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第9話 ミリアムとミリー

「無事に戻られて良かったです」


アンリエッタとモリーは、リチャードが無事に帰ってきたことを心から喜んでいる。


「魔鉄はアトリエに入れて、明日の引き渡しまで憲兵が見張りを引き受けてくれました」


「子爵領の憲兵は、優秀な上に人助けまで率先してくれるのですね」


アンリエッタとモリーは、顔を見合わせて目まで輝かせている。


子爵領の憲兵は確かに優秀で親切かもしれないが、個人の商団のアトリエの護衛をする程暇ではない。


リチャードの幼馴染みである憲兵隊長のオーバンの指示で、見張りを引き受けてくれたのだ。


「特に憲兵隊長のオーバンは、優秀な男です」


「まあ、リチャード様がそう言うなら、よほど優秀なのですね」


アンリエッタは、オーバンという名をおぼえておこうと思う。


「それで、魔鉄が盗まれた事と、取り戻したことを5人には話すのですか?」


リチャードとしては、アンリエッタに任せたいと思っている。


「ええっ、隠したところで領内の事です。直ぐに耳に入るでしょう」


アンリエッタは最初から、隠すつもりはない。


「魔鉄を盗んだ神父の娘だったんですよね。どうされるんですか?」


モリーは、どちらかといえば、自分と近い立場の娘が今後どうなるのか心配だった。


「それは彼女自身が、どうするつもりなのか決めることでしょう」


アンリエッタの言葉は、どこか突き放しているようにも聞こえるが、実際には彼女に選択肢を与えたいと思っている。


◇◆◇


 アトリエに早く着いていたミリアムは、アンリエッタとモリーが入ってくると、椅子から立ち上がる。


「子爵夫人、父が魔鉄を盗んだって聞きました。雇ってもらったのに、すみません」


その場にひざまずき床に頭をこすり付けるミリアムに、アンリエッタは手を差しのべた。


「今回のことは残念だったけど、あなたが関わってなくて、安心したわ」


「父が魔鉄を盗んだのに、私を疑わないのですか」


ミリアムは、自分が手引きをしたと疑われていることも覚悟していた。


疑われても、憲兵に引き渡されても仕方がないと思っている。


「信じていたというより、知っていたという方が正しいかもしれません」


「それはどういう?」


「隠れていないで、出てきたら、ミリーさん」


「分かってたんですか。最初から何もかも」


入り口の外で様子を伺っていたミリーが、アトリエの中に入ってくる。


「私に分かっていたのは、あなたがクローデル神父の娘で、父親に命令されて魔鉄を盗んだということだけです」


「え、ミリーさんが父の娘と言うのは、どういう意味ですか?」


寝耳に水の話に、ミリアムはアンリエッタとミリーの顔を交互に見比べている。


「私はあなたたち、クローデル家の人間に会うことを禁じられた私生児よ」


ミリーはまるで、自分の出生を呪うような言葉を投げ付ける。


「父が母以外の女性に生ませた┅┅」


ミリアムにとっては、母親を裏切った証拠が目の前に現れたようなものだ。


「2度と目の前に現れないと約束するわ」


ミリーはアンリエッタとミリアムに頭を下げてアトリエから立ち去ろうとしている。


「待って。父が憲兵に捕まったのは、あなたの仕業なの?」


ミリアムは神父の父が魔鉄を盗み浮気をして、子供までいる事実を受け入れることが出来ずにいる。


「旦那様が、お嬢様にバレぬように、魔鉄を盗み出せと命令されたのよ」


ああ、本当なんだ。


父は私生児とはいえ自分が産ませた娘に、旦那様と呼ばせ姉をお嬢様と呼ばせるような人間だったのか。


ミリアムの中に残っていた父親への尊敬の念が崩れ去っていく。


「アンリエッタ様は、こんな私に仕事を下くれた恩人だから、本当は裏切りたくなかった」


「だったら何故、魔鉄を盗んだの」


ミリアムが悲痛な声をあげた。


「魔法契約書を交わしたから、調べれば自分が盗んだとバレると分かっていたのでしょう。それにミリーは私を、このアトリエを裏切るつもりは、最初からなかったのよ」


アンリエッタの言葉にミリアムは、契約書の内容を思い出していた。



『契約書で交わした契約者を裏切る、もしくは盗みを働いた場合には、魔法契約により契約書に裏切りの刻印が刻まれる。


損害の2倍の価格を契約者に差し出す。


裏切りの刻印は赤。


盗難の刻印は黄色


契約者がサインをした契約書に刻印が浮かび上がるものとする』


魔鉄を盗んでいたのはミリー。


