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第四話 放課後の忘れ物

 香奈のクラスで席替えがあった日の一週間ほど前。野球部での活動が終わった後、碧人は庄司と並んで昇降口で下履きに履き替えていた時に、自分が教室に忘れ物をしたことに気づいた。机の横に水筒をかけたままにしてしまっていたのだ。ちなみに、運動部であるにもかかわらず、彼が部活終業後まで水筒を忘れたことに気づかなかったのは、碧人が部活中に水分補給を怠っていたせいではない。というのも、彼は毎日、授業用と部活用として水筒を二つ持ってきており、彼が教室に忘れたのは放課後の部活動の時間になるまでに既に飲み終わっていた授業用の方の一本だったのである。


 「少し鞄が軽いと思ったら、教室に水筒忘れてきちまったみたいだな。井出、俺は教室に忘れ物取りに行ってくるから、今日は先に帰っててくれ」

「なんだ碧人くん、水臭いこと言うなよ~。教室にある忘れ物を取りに行くのくらいここで待ってやるから、早く行ってきなよ」

「おう、ありがとな。それじゃ、ちょっと荷物見ててくれ。すぐ取って戻ってくっから」


庄司にそう言って自分の荷物を預け、碧人は教室に向かって走っていった。それからしばらくすると、昇降口に顔立ちの整った利発そうな少年がやって来た。


「あれ、庄司じゃん。お前こんなところで一人で何してんの?」

「浩平くん!今、碧人くんが教室に忘れ物を取りに行ったのを待ってるところなんだよ。浩平くんはこんな時間まで学校で何してたの?」

「俺はさっきまで生徒会の仕事だったんだよ。碧人は忘れ物か、あいつも抜けてるところあるよなー。でもそういうことなら俺もここで待って一緒に帰るわ」

「生徒会か、さすが生徒会長、お疲れ様っす!待ってる間に肩でもお揉みしましょうか?」

「おー、くるしゅうない、くるしゅうない」


という感じで庄司と浩平が部下と社長のような関係を築いている一方、3年3組の教室の前まで来た碧人は、教室に入らずになぜか固まっていた。彼の視線の先には、一人の少女がいた。肩より少し長いくらいの黒髪を一つにまとめ、眼鏡の上の前髪は眉のあたりできちんと切りそろえてあるために真面目そうな印象ではあるが、意外と愛らしい顔と小柄な体格、そして白い肌からはかわいらしさも感じられる。あれは槇原香奈って子だ。たしか、おとなしいけど、学校一の優等生っていうので有名だったはず。真面目な子なんだろうなー、俺みたいなタイプとは全然違う感じがするし。あの子も忘れ物でもしたんだろうけど、なんか気まずいな。水筒は、あの子が帰ってから回収するか。

 

 碧人が睨んだ通り、少女も忘れ物をしていたようだ。彼女は机の中に入れっぱなしになっていたらしい筆箱を鞄に入れて、ほっと安心した表情を見せていた。教室の外にいる碧人には気づいていないようだ。忘れ物を回収できたのだからすぐに帰るのだろうと思っていたら、今度は碧人の予想は外れた。なんと彼女は、位置が乱れている机の位置を整え始めたのだ。誰に言われた訳でもなく、自主的にそのような行動をとるなんて、碧人には考えられないことだった。しかしそこで碧人は、以前に祖父が言っていたことを思い出していた。彼の祖父曰く、環境を整えることは社会の乱れを和らげ、それが人々の心をきれいにすることにつながるらしいのだ。槇原香奈はああすることで、俺たちの心をきれいにしてくれているのかもしれない。さらに机を整えた後に彼女は、黒板に書いてある日付をきれいな字で明日のものに変え始めた。そういえば3年に上がってこのクラスになってから黒板の日付の字はいつもあのきれいな字だったな、いつもあの子が書いてくれてたのか。いい子だな、碧人はふとそう思った。ただ気になることがひとつ。彼女にとっては書く位置が高すぎるらしく、背伸びをして日付を書いているのである。一生懸命踵を上げて腕を伸ばしているその姿は正直——かわいかった。

 黒板の字を書き終えた少女が教室を出ていくと、碧人は彼女と入れ替わりに教室に入って水筒を手に取り、すぐに友人の待つ昇降口に踵を返した。ちなみに、彼女が教室から出てきた時には、碧人は、それまで彼女を見ていたことがばれないように今教室の前に来たところですよ~感を装っていたが、すれ違う時に彼女が目を合わせて自分に軽く会釈をしてくれたことに少しキュンと来ていた。碧人が昇降口に戻った時には、庄司と浩平が彼を待ち構えていた。


「待たせたな~って、おう浩平もいたのか」

「ああ、庄司とばったり会ったんでな。ってか、お前なんか顔が赤い気がするんだけど」

「あれ、本当だ。碧人くん、顔赤くなってるよ。どうしたの?」

「うるせいな、なんでもねぇよ」


友情とは恐ろしいものだ。仲が良いゆえに隠したいことさえバレてしまうのだ。赤くなった碧人を見て、かまをかけたのだろう。浩平はこう言った。


「そういえばさっき昇降口に槇原さんが来たけど、碧人会ったか?」

「え、えーとだなっ。あ、会ってない…、いや…会った。ってか俺の顔が赤いのと槇原さんは関係ないだろっ」

「ほ~碧人、かわいいやつめ。わかりやすいなーお前は。歯切れ悪すぎるだろ」

「え、なになに?碧人くんそういうことなの!へぇ~」

「あぁ?ち、違うからな!あーくそ、二人とも帰るぞ!」


口では自身の顔の赤さと香奈との関係性を否定しながらも、碧人は今後自分が彼女を目で追うことになるかもしれないという予感を感じていた。


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