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七十四話 新年あけて新学期

 新年に入り、三が日も過ぎた頃。碧人は自室のベッドの上で、ダラダラと過ごしている。そして思った、「暇だ」と。

 

 本当は、香奈と一緒に過ごしたくてたまらない。だがしかし、彼女は現在、受験勉強を頑張っている最中なのだ。正直に言えば、ちょっとくらい一緒に遊びに行くくらいはいいんじゃないか、と思わないでもない。だが、碧人は進学校の特待生という彼女の高い目標を知っているのだ。今月末に迫るA高受験のための香奈の勉強時間を奪ってしまったり、人出の多い初詣などに連れ出してインフルエンザか何かに罹る契機をつくってしまったりしたら、申し訳なさすぎる。

 そのため、毎日メッセージをやりとりするだけで我慢していた。ちなみに、香奈に電話をしなかったのは、話し始めたらテンションが上がり、何時間も話し続けてしまうかもしれない、と危惧したためだ。香奈は優しいから、迷惑だとか勉強の邪魔だとかは言わずに、碧人の話につきあってくれてしまうだろうから。

 

 香奈と会えないなら他の友人たちと遊びに行こうかとも思ったのだが、浩平は香奈と同じく受験勉強があるし、庄司はどこかに出かけてうつされたのか、ここ数日はインフルエンザで寝込んでいるようだ。そして、幼馴染の信介に関しては、この時期は例年のように聖子と共に忙しそうにしているため、遊びに行っても相手をしてもらえない。寺や神社に初詣に訪れる参拝客たちへの対応を手伝わされているのである。

 

 碧人は「香奈ちゃんに会いたいな~」と思いながら、香奈からメッセージの返信が来ていないか確かめる。まだ、来ていないようだ。香奈は通知に気づくと早めに返信をくれるタイプだから、今は勉強をしていて、スマホを見ていないのだろう。

 そして、碧人はふと思い出す。香奈ちゃんと言えば、クリスマスに一度下の名前で呼んでくれたのが嬉しかったなあ、と。だが、香奈を家に送る途中で、「今度からさっきみたいに碧人って呼んで」と頼もうとしたのだが、意気地がなくて何となく言えなかったのだ。情けなさにため息をつき、ボーっとしていると、母がドアをバンッと開けて入ってきた。


「んだよ、勝手に入ってくんなって、いつも言ってんだろ」

「もう、反抗期なんだから~。あんたの洗濯物とか持って来てやってるんでしょー」


しばらく睨み合った後、母はコホンと咳ばらいをして「それにしても、」と口にする。


「あんた、いつも以上にボーっとしてるけど、もう冬休みの宿題は終わったの?……って、終わってるに決まってるわよね~。そんなに暇そうにしてるんだもん」

「あ、」

「あ、って何?まさか、忘れてたとか言うつもり?学校、明後日には始まるのよ!まったくあんたの愛しの香奈ちゃんは、宿題どころか受験勉強を頑張ってるってのに。そんなんじゃ、香奈ちゃんにも愛想つかされちゃうわよ」

「うぐっ……。やる、やるよ、やります!やらせていただきます!!」


 母に対して反抗期気味の碧人だが、可愛い彼女の名前を出されると弱いのだ。というか、冬休みの宿題の存在を思い出させてくれた母には感謝するべきだろう。すっかり忘れていて、まだ何も手をつけていなかったのだ。受験生の冬休みの宿題は去年までよりは少ないから、今からでも何とか間に合うかもしれない。こうして、暇だ暇だと文句を言っていた碧人は、残った冬休みを宿題に全力で取り組むことに費やすことになったのだった。



****


 冬休みの宿題に必死になっていると、あっという間に新学期が始まる日になった。ちなみにその宿題は、香奈に「私の彼氏は一人だと、冬休みの宿題さえ終わらせられないのね」と呆れられたくない一心で、なんとかきちんと終わらせることができた。ただし、数学や英語のプリントの宿題に関しての、正答率とかは聞かないでおいてほしい。

 碧人は少しでも早く香奈に会いたくて、いつもより少しだけ早く家を出る。これくらいの時間であれば、朝練に比べれば余裕なものだ。もともと部活の朝練を毎日こなしていたから、得意な訳ではないにせよ、早起きには慣れているのだ。そして、一番乗りだろうと思って教室に入ると、そこには既に小柄な少女が一人いた。碧人は目を見開く。


「香奈ちゃん!」


碧人の大声に一瞬ビクッとなった後、「びっくりしたあ」と言いつつ香奈は振り向いた。


「浦田くん、メッセージで言ったけど、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう。にしても、早いな。いつも、こんなに早く教室に来てたっけ?」

「あ、いや、その……」

「うん?」


碧人に見つめられた香奈は頬を赤く染めて、目の前の少年から視線を逸らすと小さな声で言った。


「その、冬休みにあんまり会えてなかったから。早く浦田くんに会えたらなあって思って……」

「……まじか~」


碧人はガバッと手の平で顔を覆って、しゃがみこんだ。どうやら、早く会いたかったのは、自分だけではなかったらしい。碧人はしゃがみこんだまま、香奈の顔を見上げる。今は絶対、顔が盛大にニヤけてしまっている気がするが、気にするものか。