黒幕は、ミリーの父親である神父の邸宅に魔鉄を隠していた。


ミリーは父親に恨みがあり、契約書でバレることを画策していた。


その為、裏切りの赤い刻印は表示されずに、盗難の黄色い刻印がミリーの契約書に浮かび上がって、犯人だと分かったのだ。


「確かに、そんな契約書でした」


初めから裏切ることなど考えもつかないミリアムには、契約書の中身を吟味する必要などない。


「まあ、親父さんは、うちのライバルであるノーン商会に、そそのかされたんだろう」


話に入る切っ掛けを待っていたリチャードが、アトリエに入ってきた。


ノーン家はダイバス家とライバル関係であり、ダイバス家が魔鉄を作れるようになったことを耳にした。


商家のノーン家は元々、魔岩石を輸出して魔鉄を輸入している為、魔鉄を盗んでアトリエを潰すことを企んだのだろう。


ノーン家は自分の手は汚さず、癒着のあるクローデル神父に儲けは山分けすると言って魔鉄を盗ませる。


「リチャード様にも、申し訳ありませんでした。罪を償えと言うのであれば、憲兵所に行きます」


ミリーは罪を告白して、罰も受け入れるつもりでいた。


「いや、いや、ミリーさんは最初から魔鉄をクローデル神父に渡すつまりなんてなかったでしょ」


リチャードが、頭を下げ続けるミリーの顔を上げさせる。


「それは勿論よ。皆で作った魔鉄ですから」


ミリーの目は真剣で、それが真実だと語っている。


「だったら、なんの罪があると言うの」


アンリエッタはミリーの手を取り、反対の手でミリアムの手を取る。


「いきなり姉妹には、なれないかもしれないけど、ミリーさんはアトリエの仲間ですね」


ミリアムは、今回の事件の一番の被害者がミリーであることをやっと理解出来た。


「お嬢様」


ミリーは涙ぐんでいる。


「お嬢様はやめて。今はまだミリアムで」


お嬢様は違うけど、まだお姉さんと呼ばれるには、お互いに距離を感じている。


だから今まで通り、仲間として名前で呼んでもらいたいと見リアムは思う。


ミリーに罪はなくとも、心の中に母を裏切った証のように感じてしまう自分がいる。


「ミリアムさん、ありがとう」


ミリーは泣きながら笑った。


◇◆◇


 クローデル神父は免職となり、後継者のヤニックが神父を引き継いだ。


神父も信徒も、魔鉄を盗んだ以外にも教会に武器を持ち込み憲兵に抵抗したことで、他にも罪状がないか取り調べが続きノーン家との裏取引が疑われている。


そして魔鉄は無事に職人の元へ届けられて、魔剣や魔道具の製作が始まろうとしている。


◇◆◇


『「アンリエッタ、子供の祝い返しは、子爵家の抱える大型船舶がいいね」


クルーシェ夫人の無茶な要求に、アンリエッタは子爵に跪いて許可を取っている。


遠い異国との取り引きでも利用できた大型船舶のおかげで、安定した資金を稼いだ男爵家は、子爵家にたかってくることも減っていった。


テレビのチャンネルを変えたように、場面が移り変わる。


数年経った頃、男爵家に譲られた大型船舶が嵐に遭い海の藻屑と消えたと新聞で知らされる。


アンリエッタが知るよりも、早く情報を掴んでいたはずの男爵家から、何の報せもないことが不安だった。


実は子爵家のお金で、保険をかけていたおかげで(所有者の変更時に、保険の受取人を変更しておいた)新しい大型船舶を買ったことが判明。


しかも保険で積み荷の保証までされている。


男爵家は、保険料を払っていた子爵家に新しく手に入れた大型船舶を奪われるのではないかと恐れて、連絡をしてこなかったのだ』



ガバッ


アンリエッタは、自室のベッドで目を覚ます。


ああ、また前世の夢か。


無理だと言っても、クルーシェ夫人は譲らずに、脅されて大型船舶を返礼の品として奪われた。


しかも子爵家の支払った保険金で新しい船を手に入れるなんて、絶対に許せない。


前世の私は何一つクルーシェ夫人の要求を退けられなかった。


いいえ、せっかく生き直した今世でも、言いなりになっているだけ。


子爵家もブルークも子供も、絶対に守ってみせると誓ったのに。


でも、どうやって?


アンリエッタはベッドの上で考えを巡らせている。


子爵家の所有する大型船舶について調べなくてはいけないわ。


「モリー、支度を手伝って。アンドレにお会いしなくては」


子爵家のことであれば、執事長のアンドレに聞くのが一番。


アンリエッタは着替えて身繕いすると、アンドレの執務室を訪ねた。



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