表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/82

第七十三話 クリスマス

 終業式から二日後。クリスマス当日の午後5時頃。自室にいる香奈は慌てて少しオシャレな服に着替えたり、髪を梳かしたりしていた。こんな夕方になってから身なりを整えるなんて今さらではないかと思われるかもしれないが、これにはきちんと理由がある。本日、槇原香奈は彼氏のの夕食にお呼ばれしているのである。あと10分もしないうちに、碧人が香奈のことを迎えに来てくれることになっている。香奈が急いで準備を終わらせると、ちょうど玄関の方から母の声がした。どうやら、碧人が到着したようだ。


 香奈と碧人は並んで歩きながら、碧人の家に向かう。碧人とそれなりに会話しながら歩いていたが、香奈の内心はドッキドキだった。と言うのも、おとなしい香奈は家に遊びに行くほどの仲の友人がいた経験がほとんどなかった。そのため、クラスメイトの家に遊びに行くという状況に、かなり緊張しているのだ。まして今回訪れるのは、友達をすっ飛ばして彼氏の家だ。緊張するなと言う方が無理な話なのである。すると、そんな香奈の心情に気づいたのか、碧人が心配そうに隣を歩く顔を見つめた。


「香奈ちゃん、大丈夫?もしかして受験勉強で疲れちゃってる?」

「え!?ううん、そういうんじゃないから大丈夫だよ!」


碧人に心配されて、香奈は反省した。緊張しすぎて、無意識に碧人との会話のテンションが下がっていたのかもしれない。碧人にあまり心配をかけるのは不本意なので、香奈は何か話題を振って、緊張しているのを誤魔化そうと試みる。ちょうど、ひとつ少しばかり、いや、かなり気になっていたことがあるのだ。


「そういえば今さらなんだけど、浦田くんのおうちの人たちって私たちの関係っていうか、その……付き合ってるってことは知ってる、の?」


香奈の槇原家では、同じ中学に通う弟の陽太によって、香奈と碧人が付き合い始めたという話はすぐに明らかになってしまっていた。弥生中学校内では、教室で公開告白をした彼らが交際している事実は、それなりに有名な話なのである。しかし、たしか碧人には兄弟はいないはずだ。そのため、碧人が積極的に話さない限りは、浦田家においてその事実は知られていないかもしれないと思ったのだ。


「あー、うちの家族も皆そのことは知ってるな。面倒な絡まれ方したらゴメン」

「面倒なかぁ、あはは……。でも浦田くん、そういうこともちゃんと家族に話してるんだ。仲良いんだねえ」


香奈にニコニコとそう言われた碧人は、はははと愛想笑いを返す。

 実際には、碧人の家族に香奈との交際がバレたのは、小学校時代からの友人である信介のせいだった。割合としては、碧人の方が和尚もいる信介の家に行くことが多いのだが、信介が碧人の家にやって来ることも度々あるのだ。そして割と愛想のいい信介は、碧人の両親、特に母と仲が良かった。つまり、勝手に碧人の家に遊びに来た信介は、碧人の母に、碧人に彼女ができたことを本人の許可なしに報告してしまったのだ。その日帰ってくるなり、母に彼女のことについて質問攻めにされたことは、苦い思い出である。  

 ただ、その時は勝手にバラしやがってと信介を恨んだものだが、信介が言わなければ碧人が自分で親に彼女ができたと告げることはなかっただろう。そう考えると、こうして香奈をクリスマスに家に呼ぶなんて状況が生じたのも、ある意味信介のおかげかもしれない……。後であいつに礼の一言くらい言っておくかと思うのだった。



****


 碧人の家に着くと、少しふくよかだが息子にそっくりの顔立ちをした碧人の母が、待ちかねていたように「いらっしゃーい」とやって来た。ついで背が高くガッシリとした男性もやって来た。碧人の父だろう。緊張していた香奈はあわてて「お邪魔します」と挨拶をする。少し声が裏返った。恥ずかしい。しかし、碧人の両親はそんなことには気にしないらしい。マシンガンのように次々とことばをかけられた。


「来てくれてありがとう~。外は寒かったでしょ、お部屋バッチリあっためてあるからね。あ、スリッパはこれ使ってくれて大丈夫よ。いやあ、やっぱり女の子かわいいわあ~」

「初めまして碧人の父です~!クリスマスのチキンもお菓子もいろいろ用意してあるからな。たくさん食べてな~」


おとなしく、どちらかと言うと言葉数の少ないタイプである香奈は、怒涛の勢いで話しかけてくる碧人の両親に、ポカンとしてしまった。彼女のおとなしい性格についてきちんと把握している碧人は、香奈の様子を見て両親に文句を言った。


