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第三話 母と恋バナ

 明らかに疲れていますと言っているかのような表情をした少女が、よろよろとした足取りで家のドアを開いた。


「ただいま~」

「おかえり、香奈」


少女を出迎えたのは彼女の母親、絵里である。


「あら、ずいぶんと疲れていそうな顔をしてるじゃないの。今日は体育があったんだっけ?」

「いや、私が疲れてそうだと一番に思いつく原因は体育なの!?そりゃ、たしかに私は運動

がニガテどころが、嫌いだけどさ。今回のはもっと精神的な疲れなの。今日席替えがあったんだけど、それで隣とか近くの席になった人たちがどう考えても騒がしそうな人たちで。別に地味な私なんて気にされないとは思うんだけど、万が一変に絡まれたりしたらと思うと少し不安なんだよね」


絵里は、それを聞いて嬉しそうな表情を浮かべる。彼女はどうにも仲の良い友達が少なそうな娘のことを心配しているので、香奈が新たな友人を作れそうな席替えというイベントが発生したことを喜んでいるのである。


「席替えがあったのね、いいじゃない。今まであまり話せてなかった子たちとも、もっと仲良くなれるかもしれないし」

「まあ、そうだね。私の前後になった女の子たちは同じ小学校出身で前はそれなりに話してたけど、中学校に入ってからは1、2年の間クラスが違ってあまり話さなくなっちゃった子たちだから、また仲良くなれるように頑張るつもり」

「えらいぞ、頑張ってね!ところで…」


 クラスメイトと仲良くなろうとする娘のやる気に嬉しさを見せながらも、絵里はそこで一度言葉を切って、目を輝かせながらにやにやとした笑みを浮かべた。


「…ところで、何?」

「いや、気になることがあってね。その騒がしそうな子たちって男の子?隣の子はイケメン?」

「うーん、まあ、イケメンな方ではあると思うけど。女の子たちから人気そうではあるし」

「じゃあ、絶対アピールしないと!香奈の彼氏候補だね~」

「あれ、おかしいな?お母さん、さっきの私の悩みは聞いてなかったのかな?私、その人たちに絡まれたりしたら嫌だなーって言った気がするんだけど、気のせい?」


香奈は自分の悩みなど真剣に聞いてくれていないようである母にため息をつきつつ、しかたないかと諦めた。彼女の母である絵里は大のラブストーリー好きで、小説だろうが漫画だろうが甘い恋愛要素の詰め込まれた話を好む人なのである。そしてそんな彼女にとっては、現実における恋バナももちろん大好物なのだ。そのため、いつも恋愛っ気のない様子の娘の生活を物足りなく思っている。だからこそ絵里は、これは香奈に恋愛をさせる一大チャンスだと気持ちが高ぶっているのだろう。しかし盛り上がっているところ悪いが、そういう可能性はないはずだと早めに母に伝えておいてあげるのも、優しさだろうと香奈は考えた。


「あのね、おかあさん、私は地味な女子で、あっちは人気者の男の子。それなのに恋愛とか生じる訳がないでしょ」

「いやいや、そんなことわからないでしょ。それに別に香奈はおとなしいかもしれないけど、目立たない子ではないはずだし。その隣の男の子とは今日は何か話さなかったの?」

「私が目立つ方なはずないじゃない、何言ってるんだか。えーと、話したかどうか?よろしくって、あいさつしたくらいだよ」

「えぇ~、それだけなの!つまらないじゃないの、もっと他に何かないの?」

「もっとー?あ、そうそう『俺の名前覚えてる?』って聞かれて、覚えてるよって答えたら、なんか想像以上に嬉しそうな顔されて…、あれは少しびっくりしたかも」


香奈は彼との少ない会話の内容を思い出して、母に話した。ただし、彼の名前をきちんと憶えていなかったところは華麗に隠している。


「香奈、本当にその子の名前覚えてたの?怪し~」

「いやだなー。お、覚えてたに決まってるじゃん、ハハハハ」


実の母親には香奈の嘘はバレているようだ。絵里はじとーっとした目で香奈を見つめた。しかし再び顔をキラキラとさせて、頭を恋愛モードに切り替える。


「でも、そんなに嬉しそうにしてたなら、その男の子って香奈に自分の名前を覚えてもらえていたことを喜んでたんだよね?それなら、もしかしたらその子、香奈に気があるのかもよ~」

「まさか、相手は女子にも人気の野球部のエースだよ。そんなの絶対あるわけないって」


すっかり恋愛モードになっている母とは対照的に、香奈は自分と人気者の少年の間に恋愛が生じる可能性を、極めて冷静な様子で否定した。香奈はそれほど恋愛に興味がないタイプであり、好きな漫画のジャンルもバトル物の少年漫画が多く、ラブコメは嫌いではないが、母が好むような甘々のラブストーリーは正直ニガテなのだ。そのため、自分と恋愛なんていうものは縁遠いものだと考えていたし、恋愛をしたいとか彼氏が欲しいとかといった思いもまったく持っていなかったのである。


「も~、香奈はそういうところドライだよね。お母さんは全然あり得る話だと思うんだけどな~」

「はいはい、そうかもしれないですね~。じゃあ、私もう着替えてくるから」


香奈はそう言って、母の恋愛トークから逃げ出した。浦田くんが自分に気があるなんて、そんなこと、ある訳ない。はあ、明日から新しい席で上手くやっていけるかなあ、と香奈はそう思っていた。だが、この恋愛トーク、香奈よりも母の方が実は正解だったりもしたのである。




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