「実はさ、俺もなの。香奈ちゃんに早く会いたくてさ、いつもより早めに教室来ちゃった」


こうして二人が互いに見つめ合って甘酸っぱい雰囲気になっていると、クラスメイト達がこちらに向かってくる声が次々と聞こえてきた。ひと際よく聞こえるのは、碧人の親友である庄司の声である。病み上がりだというのに、タフなやつだ。碧人と香奈は、元気すぎる庄司のことで笑い合いながら、教室にやって来たクラスメートたちに新年のあいさつをしたのだった。



****


 新学期初日の掃除の時間。香奈は彼女の班の担当である職員室前の廊下で箒を使いながら、今朝のことを思い出していた。


 碧人がクリスマス以降に会おうと誘ってくれなかったのは、1月末に受験を控える自分に気を使ってくれているからだと理解してはいたが、少し寂しかったのだ。そのため、早く会いたかったと面と向かって碧人に言ってもらえたことは、非常に嬉しかった。

 だが、それ以上に印象に残っていることがある。しゃがみ込んだ碧人が下からこちらを見上げている様子というのが、かなり新鮮で可愛らしく見えて、ドキドキしてしまったのだ。最近は親友への愛の強さで忘れがちだが「恋多き美少女」と噂される花によると、男子をかわいいと思ったら、それは彼にすっかり惚れてしまっていることと同義であるらしい。つまり、自分は碧人のことが好きでたまらないということになる。 そんな風に考えると、非常に恥ずかしくなってくるのだが、事実なのだから仕方ない。

 

 そう思いながら、現在進行形で、つい碧人のことを目で追ってしまっている自分に気づいて、また恥ずかしくなった。

 だが、その瞬間、香奈の頭に「あれ??」と疑問が生じる。香奈とは同じ班ではない碧人は、今日は教室の掃除の担当のはずだ。職員室前に来るのはおかしいのである。

 どうしたのだろうと覗いてみると、碧人は担任の田中先生に一枚の用紙を手渡していた。さきほど学活の授業中に書いた「新年の抱負」の紙のようだ。そういえば、碧人は、時間内に新年の抱負を思いつかなかったようで、後で紙を持って来てと先生に言われていた。その用紙は貼りだされる訳でもないため、それほど真面目に書かなければならないものでもない。香奈は無難に「志望校に合格する」とだけ書いて提出していたのだが、碧人はそんなに悩んで何を書いたのだろう。

 少し気になったため、興味本位でチラっと覗いてみる。遠くてよく見えないが、「名前で呼ばれたい」と書いてあるように見える。どういう意味なのだろう、と不思議に思っていると、職員室の中にいた碧人が、パッと視線をこちらに向けた。あっ、と思った時には既に遅く、碧人としっかりと目が合ってしまっていた。


 やがて碧人は職員室から出てくると、真っすぐに香奈の方に歩いてきた。覗いていたことが後ろめたく、香奈はつい掃除に集中しているふりをする。だが、碧人はそんなことは気にせず、香奈と目を合わせにやって来た。


「よぉ香奈ちゃん。さっき、俺の新年の抱負見たでしょ?」


見てないよと言いたいところだが、職員室にいた碧人と目が合っているから言い逃れはできない。というか、基本的に真面目な香奈は嘘をつくことが得意ではないのである。


「えーっと……はい、見ました。よく見えなかったけど『名前で呼ばれたい』って見えました」

「やっぱり見られてたか~」


碧人はうわ~と天を仰いだ。


「うん、どういう意味なのかはわからなかったけど。あの、勝手に見ちゃってごめんなさい……嫌だった?」

「ああ、いや全然。気にしないで。むしろ、きっかけができたなって感じ」

「きっかけ?」


碧人が気分を害していないらしいことに安心しつつ、「きっかけ」とは何のことだろうと香奈は不思議に思う。


「俺の新年の抱負な。香奈ちゃんに、下の名前で呼ばれたい!って意味なんだよ。今までみたいに名字で呼ばれるんじゃなくてね」

「えっ!?私に……?」

「こないだクリスマスに俺のこと一回だけ「碧人くん」って呼んでくれただろ。正直、あれが嬉しくてさ。これからは、下の名前で呼んでくれたらな~と思ってるんだけど、……その、どうっすかね?」


キラキラ系男子である碧人を下の名前で呼ぶのは、なんとなく恐れ多くて、ずっと名字で呼んでいた。しかし、碧人本人に頼まれたら、彼女として断る理由はない。それに、何よりも、香奈自身も、遠慮してしまっていただけで、本当は碧人を下の名前で呼びたいと思っていたのだ。だって、その方が特別感があるから。


「しょ、承知しました。よろしくね、碧人くん」

「承知しましたって、硬いなっ」


頬を桃色に染めた香奈の顔に対し、碧人は彼女の言葉のチョイスにツッコミを入れて照れ隠しをしつつも、やはり少し照れたような表情で向き合った。

 その後、二人は、香奈と共に職員室前の廊下を掃除していたクラスメイト達に、「二人ともイチャイチャしてないで、掃除しろよ~」と言われてしまったため、顔を赤くしながら「ごめんなさい」と謝ったのだった。



次回の更新は9/26(金)です。

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