいりました! 降参です、こうさん! この決闘、私の負けですー!」
両手を上げて大きな声で試合放棄しました。
「え?」『ピ?』『ク?』
エミルたち一同は、あっけにとられました。たしかに決闘は、どちらかが負けを認めればそれで終わりになりますが、本当に降参するとは思わなかったのです。
「ほ、ほんとにいいんですか?」
エミルは思わず聞き返しました。だって自分たちはわりと疲労困憊なのに、つづければまだライカのほうが圧倒的に有利なのに、と思ったからです。
「ええ、正直、エミルちゃんには勝てる気しません。じゅうぶんおたがいのことは知れたと思いますし、このへんでやめにしましょう」
なのにライカは、もう完全にやる気のない感じで言うものなので、エミルは釈然としませんでしたが、降参を受け入れることにしました。こんなに気持ちのよくない勝利もあるんだな、とまたひとつ学びました。
「ありがとう、ライカさん。おかげでいい勉強になりました。それと、あなたはあやしいけど、悪いひとじゃないってこともわかりました」
エミルには、ライカがまるで先生が生徒に教えるように、この決闘を通じて自分のことを試し、鍛えようとしているように感じられました。それに心からワンダーを愛しているようにも見えたので、悪人ではないと判断したのです。
「そんな、ひどいですねー。私はただのカメラマンですよー、ちっともあやしい者じゃないですよー」
「そういう態度がうさんくさく感じるんですよ」『そーだそーだ!』
エミルとシロンは半目であきれたような視線をぶつけ、バッサリと切り捨てました。うしろで見ていたユーリとクリスも、しずかにうなずきました。
「私もエミルちゃんのことよーくわかりましたよー。白いドラゴンに選ばれただけあって、ウィザードとして非凡な才能をお持ちのようですねー、エイル・スターリングの妹さん?」
あやしいと言われたしかえしとばかりに、ライカはメガネを光らせてエミルにつめよりました。シラを切ることもできたはずですが、エミルたちのぎくっとした顔が雄弁に事実を語ってしまっていました。
「あー、いやー、そのー……」
エミルは目を泳がせて、しどろもどろになっています。まさかのふいうち。たしかに姉妹はうりふたつと言っていいほど顔はそっくりですが、その少ない情報だけで妹と見抜くなんて、このカメラマン、やっぱりただものではなさそうです。
「隠さなくてもだいじょうぶですよー、だれにも言いふらしたりなんてしませんから。よく似たかわいらしいお顔だと思ってましたが、やっぱりどこか戦いぶりも似るものなんですねー」
ライカが腕を組んでしみじみしていると、ユーリが口を開きました。
「あのー、その口ぶりだと、実際にエイル……さんと戦ったことがあるみたいに聞こえるんですけど……」
「それはヒミツです」
瞬時に真顔になってきっぱり言うライカに、エミルたちは露骨に不満げな顔を浮かべしました。
「えー、聞かせてよ。決闘に勝ったの、わたしだよ?」
勝負の結果には消化不良ぎみですが、ここぞとばかりにエミルはライカにつめよりました。
「い、いやー、かんべんしてくださいよー……」
こんどはライカがしどろもどろになっていると、
『グアーッ!』
突然、大きく野太い声があたりに響きわたりました。
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