第六十四話 一緒がいい
自分の友人たちと香奈との意味ありげな別れ方を見た碧人は、いったい何があったのだろうと不思議に思い、香奈に問いかけた。
「あいつらに『ありがとう』って、なんかあったの?」
「……えーと、ひみつ」
教えてもらえなかったのは少し寂しいし、嫉妬したくなるものもあるが、香奈の「ひみつ」の言い方がかわいかったから許せてしまう。そんなことを考えていたら、香奈が何かを言いたそうにしていることに気が付いた。もういつもの帰宅時間よりも少しばかり遅くなっているが、こういう時は聞いておいた方がいいだろう。
「香奈ちゃん。もしかして、俺に何か言いたいこととかあったりする?」
そう尋ねられると、香奈は「バレた?」と照れ笑いする。そして、すうっと深呼吸をすると、碧人の方を見つめた。
「あのね。さっき昼休みに浦田くんは、まだ志望校は決めてないって言ってたでしょ?」
「お、おお。早く決めないと、と思ってはいるんだけどな~」
碧人は内心ドキッとしながら頷く。田中先生にかなり頑張らないといけないと脅されたことでビビってしまい、香奈と同じ高校に行きたいという思いを彼女に伝えることができずにいたのだ。香奈はいったい、自分に何を言おうとしているのだろう。そう思っていると、短い一言が耳に入ってきた。
「嫌なの」
普段は基本的にしっかりしているイメージの彼女から、突然、幼い子供のような言葉が出てきた。しかも、前の会話の情報と組み合わせても、何が嫌なのかがよくわからない。碧人は思わず「へ?」と声が出る。香奈は碧人が戸惑っていることに気づいたらしく、「あ、今のじゃわからないよね」と恥ずかしそうに謝って、説明し始めた。
「私ね、浦田くんにA高が志望校だよって言ってほしかったの」
「え?」
「実は弟経由で、浦田くんがA高のスカウトもらってるって聞いて。その、それで、私もA高志望だから、浦田くんが一緒の高校に行けたら嬉しいなって……。でも、他の強豪校からもお誘いもらってるだろうから、そっちの方が良いとかもあるだろうし、それならむしろそっちを優先してほしいし、とかいろいろ考えてたの。だから、浦田くんから志望校に迷ってるって聞いても、仕方ないかって思ったんだけどね——」
そこで香奈はいったん言葉を区切る。そしてグッと碧人の方に身を乗り出した。
「ついさっき、五十嵐くんと井出くんから聞いたんだよ!浦田くんはもう、志望校を決めてるはずだって。だから、その、本当のところはどうなんで、しょうか……?」
珍しく威勢よく話し始めた香奈だったが、恥ずかしくなったらしい、徐々に少したどたどしく小さな声になっていた。だが、その香奈の言葉に込められた思いは、碧人の心にしっかりと届いた。
香奈が、自分と同じ高校に行きたいと思ってくれていることが素直に嬉しかった。好きになったのは自分の方が先だったし、なんとなく香奈と自分とでは「好き」の大きさに差があるのではないかと思っていた。しかし、そんなことはない。香奈は自分——浦田碧人——のことを大切に思ってくれていたのだ、という事実に気づかされる。碧人は自身の頬をバチっと叩いた。思っていた以上に良い音が出て、香奈を少し心配させてしまった。「大丈夫」だと香奈を安心させてから、碧人は香奈の目を真っすぐ見つめる。
「ごめん香奈ちゃん。うん、あいつらが言ってた通り、俺の志望校は決まってる。でもな、田中先生に、その高校だとスポーツ推薦でも今学期の期末で良い点とらないとダメだって言われてさ、不安になっちまってよ」
香奈は微笑みながらも「A高だとテストで……そっか」と少し寂し気に相槌を打った。碧人はそんな香奈を見ながら、そこでニカッと笑顔を作った。
「でも、悩むのやめた!俺やっぱA高っつうか、香奈ちゃんと同じ高校行きたい!というか、香奈ちゃんも俺と同じ高校に行きたいって思ってくれてるんなら、悩んでる場合じゃねぇよな。勉強しまくって、何が何でも期末で良い点とってやる!!」
香奈は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに慌てたように言う。
「え、でも、いいの?勉強しなくてもいい他の高校のスポーツ推薦が使えるなら、そっちの方がいいんじゃ——」
「嫌だね。俺は香奈ちゃんと一緒がいいの!ただ……毎度のことで悪いんだけどさ、勉強手伝ってくんない?今まで以上に厳し目でさ。勉強できないダサい彼氏で悪い」
手を合わせて「頼む」と言ってくる碧人を見て、香奈は笑顔になったが、その瞳は少し濡れていた。
「……私の彼氏は全然ダサくないよ。もちろんだよ、一緒に勉強頑張ろうね」
香奈と碧人はにっこりと笑顔で目を見合わせたのだった。
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香奈が碧人の志望校を聞いた日から数日が経過し、生徒たちが練習を重ねていた音楽会がいよいよ明日に近づいた。そんな十月末の音楽会前日の放課後、香奈は彼氏の碧人といつものように駐輪場まで歩く、ことはせずに、体育館の中にいた。この弥生中学校では毎年、音楽会の際には会場となる体育館を装飾することになっているのだが、その装飾は主に美術部が受け持ちなのだ。本来は1、2年生の部員が行うものなのだが、今回は秋の寒暖差の影響で数人が体調不良になり人手不足となってしまったため、引退した3年も後輩たちの作業を手伝いに来ていたのである。
香奈は美術部仲間の菜緒と羊子と共に、階段を上り、体育館上部にあるギャラリーの柵に装飾をつけていた。最初は真面目に作業を行っていた彼女たちだったが、少しすると飽きてきたのか、菜緒がニヤっとして香奈の方に顔を向けた。
「ねえ、香奈ちゃん。最近は彼氏さんとはどうなんですか?」
「ええ?」
香奈が突然の質問に動揺していると、羊子もおもしろがってのってきた。
「私も気になるな~。槇原ちゃん、ちゃんと彼氏と仲良くしてるかい?」
「えっと、その~」
素直にのろけられる性分ではないし、照れくさいからこの話題は避けたいところではあるが、二人にはなんだかんだ碧人のことで相談に乗ってもらってきたのも事実だ。多少は状況を報告する義務がなくもないかもしれない。そう思った香奈は、かいつまんで、碧人と同じ高校を目指すことになった流れを説明した。
「なるほど、彼氏彼女で同じ高校を目指すね……しっかりカップルできてるじゃないの」
「うわ、なんかいいな~。なんかリア充っぽくて羨ましいよ、香奈ちゃん!」
あまり自覚はなかったが、友人たちにしっかりカップルっぽくなってるね、と改めて言われると、やはり照れくさいものがある。少し頬が熱くなってきた気がする。
「おやおや、槇原ちゃん、顔が赤くなってるよ」
「あら、香奈ちゃんったらかわいい!でも、それはさておき、もっとのろけ話を聞かせなさーい!今日はいろいろ聞いちゃうからね~」
香奈はこうして部活友達二人にいろいろ話を聞かれつつ、恥ずかしいながらも何だかんだ楽しんで、音楽会の準備に取り組んだのだった。
次回の更新は7/18(金)です。




