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六十七話 音楽会 その1

 香奈と碧人が給食室から3-3の教室に戻ると、その場ではちょっとした騒ぎが起きていた。皆の間で「どうなるかな?」とか「やばくね?」といった声が飛び交っていたのだ。いったい何があったのかわからずに不安になって、二人が近くにいたクラスメイトに聞いてみたところ、衝撃の回答が返ってきた。


「後藤が体調不良らしいぞ。今は田中先生が付き添って、保健室に行ってる」


後藤というのは、3年3組のクラス合唱の指揮者を担っている少女である。吹奏楽部に所属しており、音楽にも詳しいため、皆に的確な指示を出せる良い指揮者であると言えるだろう。指揮者としての責任感も強く持っていた彼女なので、体調管理もしっかりしていたはずだろうに。そう不思議に思って詳しく話を聞いてみる。すると、どうやら後藤は、香奈のご飯係の相方であり、今日から急にひどい風邪をひいて休んでいる鴨山と仲が良いらしい。そのため、鴨山の風邪が後藤にもうつっていたのだろうという見解が妥当だと考えられているようだった。だが、まだ希望はある。後藤は、今は保健室に行って休んでいるが、給食と昼休みの間にしっかり休めば、音楽会の午後の部の時間には体調が少し回復するかもしれない。3年3組の生徒たちはそう言い合って、互いを励まし合いながら給食の準備を進めた。しかし、その希望も、配膳作業が終わって給食を食べ始めた頃に儚く潰えることになったのだった。


「皆さん、食べながらでいいので、少し耳を傾けてください」


後藤に付き添って保健室に行っていた田中先生が教室に戻ってきたのだ。生徒たちは後藤の体調のことについてだろうと察し、かなり食いしん坊な数人を除いて食べる手を止めて、神妙な顔で先生の方を見る。


「後藤さんね、どうやら熱があるみたいなの。だから、非常に残念なのですが、音楽会の午後の部はお休みしてもらうことにしました」


田中先生からの悪いニュースを聞いて、生徒たちは一気にざわつく。それを制するように、田中先生は軽く手を挙げて紙片を取り出した。


「それでね、後藤さんから皆さんに伝言をお預かりしているんです。そのまま読むわね、ええと

『皆、指揮者なのに当日になって体調を崩すなんてことになってしまって、本当にごめんなさい。本当は直接謝りたいんだけど、受験生の皆にカゼをうつす訳にもいかないし、手紙で失礼します。私はこの通り体調を崩してしまった情けない指揮者だけど、練習してきた皆の歌はめっちゃ上手いし自信持ってください!応援してます!そして、もうひとつ……どうか、誰か指揮者の代理を頼む!マジごめん!!』

とのことです。私からもお願いします。誰か立候補や推薦をしてくれる子はいないかしら?」


皆が良い子な3年3組の生徒たちの中に後藤を責める声は、もちろん出なかった。むしろ、これまでの指揮者としての頑張りを知っているだけに、気の毒に思う生徒が多かった。しかし、だからと言って、後藤の手紙の最後にあった「お願い」を自ら進んで快く引き受ける人物はさすがにいなかった。「指揮者はどうするよ?」とか「お前やれよ」とか「無理だっての、お前がやれば」といった不穏な空気が流れる。そんな雰囲気を壊したのは、クラスの元気系キラキラグループと見なされている浦田碧人と井出庄司だった。野球部仕込みの彼らの声は、正直に言うと、少々うるさめだ。今は体育祭後に席替えをして彼ら二人の席は離れてしまっているというのに、二人で大きな声で話そうとするものだから、自然と他のクラスメイト達がしんと静まり返ってしまったのである。


