第10話 ワンダーとウィザード(前編) ぼくのはじめての戦い
「ほら、ちゃんと魔法となえて!」
「ワ、ワンダーの相手はおまかせあれって、エミル言ってたじゃない!」
「それはそうだけど、旅する以上は、最低限自分の身を守るすべくらいおぼえなきゃ!」『そうそう!』
エミルは笑顔で、および腰のユーリの背中をぐいっと押しました。エミルの肩の上のシロンも元気な声援をおくってくれています。
そんな一行の目の前では、ユーリのパートナーの白いドラゴンの子・【クリスタルドラコ】のクリスと、弾力のある水色のスライム・【プルリン】がにらみあっていました。
さかのぼることすこし前、ユーリ手作りのおいしい朝ごはんを食べたあと、旅を再開してサンタート平原を進んでいたエミルたちは、野生のプルリンと出くわし、戦いを挑まれたのです。
プルリンは、すべてのワンダーのなかでも、最も戦うチカラが弱いとの呼び声が高く、ちょうどいいと思ったエミルは、ウィザードとしてはシロウトのユーリに経験をつませてあげようと、戦いを彼らにまかせることにしたのです。そのために、持っていた予備の杖も貸してあげました。エミルが使っているものより質は落ちますが、それなりにいい杖です。
『プルーッ!』
ユーリがまごまごしているうちに、プルリンが名前のとおり体をプルプルとふるわせて、クリスにぽよよーんと体当たりをかましてきました。
『クーッ!?』
まだ生まれたばかりだというクリスは、どうすればいいのかわからず、無防備のままドンと体当たりを受けてしまいました。その体は宙を舞って、ユーリの足もとまでぽてっと落ちてきました。
「クリス! だいじょうぶ?」
ユーリはクリスを助け起こそうとしますが、クリスは力強く『クー!』と鳴いて、自力でぴょこっと立ちあがりました。けなげにも、パートナーを心配させまいとしているのでしょう。
「だいじょうぶだよ、ドラゴンの体はじょうぶなの。ちょっとやそっとじゃ、びくともしないから」
エミルは不安げなユーリを安心させようと解説しました。
エミルの言うとおり、ドラゴンのウロコや皮膚はとても頑丈で、それは子どものものでも、そこらのワンダーの攻撃でカンタンにキズついたりはしないのです。
『でもでも! うけてばっかりじゃダメ! こっちからもせめなくちゃ!』
シロンの言うとおり、いくらドラゴンの体が頑丈でも、けっして無敵というわけではありません。8年前ブラッドッグにボロボロにされた経験があるだけに、説得力があります。
「せ、攻めるっていったって、どうやって……」
ユーリはおずおずとエミルの顔を見てたずねました。
「杖を振って、魔法をとなえればいいんだってば」
「魔法なんて、わからないよ~!」
ユーリがおどおどしていると、杖を持つ右手をエミルが両手でぎゅっとにぎってきたので、ドキッとしました。ユーリの右手にほんのりと、おひさまのようなあたたかなぬくもりが伝わっていきます。
「まずは落ちついて、心のなかでクリスのことを想ってみて」
エミルのやさしい顔と声のおかげで、ユーリはおちつきをとりもどしました。
「こころの、なか……?」
「ウィザードはね、パートナーと心をあわせて、いっしょに戦うものなの」
「いっしょに?」
「うん。ウィザードとパートナーは、見えない糸、絆の糸でつながってるの。だから、ウィザードの心と体の状態がパートナーにも影響しちゃう。いまのユーリみたいに弱気だったら、クリスもうまくチカラが出せない。けど、ふたつの気持ちがひとつになれば、すごいチカラが出せるんだ。まずはパートナーを想うことが、パートナーの助けになりたいって願うのがだいじなんだよ」
エミルの熱心なアドバイスを受けたユーリは、言われたとおり、目を閉じて心のなかでクリスのことを想ってみました。
クリスを助けたい、チカラになりたい、いっしょに戦いたい。
そう願うとユーリは、胸からあたたかいものが全身にひろがっていくのを感じました。それと、自分とクリスがつながったような、ふしぎな感覚も。
(クー!)
(うん、わかる、わかるよ……クリスのチカラが……クリスのできることが伝わってくる!)
