第六十八話 音楽会 その2
弥生中学校の音楽会は、同じ学年のクラス同士で順位がつくことになっており、その勝敗は教師陣による審査結果によって決められる。ただし、担任教師はやはり自分のクラスを贔屓目で見てしまうものであるため、担任を持っている教師たちは担当学年の審査には参加できない。学年合唱の時間の間に、音楽会実行委員会の面々が教師陣から集めた審査用紙の内容を集計してくれていた。そのため、先ほど学年合唱を披露し終えたばかりの3年生たちがステージを降りて席に戻ると、すぐに審査結果が発表される時間になった。生徒たちは、審査結果が書かれたメモ用紙とマイクを持った音楽会実行委員長をドキドキしながら見つめる。
「それでは、音楽会の審査結果を発表します!まずは1年生から——」
1、2年生のクラス順位が発表され、後輩たちの方から歓声と悲鳴が上がっている。そしてついに、香奈たち3年生のクラス順位が発表された。
「最後に3年生の審査結果を発表します。優勝は……3年1組。文句なしに素晴らしい仕上がりでした!そして準優勝は3年3組。トラブルがあったものの、まとまりのある曲になっていました。以上、結果発表でした」
3年1組から喜びの声が巻き起こる。ただし、彼らの中で一番わかりやすく喜びを見せているのは嬉し泣きをしている熱血担任の岡田先生で、生徒たちに「また泣いてる~」と笑われている。岡田先生が学校のイベントの時に泣くのはいつものことなので、生徒たちにとっては驚きでも何でもないのだった。しかし、その一方で1組以上に大きな歓声が上がったクラスがある。香奈たちのいる3組だ。「準優勝は3年3組」の声が聞こえた時には、現実味がわかずに一瞬ポカンとしてしまっていたが、担任の田中先生が満面の笑みで「皆、すごいよ!おめでとう!」と言ってくれたことで喜びの感情が一気に押し寄せた。女子たちは手を合わせ、男子たちは互いに肩を小突き合い、その嬉しさを共有する。
香奈も背の順ですぐ隣に座っていた小宮理沙とやった~!と喜び合っていた。その時、3組の男子の間でいっそう歓声が強まった。何があったのだろうと理沙と顔を見合わせてからそちらに顔を向けると、碧人が浩平を肩車していた。ちなみに、そのすぐ横には庄司や信介も支え役として控えている。肩車をされたまま、男子の皆に囲まれた浩平自身は少し照れくさそうにしているが、急遽ピンチヒッターとして指揮者を担うことになった彼は、たしかにこれくらい褒め称えられるべきかもしれない。香奈は周囲の女子たちと共に盛大な拍手を浩平に送っていたのだが、自分の目が浩平ではなく碧人のことを見つめてしまっていることに気づいた。少し恥ずかしくなって碧人から目をそらし、ふと隣を見ると、理沙の視線も浩平には向いていないようだ。その視線の先は、もちろん庄司だ。碧人に聞いて最近知ったことだが、理沙と庄司は付き合っているらしい。仲が良さそうでお似合いだなあとほっこりしながら、香奈は視線を浩平たちの方に戻したのだった。
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あれから先生たちに「急に肩車なんてすると危ないだろ」と軽く叱られて、肩車はすぐにやめさせられたが、3組の喜びムードは下がることがないまま教室に戻った。しばらく教室でまったりしながらおしゃべりをしていると、田中先生が戻ってきた。保健室で療養中の本来の指揮者である後藤元に向かい、音楽会の結果を伝えてきたのだ。
「皆さん、後藤さんも準優勝の結果を聞いて、大喜びでしたよ。皆すごいよって伝えてください、とのことです。それと五十嵐くん、君にはすごく感謝していたわよ」
感謝されていると聞いた浩平は、やはり照れ臭そうにする。
「俺はただ指揮棒を振ってただけですよ。後藤のおかげで皆の基礎がしっかりできてたから、テキトーな指揮でも上手くいっただけで」
