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最終話 卒業式

 三送会の翌日以降、弥生中学校の三年生たちは、まったくゆっくりできていなかった。真面目な香奈であっても、ここ数日の学校での日々はうんざりする時間も多かった。と言うのも、教師陣の熱心な指導の下で、卒業式の練習の仕上げが急ピッチで進められていったからだ。

 

 卒業生合唱の練習は、まだましだった。合唱については、音楽祭が終わって以降の音楽の授業などで少しずつ練習を行っていたため、三月に入る頃には既にだいぶ良いものになってきていたからだ。歌い慣れた曲を気持ちよく歌うことができるのは、それなりに楽しいものである。それでも、この数日だけで何度も繰り返し歌わせられたために、多少飽きてきてしまってはいたが。

 

 だが、それ以上に大変だったのは、「起立・気をつけ・礼・着席」一連の動きだ。これらの動作は一見するだけなら、簡単そうに見える。それに、在校生として卒業式に参加していた去年一昨年の卒業式練習の際にも、こういった基本的な動作に関しては多少は練習をさせられていたため、それほど苦労はしないだろうと考えていたのだ。

 しかし、卒業生となった今年は、去年までの比ではないくらい、ものすごく何度も、かつ長時間の間、これらの動作の練習を強いられた。真面目な性格の香奈はもちろん、——弥生中学校の三年生たちは割と素直な良い子たちが揃っているため——その他の生徒たちも卒業生たちは皆、教師陣の指示に従って良い姿勢をキープするために努力していた。噂によると、普段は使わない筋肉を酷使することで、筋肉痛になる生徒もいたようだ。



 

 そして、そんな大変な卒業式練習の日々を経て、本番の前日であるこの日、ついに卒業式の予行を終えるところまで到達したのである。普段の練習以上に長い予行練習を済ませた三年生たちは、あー疲れたと肩やら首やらをグルグルとまわしながら、教室に戻っていった。

 香奈たち三組の生徒たちも、わいわいとおしゃべりをして、中学校の仲間たちとの残り少ない交流を楽しみながら、教室に入った。すると、一足先に教室に戻って来ていたらしい担任の田中先生が「はい、皆さん、ささっと席に着いてくださいね」と皆を促す。そして、その先生の指示に従った3年3組の良い子たちは、見慣れないものを各自の机の上に発見した。すかさず、3組のおちゃらけ担当の井出庄司が声をあげる。


「先生~これなんですか~?んんっと、おお、これ卒業アルバムじゃん!!」

「井出くん正解!3組のこの時間は、卒業アルバムにメッセージを書き合う時間にします。他のクラスのお友達や先生方には、休み時間なんかにメッセージをもらっておいて頂戴ね。それと、今での他の時間でも、持って来てくれれば私も喜んで書かせてもらいますよ」


田中先生がニッコリ笑って、そう言うと、クラス中にわーっという声が沸き起こる。生徒たちは、すぐさま自由に動き出して、仲の良い友人同士で集まったり、田中先生にメッセージをもらいに行ったりし始めた。香奈も席を立とうと思った瞬間、突然目の前に良く見知った顔が現れた。


「かーなちゃん!」

「碧人くん!」


ニヒっといたずらっぽく笑った少年は、嬉しそうに香奈の卒業アルバムにペンを向けた。


「よっし、俺が一番乗りな。香奈ちゃんも俺のに書いて」

「はーい。でも、同じ高校行くのに、最初に書きに来るのが私のアルバムでいいんですかー?」


香奈は冗談っぽい口調ながらも、半分くらいは本心でそう言った。碧人がすぐさま自分のところに来てくれたことは、とても嬉しく思っている。ただ、人気者で仲の良い友人の多い碧人に、高校が離れ離れになる友達よりも自分を優先してもらっていることには、若干の申し訳なさを感じなくはないのである。

 碧人は、香奈のそんな思いを知ってか知らずか、ニヒルに笑ってみせる。


「いーのいーの。だってこうすりゃ、他のやつらに、かわいい彼女からのメッセージ入りの俺のアルバムを自慢しながら、メッセージ交換をできるだろ」


そういうことを言ってもらえたら、先ほどまで感じていた申し訳なさも消え去ってしまうというものである。そして、香奈は碧人に「かわいい彼女」と言われたことに少し照れつつも、それを咳ばらいで誤魔化しながら、納得の相槌をうった。


