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第六十九話 和尚の孫は悩める少女を慰める

 信介の突拍子のない行動に、周囲にいた一同はポカーンとした。あまりにも急なこと過ぎて、理解が追いつかなかったのである。最初に信介を諫めたのは、香奈のクラスメイトかつ美術仲間の羊子だった。基本的にさばさばしている彼女は切り替えが早いのだ。


「ちょっと水沢くん!?そんなことしたら、清水ちゃんのきれいなほっぺが赤くなっちゃうじゃん!」


続いて、羊子の声を聞いてハッとした菜緒と香奈も口々に言う。


「そ、そうだよ!女の子の顔をそんな風に扱っちゃだめじゃん」

「あの、水沢くん。引っ張るのやめてあげ——」


ここで碧人が手で制して、香奈の言葉を途中で遮った。そして、香奈たちの方に微笑みを向けて小さめの声で、


「たぶん大丈夫だから」


と伝えた。香奈は、同じ小学校の出身で信介や聖子と付き合いの長い碧人がそう言うなら大丈夫なのだろう、と思った。何より、碧人は自分のかっこいい彼氏なのだ、信じていいに決まっている。羊子と菜緒はまだ不安げな様子だったが、そこは香奈が「浦田くんが言うなら大丈夫だよ」と二人を抑えた。羊子と菜緒は「香奈ちゃんの浦田くんへの愛を信じるかぁ~」と言っていて、香奈は少し恥ずかしかった。こうして周囲が落ち着くと、しばらく聖子の頬をつねったまま彼女の顔を無言で睨んでいた信介が、


「おい、聖子さんよ」


と呼びかけた。しかし、聖子は返事をせずに、目をぱちくりとさせるばかりだ。信介に頬をつねられ始めて以降、彼女の脳内は昔からの思い人の顔があまりにも至近距離にあることに混乱していたのだ。だが、信介はこれまであまりにも聖子にツンツンとした態度をとられすぎてきたために、聖子に好かれているとはつゆほども感じていなかった。そのため、彼女の無言は、指揮の不出来に落ち込んでいることで生じているものだと考えたのだろう。


「な~に、いつまでもしょぼくれた顔してるんだよ、らしくもねぇ」


からかうような口調で信介にこう言われて、聖子はやっと正気を取り戻しらしい。信介に対するいつものツンとした態度をとった。


「し、仕方ないでしょう!負けてしまったことについて、多少は責任を感じてるのよ……」


すると、信介はやっと聖子の頬から手を離したかと思うと、はあ~っと大きめのため息をついた。


「なんで、お前は責任を感じてるんだ?」


信介に問われた聖子は、言い淀みつつも、ポツリポツリと述べていく。


「それは、だから……急に指揮者になった五十嵐くんよりも下手だったし」

「五十嵐は一昨年も去年も指揮者をやってたんだよ。今年初めて指揮者になったうえ、昔からリズム感の悪いお前より上手くてもおかしくないだろ。他に理由は?」

「リズム感が悪いは余計なお世話よ!他は、その、2組の皆が素敵な声で歌ってくれていたのに、私の指揮が下手なせいで準優勝すらできなくて申し訳ないのよ。かなり練習したのに、無駄になっちゃったんだもの……」


どちらかと言うと、浩平に負けたことよりもこちらが本音だった。聖子は指揮者になったことに張り切り、清く正しく毎日練習をするべきだと言って、クラスメイトたちを練習につきあわせていたのだ。それなのに負けてしまったのだから、皆の時間を無駄にさせてしまったことへの罪悪感が強いのである。聖子が俯くと、信介が「あのなあ」と言った。


「2組のやつらは誰もお前のことを責めてないんだろ。皆、お前が努力してたことはわかってるし、一緒に頑張ってきたことに後悔なんてしてないんだ。なのに、当の本人がその努力を無駄なものだったと決めつけてたら、むしろその方が皆に失礼なんじゃないのか?」