そうしているうちに、プルリンがもう一度、クリスに体当たりをしかけようと体をふるわせてきます。
「来るよ!」『やっちゃえー!』
エミルとシロンが声援をおくり、ユーリは今度はやらせないと目を見開いて、杖を前に向けて叫びました。
「《クリスタルシェル》!」『クー!』
するとクリスは鳴き声とともに、自分のまわりに、半透明の水晶でできたドーム状の防壁を展開させました。
跳びかかってきたプルリンの体はバリアにばいんとはね返されて、そのままぼよん、と地面に倒れました。
「いまだよ! 攻撃の魔法!」
「え、《エナジーショット》!」『クー!』
エミルにうながされユーリが叫ぶと、クリスは口をぱかっと開けて、そこから白く光るエネルギーのかたまりを放ちました。
『プルーッ!?』
放たれたエネルギーは、プルリンに命中するとバーンとはじけて、その体をうしろへふっとばしました。プルリンはべしゃっと地面に落ちると、そのまま目をグルグルまわして、気を失いました。
「か……勝ったの……?」
ユーリは杖を前に向けたまま、信じられない、といった顔と声でつぶやきました。
「そうだよ、ユーリと、クリスの勝ち!」
エミルはそんなユーリの顔をのぞきこんで、にっこりと笑いました。
『クー!』
クリスは『やったね!』という感じの声をあげて、放心ぎみのユーリの胸にぴょーんと飛びこんできました。
ユーリはクリスをやさしく受けとめると、ようやく勝利を実感できたのか、笑顔になりました。
「……うん、そうだね、やったねクリス、ぼくたちの勝ちだ!」『クー!』
「ふたりとも、初勝利おめでとう!」『おめでとー!』
エミルたちも、ユーリたちの勝利を祝福しました。シロンとクリスはおたがいにほっぺをすりあわせました。
「ありがとうエミル。おかげでウィザードっていうのがどういうものか、すこしわかった気がするよ。さすがはエイル・スターリングの妹さんだね」
「えへへ……わたしも正直、人に教えられるほどの立場じゃないんだけど、お役に立てたならよかった」
ユーリにお礼を言われて、エミルは指でほっぺをかきながら照れ笑いしました。さすがエイルの妹、なんていうのは、お姉ちゃんを尊敬するエミルにとっては最高のほめ言葉なのです。
「この杖も、すごいね。クリスとつながった気になるし、ぼくが思ったところに魔法が出る感じだ」
ユーリはうれしそうに杖を見つめました。
「杖はパートナーとの心のつながりを高めるためのアイテムなんだ。魔法の効き目もよくなるんだよ」
エミルも自分の杖を取り出して、ふふーんととくいげに説明しました。
「そうなんだ……」
ユーリが感心していると、エミルはまたにっこり笑顔で、両手をひろげて言いました。
「だから、その杖はユーリにあげる。わたしからのプレゼント!」
「え、いいの? こんなだいじなもの……」
「いいのいいの。それ、予備の杖だから。ちょっともうしわけないけどね」
エミルはてれくさそうに笑いました。
「……わかった。受け取らせてもらうよ。ありがとう、エミル」
ユーリもやわらかくほほえんでお礼を言いました。そして、杖を強くにぎりしめました。はじめての友だちからの、エミルからのプレゼント、ずっと大事にしようと強く思いました。
「どういたしまして!」
『ましてー!』『クー!』
ふたりと二体がなごやかな雰囲気になっていると、
『プ……プル……』
クリスに負けて、気を失っていたプルリンが意識をとりもどして、べしゃっとつぶれたままの体で起きあがろうとしていました。
まっさきに気づいたエミルはとっさに警戒しますが、プルリンの体は弾力を失いふにゃふにゃになっていて、うまく動くことができないようでした。
「……!」『ク!』
プルリンの弱々しい姿を見かねたのか、ユーリは倒れているプルリンのもとへ駆けよりました。クリスもそのあとをとてとてとついていきます。
「あ、ユーリ!」
エミルは、ユーリを呼び止めようとしました。いくら相手が弱っているからといって、油断してはいけません。手負いのワンダーほど、おそろしいのです。痛いしっぺ返しをくらうかもしれないのです。エミルは幼いころから、たくさんの野生のワンダーを見てきているので、その危険性も知っているのです。
「だいじょうぶ? ごめん、ちょっとやりすぎちゃったかもしれないね」『ク~』
ユーリはしゃがみこんで、倒れたプルリンにあやまりました。クリスも、もうしわけなさそうな声で鳴きました。
エミルの予想と反して、プルリンはしかえしをするそぶりもなく、むしろ、ユーリにやさしい言葉をかけられて安心したのか、ふにゃりとしたおだやかな顔を浮かべました。どうやら、もうこちらに敵意は持っていないようです。
うしろからようすを見ていたエミルも、そう判断して警戒をときました。それから、ごそごそとベストのポケットから青い液体……ワンダーのキズを治す薬の入ったビンを取り出して、ユーリにわたしました。
「ユーリ、これ、その子に使ってあげて」
「ありがとう」
ユーリは、受けとった薬のビンを開けて、プルリンの口から飲ませてあげました。
ビンの中の青い液体が水色の体に吸収されていくと、プルリンはみるみるうちに元気と弾力をとりもどしました。
『プルーッ!』
回復したプルリンは笑顔でぴょーんと跳びはねたので、ユーリはほっと安心しました。
『プルルー!』
すると、プルリンがぴょいん、とユーリの体にすりよってきました。ユーリは「わっ」とおどろいて、とっさにプルリンを抱きとめます。
『ねえ、そのコ、ユーリとパートナーになりたいっていってるよ!』
シロンはプルリンの意外な提案を通訳しました。