「おい井出よ~」

「なあに碧人くん」

「代わりの指揮者さあ、浩平でよくね」

「だよね~。浩平くんなら一昨年も指揮やってたし、」

「去年も指揮やってたもんな。うし、決まりだ!浩平!」


碧人と庄司はここで会話を一区切りさせて、キラキラした瞳で浩平を見つめる。その視線を受けた浩平はハアッとため息をついた。


「決まりだ!じゃねぇよ、勝手に俺のことで話し合いやがって。槇原さん、ちょっとおたくの彼氏が横暴なんですが」


以前までの香奈なら、急にクラスの皆の前で話を振られてしまったらひどく動揺していたものだったが、最近は多少免疫がついている——というか、公開告白に比べたら、たいていのことはまだ恥ずかしさの点でマシだ——。そのため、緊張は少しするだけにとどめて、浩平に応えた。


「浦田くんが失礼なことをして、ごめんなさい。でも私、二人の言うことも合理的なんじゃないかなって思っちゃった。さすがに当日で練習時間もほとんどないから、代理をするなら経験者がいいと思う。だから、私からもお願い、五十嵐くん」


すると、浩平がむむむっという顔をして、もう一度ため息をついた。


「あーあ、今年はやっと指揮者から逃げられると思ったのになあ。そう理詰めで言われると断りづらいな。それに、槇原さんの頼みじゃ、聞かない訳にもいかないし」


碧人と庄司が「なんだその言い方!俺たちの頼みじゃ聞けないって言うのか!?」と騒いでいるのを無視して、浩平は「やります」と田中先生に伝えたのだった。



****


 指揮者が体調不良で交代という非常事態とあって、学校側も便宜を図ってくれたため、3年3組は昼休みには優先的にピアノのある音楽室で練習をさせてもらえることになった。浩平の指揮は、後藤のものに比べるとピアノとの合わせ方などの点でさすがに多少劣ったが、1、2年生の音楽会を経験しているだけあって、やはりそれなりに上手かった。英語教師なのだが意外と音楽に詳しい担任の田中先生からも「いいじゃない。急な代理としては文句なしよ」とお墨付きをもらえた。一通り練習すると、音楽会になると割と熱くなる田中先生を中心に「この調子で本番も頑張ろう!オー!」と円陣を組んで、皆で会場である体育館に向かったのだった。

 午後の部では、3年1組から順に3年の各クラスが歌っていく事になる。早速、1組が歌い始めた。香奈は1組の友人である羽田菜緒に「1組は知っての通り、岡田先生がいつでも熱血だからさ。本当に毎日、昼休みも放課後も練習してるんだよ~」と聞いていたが、その効果が実際に出ているようだ。リハで聞いた時も上手いと思ったが、本番の今回はリハで聞いた時よりもまた技術的にも声量的にもレベルが上がっていて、圧倒された。1組の曲に対する興奮が冷めぬうちに、今度は2組が歌い始めた。こちらはなんというか、微妙だ。聖子の指揮はたしかにビシッとしていて見ていて気持ちよいくらいなのだが、歌もピアノも下手な訳ではないし声も出ているものの普通なのだ。というか、歌とピアノの雰囲気に合わないほど指揮がビシッとしすぎていて、むしろ指揮が悪目立ちしてしまっているような……。2組の担任教師で理科担当の相田先生は音楽があまり得意ではないようなので、他のクラスに比べると少し不利だったのかもしれない。

 そしていよいよ、3組の出番になった。本来の指揮者不在である彼らは、上手く歌うよりも最後まで元気に歌うことが目標になり、軽い気持ちで歌うことができた。だからといってテキトーに歌うのではなく、後藤のためにも真面目に歌ったが。歌い終えた後に思い返してみると、軽い気持ちで歌えていたことで、観客に委縮せず、練習でやって来た時のようにのびのびと歌うことができていた気がする。浩平の指揮も、皆の歌にしっかり合わせながらも堂々としたもので、それも皆を安心させてくれていたのだろう。

 その後、各学年による学年合唱が歌われた。どの学年も、きちんと練習された良いもので素晴らしかった。そして、学年合唱が終わると、いよいよ音楽会のクラス順位発表が行われることになるのだった。


今回から少し音楽会が続きます。次回の更新は8/8(金)です。

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