「そ、それは……」


聖子は信介の言葉を聞いて、その通りだと思いつつ、信介から目をそらした。クラスメイトたちと練習した時間が無駄だったなんて、聖子自身だって思いたくないし、思えない。普段は美人だ、きれいだと言われて遠巻きに憧れられることの多い聖子にとって、あの時間はクラスメイトたちと気兼ねなく絆を深められる貴重な機会となっていたのだから。でも、やはり、自分がもう少しうまく指揮をやれていればという思いはなかなか消せないものなのだ。信介はまだ落ち込んでいそうな聖子の様子を見て、ふうっと息を吐いた。


「なあ一回しか言わないから、よく聞いとけよ」

「へ、何を?」

「よく頑張ったな」


聖子は一瞬固まった後、ものすごく素早い動きで香奈の後ろに身を隠した。信介も先ほどまで目の前にいた相手に急に距離をとられたため、思わず「おい!」と叫ぶ。いったい、聖子はどうしたというのか。そう思って、聖子の隠れ蓑とされた香奈は、近くにいる羊子と菜緒と共に聖子の顔を覗き込んだ。するとそこにいたのは、顔を真っ赤にして照れている美少女だった。元芸術部の3人はその様子を見て、彼女が幼馴染の水沢信介に好意を抱いていたことを思い出す。そしてニマ~ッとして、こそっと聖子に囁いた。


「清水さん、隠れたままでもいいから、水沢くんに褒めてくれたお礼言わないと」

「まあ、ちっちゃい香奈ちゃんの後ろにモデル体型の清水ちゃんが隠れられてるかは謎だけどね」

「それはたしかに笑。でもほら、清水さん、お礼お礼」


香奈は菜緒と羊子に少々バカにされた気がして「あれ?もしかして私、暗に背が低いって言われた?」とつぶやく。それを聞いた碧人が「気にすんなって。香奈ちゃんの背の低さは、かわいさのひとつだから」と言ってくれたが、それはあまり慰めになっていない気がする。

それは置いておいて、聖子は芸術部三人に「わかったわ」と伝えると、香奈の背中から目だけのぞかせて、信介の顔を見た。そして、もじもじと言う。


「褒めていただき、どうもありがとう」


信介はそれに笑顔で答える。


「おう。なんで槇原さんの後ろからなのかはわからんが、どういたしまして。まあ……たしかにお前の指揮は下手だったけどな」


その瞬間、信介以外の皆は聖子の方からピキッと音がした気がした。聖子はすっと香奈のうしろから出てくる。もう彼女の顔はまったく赤く染まってはいなかった。


「正直な感想ね。水沢くん、その厳しいご指摘にも、感謝するわ。香奈ちゃん、皆、私はここらで先に失礼するわね」


そう言って、聖子は体育館を後にした。香奈たち女子は「あ~あ」とため息をつく。今回の件で、聖子もこれまでよりは信介に素直になれるのではないかと思ったのに。そう上手くはいかなそうだ。一方、碧人も信介を冷たい目で見る。


「信介よぉ、だいぶ良い励まし方でさすが和尚の孫って感じだったのに、なんで最後の最後で余計なこと言うんだよ。清水もせっかく嬉しそうだったのに、怒って行っちまっただろ」

「いや~ちょっと照れ隠しで、てへ。でも、あいつが怒ってんのはいつものことじゃん」

「……清水がいつも怒ってるのは、信介の前でだけだからな。せっかく珍しく、お前に怒りじゃなくて喜びを見せる感じになってたのにさあ」


こうして一同は、信介の最後の余計な一言にガクッと肩を落としたのだった。一方、ちょうど体育館でその様子を目撃していた他の生徒たちからの噂によると、皆に背を向けて体育館から去っていく聖子の口元には美しい微笑みがたたえられていたという。


音楽会編は今回まで。お盆休み、いかがお過ごしですか。次回の更新は8/22(金)です。

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