騎士団長の息子、名前が長すぎてリストラされる。
「キッシー、お前の名前ってコスパ悪いから首にしていい?」
令和六年春、俺こと騎士団長の息子は突然王太子から戦力外通告をされた。
「で、殿下、コスパってどゆ事ですか」
「そのまんまの意味だよ〜。ほら、きしだんちょうのむすこって打ち込むのスゲえマジメンドイやん?それにお前、俺が婚約破棄してる間、基本突っ立ってるだけで、何も仕事してないし」
「うぐ」
反論出来ない。確かにここ最近、脳筋キャラも宰相の息子とのライバル関係も主張してないもんな。要るか要らないかで言うと、実際要らないわ俺。
「どーやら、クビになる理由はちゃんと理解出来てるみたいだね。じゃ、来月からは俺・ピンク・宰相の息子のトリオでやってくから、お前はあっち側で頑張ってね」
「…ッス」
「キッシー、今まてありがと。じゃ」
こうして俺は婚約破棄テンプレをクビになった。翌日、引っ越しの為に私物を纏めていると、昔の集合写真が見つかった。
「うおっ、懐かし」
平成二十六年に撮影したその写真には、俺含む婚約破棄テンプレの結成メンバーが勢揃いしていた。
「あの頃は悪役令嬢の弟や先生や商人の息子も居て、賑やかだったよなあ」
昔の婚約破棄ものは、ざまぁキャラそれぞれに個性があり、彼らが落ちぶれるまでの話がじっくりと描写されていた。しかし、時代と共にテンプレがどんどん簡略化されていき、読む側も書く側も『もうこいつらの事、説明要らないよね?』という暗黙の了解の下、描写が省かれていき、メンバーも一人また一人と消えて行った。
悪役令嬢の弟はたまにゲスト枠で出演するが、先生と商人の息子はレギュラーで無くなって以来、殆ど見ていない。俺もこれからそうなって行くのだろうか。そんな事を考えていると、電話が鳴った。
「あ、もしもし。僕だけど」
電話の相手は宰相の息子だった。
「殿下から聞いたよ。君、婚約破棄メンバー降ろされたんだって?」
「ああ。存在価値が無いとハッキリ言われた」
「まあ仕方無いよ。今までもコストカットを理由に、二年ぐらいおきにメンバー減らしてたし、多分僕も長くは無いだろうね」
宰相の息子の弱気な発言に対し、俺は励ます言葉を持ち合わせていなかった。王太子・ピンク・宰相の息子の中から次にリストラするなら間違いなく宰相の息子になるのは誰が見ても明らかだし、俺とセットで売っていた彼にとって、俺の引退は確実にマイナスとなっている。
「…ねえキッシー、話変わるけどさ」
「何だよ」
「このままのペースだと、令和十五年ぐらいには、婚約破棄は王太子のワンマンショーになってそうだね」
「婚約者も浮気相手も居ないパーティ会場で、やってもいない婚約を破棄して、相手不在て真実の愛を貫くのかよ…ねーわ」
ちょっと想像してみたが、流石に頭おかし過ぎてそんなテンプレにはならないだろうとの結論に至った。
「他に話す事は無いのかよ?」
「うん、今の所さんは」
「じゃ、切るぞ」
「引っ越し先が決まったら連絡してよ。じゃあね、キッシー」
これが、俺と宰相の息子の最後の電話となった。長年のコンビなのにあっさりし過ぎだとは思うが、先生や商人の息子とも直ぐに疎遠になっていたから、実際こんなもんだとも思う。
で、俺が正式に婚約破棄テンプレを抜けて、彼らを冷めた目で見るモブの側になってから九年。令和十五年の現在テンプレはどうなったかと言うと…。
「婚約破棄だああああ!!」
宰相の息子の予言は当たった。ピンクも悪役令嬢も引退し、王太子はたった一人で婚約破棄テンプレをやり続けている。
「あなた、アレは一体何なのかしら?」
「目を合わせるな。婚約破棄されるぞ。もしくは、真実の愛の相手に認定されるぞ」
俺は妻の手を引き、そっとパーティ会場を離れた。今や婚約破棄テンプレは、春先に現れた婚約破棄を叫ぶ不審者を横目で見ながらカップルがイチャイチャする話となってしまった。
読者感想は『あの王太子何がしたかったの?』というので溢れているが、大抵の作者は『彼は頭がお花畑なんです』の一点張りで答えた気になっている。実際には二十年に渡る描写と人員の省略により、作劇として成立しなくなっているだけなのだが、その責任を王太子一人に全て被せて皆が納得している。
そもそもの話、王太子は元々は愚かでは無かった。なんせ、彼は乙女ゲームのヒーローだったのだ。衛兵程度では止められるはずも無いし、悪役令嬢と一対一でやりあって普通に勝てるポテンシャルを持っていたし、国政も問題無く行えた。というか、それが乙女ゲームのヒーローの最低ラインであり、そこを達成していない男に、プレイヤーが恋できるはずも無い。
いつからだろうか?王太子が政治音痴になったのは。
いつからだろうか?ピンクが当たり前の様にヒロインらしからぬ冤罪作りに没頭する様になったのは。
いつからだろうか?まだ本編が終わっていないのに、俺達が性行為をする様になったのは。
「離せー!俺は乙女ゲームの王太子なんだぞぉ!俺が、俺だけがこの世界で正解なんだ!」
衛兵に簡単に取り押さえられた王太子の悲鳴がパーティ会場の外まで聞こえる。
「俺は見たんだ!悪役令嬢がピンク髪の男爵令嬢を階段から突き落とすのをっ!皆もそう言っている!」
本当に酷い、耳障りな大声を発する王太子。その姿はとても乙女ゲームのヒーローには見えないし、こんな奴との恋愛をするゲームが売れたなんて設定には説得力が皆無だ。
まあ、そんな事今の俺には関係無い。俺は妻を抱きしめて思いを伝えた。
「君を愛している」
「私もよ」
この話はフィクションです。実際のフィクションとは異なるフィクションであり、フィクションとは一切関係ありません。