「かわ……コホン、なるほど。つまり私も、彼氏の文字入りのアルバムを自慢しながら、他のお友達とメッセージ交換をすればいい、と」

「おっさすが優等生の香奈ちゃん、わかってんね。そーゆーこと」





 仲の良い恋人たちがこうして互いのアルバムに文字を書き終わると、二人の周りには待ってましたとばかりに他のクラスメイト達が集まってきた。最初、香奈はてっきり碧人が囲まれているのだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。クラスメイト達が口々にこう言ってきたのである。


「よーし、3年3組が誇る浦田&槇原の公開告白カップルさん、俺たちのアルバムにもイチャラブなメッセージよろしくお願いします!」


これには、おとなしい香奈どころか、キラキラ系グループとしてノリ的なものをよく解していそうなタイプの碧人でさえ、「い、いちゃらぶ……!?」と絶句した。というか、今回は碧人の方が強い衝撃を受けているようで、香奈は狼狽える碧人を見ていたら、むしろ少し落ち着いてしまった。むろん、クラスメイト達からの突然の取り囲みに対し、困っているのには変わりはないが。

 そんななか、碧人と香奈を助けにやって来たのは、彼らの頼れる友人である浩平だった。


「おいおい、皆落ち着けって。そんなに囲んだら碧人はともかく、槇原さんが困るだろ」


碧人は浩平の行動に感激した様子を見せる。


「さすが会長、頼りになるぜ~。助けてくれてありが——」

「だから、ちゃんと一列に並んでメッセージもらいに来い。はい、ここから並べ~」

「って、はあっ!?おっまえ、浩平!!助けてくれるんじゃなくて、そっちかよ!?どういう立ち位置だよ!?」

「何をわかりきったことを言ってるんだ碧人。俺は、お前らお二人さん……わが校の有名カップルの専属マネージャーに決まってるだろうが。ファンは大事にしないとな」


助けてくれるのかもという期待を裏切られ、衝撃を受ける碧人に対し、浩平はイケメンと称される顔を無駄にキリッとさせて、そう答えた。ちなみに、さりげなく香奈と自分のアルバムを交換して、香奈のメッセージ交換の二番手になることも忘れないのだった。



 その後、香奈は花や理沙や羊子など、仲の良い友人を中心に多くのクラスメイト達とメッセージを交換したし、信介と交換した時には、信介が聖子にホワイトデーのお菓子を渡したと聞いて嬉しい気持ちになったものだ。さらに、休み時間にも、聖子や宗吾や菜緒など、良く話す他クラスの友人たちとメッセージ交換をすることができたのだった。

 こうしてアルバムのメッセージ交換などをしていると、この一年に仲が深まった友人の多さに驚かされる。去年までの自分だったら、こんな風にアルバムのメッセージのページが埋まることはなかっただろう。これには、今年度に入ってから碧人と隣の席になり、仲良くなれたこと、そして両想いになって恋人同士になれたこと、にきっかけがあるような気がしてならない。

 本当に、感謝しないとな。碧人くんと、碧人くんに会わせてくれた神さまに。香奈はしみじみとそう思ったのだった。



****


 翌日、弥生中学校で卒業式が行われた。天気も良く、寒すぎることもなく、最高のコンディションだったと言えるかもしれない。卒業生たちは練習した成果をしっかり発揮して、かっこいいピシッとした姿勢を見せてくれた。元生徒会長の五十嵐浩平も、さすがの落ち着きでしっかりと答辞の役目を果たしていた。そして、卒業式を無事に終えることができた。

 ちなみに、卒業式が始まる直前、保護者が入ってくる前、卒業式会場となる体育館では、全校集会が行われていた。弥生中学校から卒業生6名ほどへの特別表彰が行われたのだ。「運動を頑張ったで賞」とか「勉学によく励んだで賞」とか「生活態度が優秀すぎたで賞」とか「美術すごいね賞」などなどである。その中には、運動部門には碧人が、勉強部門には香奈の姿があった。全校の人々に仲の良さを知られている彼ら二人が並んでいる姿は、体育館中を大いに盛り上げたのだった。

 


 卒業式の放課後、生徒たちは保護者に荷物を預けて、仲の良い友達と写真を撮ったり、おしゃべりをしたりする。香奈はそんな中、真っ先に一人の少年のもとに向かった。


「碧人くん、卒業おめでとう!高校からもよろしくね!」


そんな香奈の姿に、碧人はわかりやすく幸せそうな表情を見せてから、ニカッと笑顔を向けたのだった。



本作は、今回で完結となります。

ここまでお付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
完結、お疲れ様でした。 また、完結まで進めていただき、ありがとうございました。 メッセージ交換の状況では、香奈ちゃんもアクティブになったもんだと感心した次第です。切っ掛けがあれば、人は変わるもんです…
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