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第六十五話 彼女のいない放課後

 香奈が音楽会の前日準備を手伝っている頃、碧人は教室で友人たちとおしゃべりに耽ってダラダラしていた。別に、彼女が教室に戻って来るのを待っている訳ではない。香奈には「部活の友達と帰るから今日は先に帰って大丈夫だよ~」と言われているので、待っていたらむしろ友達との時間を邪魔してしまうかもしれない。それでも放課後の教室に居座っているのは、なんとなく学校が終わってからすぐに家に帰る気分にならなかっただけだ。だが、しばらく時間が経つと、そろそろ帰ろうかなという気分になってくる。


「おう、井出。たまには途中まで一緒に帰ろうぜ」


碧人は断られるかもとはまったく考慮することなく、目の前にいた野球部の相棒の名前を呼びかけた。すると、庄司は申し訳なさそうに手を合わせる。


「ごめん、碧人くん。実は今日、理沙と帰る約束してるんだ」

「理沙?理沙って、西野の友達の、あの小宮理沙か?お前この前まで小宮さんって呼んでなかった?……え、なに、お前ら、そーなの?いつから?」


庄司はいやいや違うって~と頭をかいて誤魔化そうとしていたが、碧人に肘でつつかれると、碧人から目をそらしつつ「夏休み明けくらいからっす」とボソッと供述した。夏休み明けってことは、2か月前くらいか。冷静にそう考えたところで、碧人は遅れてやって来た大きな驚きに襲われた。


「はあー!?」

「わーごめんごめんごめん、黙ってたのは謝る!ちゃんと説明するから!!」


 庄司によると、理沙とは修学旅行から少しずつ話すことが多くなっていたが、夏休み中に碧人や香奈も参加したボーリングに行った時に連絡先を交換してから仲が深まり、今に至るということらしい。親友かつバッテリーである自分に彼女ができたことを隠しておくとは、井出のくせに生意気な。というか、俺の方は井出にかなり色々話してたよな、どう思われてたんだよ。碧人はそんなことを考えながら、「井出よォ、ってことはだ」と言いながら庄司と背中を軽くたたいた。


「お前はこの数か月に関しては、俺のこと、うだうだやっててダサいやつだなーって思ってたってことかあ?」

「……思ってないヨ。まあ、ちょっと碧人くん面倒くさいな~とは思わないでもなかったけど、って今のウソ!目が怖いって碧人くん!!」


このようなやり取りをして一通りふざけ合ったものの、なんだかんだ友人の恋が上手くいっているのは喜ばしいものなので、碧人は彼女のもとに行く庄司を快く見送った。とは言え、親友に自分以上に大切な相手ができたことはほんの少しの寂しかったりもする。碧人自身にも彼女がいることは棚に上げているが、やはりそれとこれとは別なのだ。すると突然、碧人はうしろ「碧人、わかるよ。その気持ち」と肩をポンと叩かれた。


「親友の幸せは嬉しいけど、ちょっと寂しいんだよね」


そう言って碧人に共感を示したのは、理沙の親友である西野花。周囲から美少女と噂される花は、にっこりと笑顔を作っていたが、目が全く笑っていなかった。「碧人、また明日ね」と言って上品に教室から出て行った彼女が、去り際に小さく「おのれ井出庄司め。私のりっちゃんを奪いやがって」とつぶやいていたことを、碧人は一生忘れないだろう。


 庄司に振られたし、浩平も今日は塾でいないし、今日はおとなしく一人で帰るか。そう考えて碧人が鞄を持って教室から出ようとした瞬間、よく見知った顔がガラッと教室に入ってきた。


「お、碧人!お前も今から帰りか?一緒に帰ろうぜー」

「おう、いいところに!教室にいないから、信介はもう帰ったのかと思ってたぜ」

「昨日理科のノート提出し忘れてたから、出してきたんだよ。そんで受験生の自覚が足りないって叱られてた」

「あーあの先生真面目過ぎて面倒くせぇもんな~」


最近は香奈との穏やかなおしゃべりを楽しんでから帰ることがすっかり日課となっているが、少し前までは小学校時代からの幼馴染の信介と帰ることも多かったので、自然な流れで二人は帰り道を共にすることになるのだった。



 運動部の中学生男子の漕ぐ自転車は速いため、あっという間に彼らの家の方に着く。信介と一緒に帰る時には、信介の家に寄り、碧人と信介に、彼の祖父である光定和尚も交えて三人でおしゃべりをするのが恒例だ。そして、この日もそれは例外ではなかった。ちなみに、香奈と付き合えたことについては、もうすでに碧人から和尚に報告しに来ている。自分で言わなくても、どうせ信介から伝わるだろうが、以前に和尚からも香奈のことについてアドバイスをもらったので、一応自分で直接伝えたのだ。その際には、和尚がいつも以上にたくさんのお菓子とジュースをくれたのであった。

 この日は、光定和尚が煎餅とポテチを出してくれたので、少年二人は嬉しそうにそれをつまむ。そんな中、和尚は碧人の方を見る。


「碧人くんはもう志望校を決めたんだってね」


碧人は口の中に入っているポテチをゴクッと飲み込んでから答えた。


「ああ、それも信介から聞いてるのな。うん、スポーツ推薦もらえたから、香奈ちゃんと同じA高を目指してみることにしたんだよ。次の期末で頑張らねぇとだから、明日の音楽会終わったら、香奈ちゃんたちに毎日みっちり勉強を教えてもらうんだけどな」

「そうか。碧人くんは努力家だからな。きっと、上手くいくだろうよ」

「ありがとなー、爺ちゃん!俺、頑張るよ!」


和尚はうんうんと目を細めて頷くと、今度は信介の方に顔を向けた。


「それに比べて信介。この辺でいっちばん学力いらないところってだけで、B高にするとは情けないんじゃあないか」


話の矛先が急に向かってきた信介はゲッと顔をしかめて、


「いーだろ別に。一応、公立で、ちゃんと受験はするんだしよー」


言い訳をしたが、その後で少し照れたように言葉を続けた。


「まあ、碧人もこっち来ると思ってたから、そこはちょっと寂しいけどなー」


それを聞いて、和尚も「たしかに、そうだな」と同意する。そんな孫と祖父の様子を見た碧人は、「バーカ」とニカッと笑って、信介と和尚と肩を組む。


「何言ってんだよ。こんな近所なんだし、二人とも俺の大事な友達だろ!高校入ってからだって、こうしてしょっちゅう遊びに来るつもりだっての!」


そんな碧人の言葉を聞いた二人は「碧人~/碧人く~ん、愛してる~!」と言って、喜ぶのだった。


 彼らの仲良しムードがいったん落ち着くと、光定和尚が「でも、寂しいと言えばよ」と口を開く。


「清水んちの聖子ちゃんとも、高校別々になるだろ。信介、お前、寂しいんじゃないのか?」


そう尋ねられた信介は一瞬ポカンとしてから、祖父に質問を返す。


「聖子?あいつの志望校知らないけど、爺ちゃん知ってんの?」

「おう、E女子高だってよ。ちょいと遠いからな。通うの大変そうだよなあ」

「ふーん。まあ、寂しいとかはないけどな~」


信介は聖子の志望校について薄い感想を返しただけで、その場では話題を変えた。しかし、平静を装っている友人のそんな様子は、碧人から見るとかなり寂しそうなものに見えた。それは和尚も同じだったらしい。碧人と和尚は目を合わせて、こいつも素直じゃないよなと苦笑いし合ったのだった。


次回の更新は7/25(金)です。

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