「母ちゃん父ちゃん、急にいろいろしゃべりすぎ。香奈ちゃんがびっくりしてるだろ。ごめんな、香奈ちゃん。うちの親は二人とも、おしゃべりで基本テンション高くてよ」


碧人の両親に「ごめんね~。香奈ちゃんが来てくれてテンション上がってつい」と謝られると、香奈ははっとする。いかんいかん、彼氏のお父さんお母さんに、こんな態度では失礼ではないか。


「いえ、こちらこそぼーっとしてしまってすみません。浦田くんと……碧人くんとお付き合いをさせていただいている槇原香奈です。よろしくお願いします」


香奈は謝りつつ、自己紹介をする。自分たちが交際していることを碧人の両親が知っているならば、きちんと彼女としても挨拶をしておいた方がいいだろうと思ったのだ。ちなみに、珍しく「碧人くん」と口にしたのは、浦田家では皆「浦田くん」だから、下の名前の方がいいかなと思っただけのことである。碧人の両親が、香奈の挨拶を聞いてニコニコと笑顔を浮かべる。


「うんうん、こちらこそよろし——」

「なっ、えっ、ゴホッゴホ!!ゲホゲホ」


両親の「こちらこそよろしく」と言う言葉を遮ったのは碧人だった。突然ゴホゲホとむせだしたのである。一同は驚いて碧人の方を見る。そして、碧人の母が、碧人を軽く睨む。


「なあに、あんた。急にどうしたのよ」


すると、碧人は非常に動揺しながら口を開いた。どうも少し顔が赤いようである。


「だって、その、香奈ちゃんが、俺のこと、下の名前で……あ、いや、何でもねえ」


息子のそんな様子を見た両親は目を合わせ、(あなたも昔、あんな感じだったわよね)(うるせ、ほっとけ)と視線で会話したのだった。



 その後、皆はリビングに移動して、なんだかんだ和やかな時間を過ごした。おしゃべりではない香奈は、浦田家のテンションの高さについていけるか始めは不安だったのだが、一緒に過ごしてみると、自分から話し出さなくてもいろいろ話題を出してくれる浦田家の空間は意外と居心地が良かった。そのため、素直にしっかり楽しむことができたのだった。そして、浦田家が用意してくれたものやら、香奈が持ってきた手土産やらを、皆で食べ尽くす頃には、碧人の両親ともそれなりに親しくなれた気がしたのだった。



 帰り道も碧人が香奈の家まで送ってくれることになった。しばらく二人で歩いていると、碧人がポケットから何かを取り出した。何かと思って見てみると、学業成就のお守りだった。


「これさ、クリスマスプレゼント。たいしたものじゃなくて、悪いんだけど」

「全然!すごく嬉しい」


その言葉は本心だった。碧人は期末テスト頑張った甲斐もあり、正式な結果はまだだが、もうA高合格はほとんど確実になっている。そのこともあり、香奈はどうしてもA高に合格したかったのだ。学力的にはA高に合格すること自体は容易と言われているが、やはり不安なものは不安だし、本来の目標はA高の特待生になることなのだ。そのため、彼氏からの気持ちのこもった学業成就のお守りは、今、香奈が最も欲しているものだ。ただ、一つ問題がある。


「でも、ごめん!私、プレゼント用意してなくて……。今からでも何かほしいものある?」

「いや、そんなの全然気にしないでいいって!俺があげたかっただけだし。あ、なら名前……」

「名前?」


名前ってなんだろう?碧人は名札でも欲しいのだろうか。


「……いや、やっぱ何でもない!じゃあそうだな、来年のクリスマスは二人でどこか遊びに行こうよって予約させてくんない?」


香奈は「名前」という碧人の謎な一言も気になったが、来年の予約の申し出を素直に承諾する。小さな謎を気にする気持ちよりも、嬉しさが勝ったからだ。このキラキラしたかっこいい男の子は、来年も私と一緒にいてくれるんだな、という嬉しさが。


「浦田くんがいいなら、よろこんで。来年の予約、だね」


にっこり微笑んで、そう答えた。その後、香奈の家の前でメリークリスマスと言い合って、幸せな気持ちで二人は別れたのだった。


次回の更新は9/19(金)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