すると、碧人が「こら浩平」と声をあげる。
「お前、なにケンソー?してんだよ。あれ、ケンソーじゃなくて、何だっけ香奈ちゃん?」
「えっと謙遜のことかな」
「そうそれ、サンキュ!お前が謙遜してると、肩車までした俺が大げさだったみたいな感じになるだろ」
碧人の言葉を聞いた浩平がククッと笑う。
「そうだな、悪い悪い。謙遜しすぎもよくないよな。というか、恥じることなく堂々と、割とポピュラーな「謙遜」を彼女に教えてもらってるお前を見てたら、照れ臭さとかどっか行ったわ」
浩平に少しバカにされた碧人だが、怒ることなく、にんまりと笑う。
「ふっ、そうだろ。頭が良くて頼りになる彼女がいる俺が羨ましいだろお」
しかし、そこで横から口を出してきた信介の言葉には、しっかり嚙みついたのだった。
「バカすぎるって理由で頭の良い彼女に愛想憑かされないようにしろよ、碧人~」
「はあ!?だ、大丈夫だもん!!」
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「だもん」という大柄な碧人にはあまり似つかわしくはない語尾に教室内が一瞬スンとなった後、帰りの会が行われた。ちなみに、3組の中だけで香奈だけは、碧人の「だもん」がかわいくて、少しキュンときてしまった。そして放課後になると、香奈は菜緒や羊子と共に、準備と同様に音楽会の装飾の片付けも手伝うことにして、碧人にまた先に帰っていてくれるように伝えた。すると、碧人は少し考えた後でニカッと笑った。
「今回は飾りつけじゃなくて、片付けだよな。それくらいなら俺にもできそうだし、手伝うよ。力仕事系あれば任せてくれ」
「ちょっと申し訳ないけど、正直助かる、ありがとう。素直にお言葉に甘えさせてください」
そこに、ちょうどその時に碧人の近くにいた信介もおもしろがって手伝ってくれることになり、美術部3人と碧人、信介が体育館に向かったのだった。
体育館では皆でおしゃべりをしながら作業を進めていく。ただし、陰キャを自称する菜緒は、運動できるキラキラ系男子たちとしゃべるのには、やはり多少の緊張をしているようだったが。それでも、それなりに和やかな雰囲気で過ごしていたところ、体育館に清水聖子がやって来た。少し距離があるために正確にはわからないが、断片的に聞こえる声の様子ではどうやら美化委員長の仕事で来ているようだ。委員長は大変だなあと思いつつ、香奈はイチ美化委員としてお疲れ様ですと心の中でつぶやいたのだった。同じく美化委員である信介は、「あいつ、また美化委員の仕事してんのかよ」と呆れていたが。しばらくすると美化委員長としての用事は終わったようだ。聖子は体育館を出ようとしたところで、香奈たち元美術部メンバーを見つけて、こちらにやって来た。
「お疲れ様。そういえばここの装飾は美術部がしてくれていたんだったわよね。私も手伝うわね」
手伝ってくれるという聖子に礼を言ってから、菜緒と羊子、香奈は「指揮者お疲れ様でした」と労いの言葉をかけた。
「ありがとう。でも、結果は悔しいわ。トラブルがあって大変だった3組にも負けてしまったんだもの。2組の皆は励ましてくれたんだけど、たぶん私の指揮のせいなのよね」
菜緒や羊子は「いやいや、そんなことないって!」とか「清水ちゃんの指揮も頑張りが伝わって来るいい指揮だったよ!」と言って慰めていた。香奈も慰めに加勢したかったが、聖子の指揮が少し悪目立ちしていたように感じたのは事実だった。聖子が自分の指揮の出来栄えをきちんと客観的に見つめようとしているところに、本心ではない慰めを言ったら、逆に聖子を傷つけてしまうかもしれない。そう思って、香奈は聖子に何と言おうか思い悩んでいた。その時、信介が香奈たち皆には思いもよらなかった行動をとった。美人で知られる聖子のきれいな両頬を、むにっと引っ張ったのである。
最近はかなり熱いので、お体ご自愛下さい。次回の更新は8/15(金)です。




