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第7話 魔鉄の盗難

 魔鉄を作る練習をしていた5人が、順調に魔鉄を作れるようになった。


そしてアトリエの魔鉄を魔剣や魔道具を作る職人に届ける前に、執事長のアンドレに進捗具合を報告しに執務室を訪れる。


「最近はお忙しくされていて、こちらには顔を出されなかったのに、どうされましたか」


実は、アンドレに顔を会わせるのは数日ぶり。


「魔鉄の数が揃ってきたので、職人の方たちに届けようと思っているのですが、そのご報告にあがりました」


アンリエッタはアンドレにうながされて、ソファに腰掛けながらアンドレの言葉を待つ。


「事業に関しては、順調に進んでいるとのこと、おめでとうございます。ですが、まず報告は旦那様にすべきです」


「分かっているのですが、なんとなくお会いしづらくて」


「だったら余計に会いに行くべきではないでしょうか」


アンドレの厳しい言葉が、正しいことはアンリエッタにも分かる。


でも、愛する夫に拒まれたり、余計に嫌われたらと考えてしまう。


「仕事に逃げるのは、よくないと思いますよ」


ビクッ


アンリエッタの体が大きく震える。


まさしくアンリエッタが見てみぬフリをしていた事実をアンドレに言い当てられてしまった。


「ブルーク様に、ご報告に行ってきます」


アンリエッタはソファから立ち上がり、ブルークの元へ向かう。


なかなか足が進まない。いや、むしろ、ブルークの執務室にたどり着かないで欲しいと思う。


アンリエッタはブルークの執務室の前で、ゴクリと唾を飲み込んだ。


トントントン


「どうぞ」


久しぶりに聞く愛する人の声。


「ブルーク様、アンリエッタです。今、お時間よろしいですか」


「どうぞ入って、妊婦なんですから呼んでくれたら、私が駆け付けるのに」


ブルークは、アンリエッタが思いもしない言葉を返してきた。


「さあ、座って」


ブルークがアンリエッタの手を取り、ソファにゆっくりと座らせた。


「ブルーク様、魔鉄の数が揃ってきたので、職人の方たちに届けようと思っているのですが」


アンリエッタの言葉にブルークは首を横に振る。


「アンリエッタは現在、安定期に入っているとは言え、私の子を妊娠してるんだよ。私は君が、自ら率先して動くとは思っていなかったから、正直、戸惑っているよ」


ブルークは、アンリエッタが指示だけだして、商人たちをアゴで使うと思っていたらしい。


アンリエッタは事業の準備が順調で、まだまだこれからだと思っていたが、妊娠の事を言われてしまえば、ブルークの言う通りだった。


子爵家の子を身籠って、邸を出て、万が一何か起きてからでは取り替えしがつかない。


「ブルーク様、私が愚かでした。ですが、事業をここで止める訳にはいきません」


「アンリエッタは、まずは安静にして、リチャードとモリーに動いてもらうのは、どうだい?」


ブルークが、アンリエッタに最善だと思える提案をしてくれた。


「はい。モリー、アトリエに行って、職人の方たちに魔鉄を渡す作業をお任せしたいとお伝えしてくれる?」


アンリエッタの座るソファの後ろに控えていたモリーが、前に進み出た。


「かしこまりました。奥様の状況もご説明させて頂いてよろしいですか」


「お願いします」


モリーはお辞儀をして、早速執務室を出てアトリエに向かった。


「ブルーク様、妊娠しているのに動き回って、申し訳ございません」


アンリエッタは、仕事がブルークを遠ざけていた全てではないと思うが、自分のいたらなさを実感している。


「私の方こそ、ちゃんと気にかけられずに、すまなかった」


ブルークは立ち上がると、アンリエッタの隣に腰かけて、アンリエッタの肩に手を回した。


アンリエッタは、安心してブルークの肩にもたれて目を閉じる。


良かった。間に合った。愛する人が何かの理由で遠ざかっていたら、自ら近付かなければいけなかったんだわ。


アンリエッタはブルークとの関係回復が間に合ったことを心の中で、神とアンドレに感謝していた。


◇◆◇


「ま、ままま、魔鉄が、ない!?」


積み上げていアトリエの魔鉄が、一夜にして全て消えてなくなっていた。


モリーは驚きのあまり大声で叫ぶ。


「え? どうしたんですか」


モリーが叫びを上げると、後からアトリエに入ってきたリチャードが駆け付ける。


「なななな何故このタイミングで魔鉄が無くなってしまったの! 職人たちに魔鉄を届けるように伝言を頼まれてきたのに」


モリーは両手で頭を抱えている。


「まずはアンリエッタ様とご相談しないと」


「それは┅┅」


リチャードの言葉にモリーは、モゴモゴ言葉を濁している。


「モリーさん?」


「奥様は旦那様に、妊娠を理由に、外へ仕事に行くのを止められて、こちらに来れなかったんです」


「えっ、こんな時に」


リチャードは膝が崩れるように、その場に座り込む。


「うわ~ん」


モリーはどうすればいいのか分からずに、泣き出してしまう。


「ああっ、モリー様さん、すみません。僕がしっかりしないといけないのに」


「いいえ、いいえ、私ごそ役立たずで、ずみません」


モリーは涙声になっていて、言葉が聞き取りにくい。


ち~ん、すう、はあ、すう、はあ


モリーは鼻をかんで、深呼吸をして、少し落ち着きを取り戻す。


「妊娠の事を思えば、アンリエッタ様に伝えたくないのですが、そんな訳にもいきませんよね」


リチャードは、伝えるべきか伝えないべきか、悩んでいる。


「この事業は、ただの商売とは違うんです。アンリエッタ様にとっては本当に重要なんで、魔鉄が無くなった事を伝えないなんてあり得ません」


いつもアンリエッタの後ろで静かに控えているモリーが、こんなに興奮して、自分の意見を言うのは珍しい。


この事業に何かあるのか?


「そうですね。これから一緒にアンリエッタ様に会いに行きましょう」


「はい」


リチャードはモリーと連れ立って子爵家に向かった。


◇◆◇


「アンリエッタ様」


 扉が開き、リチャードとモリーが、息も整えずにアンリエッタの前に現れる。


「リチャード様まで慌てていらしたという事は、やはり魔鉄を盗まれたのですね」


「どうしてそれを?」


慌てふためいて、けれど妊娠しているアンリエッタにどう伝えればいいか悩んでいた2人は、逆に驚かされる。


「ふうっ、同じ事業を後から真似て始めるなら誰も気にしませんが、私たちの事業はどうでしょうか?」


実はアンリエッタは、前世でも同じように魔鉄を根こそぎ盗まれて、もう一度、魔岩石を用意して魔鉄を作った経験がある。


まさか前世の話をする訳にもいかないので、盗まれた理由を推測して話して聞かせた。


「子爵領では、新しい試みだから、他の商人の嫌がらせか」


リチャードが、目の前のテーブルをバシンっと叩く。


「リチャード様、アンリエッタ様が驚いてしまいます」


「あっ、申し訳ございません」


リチャードは叱られた犬のように、耳が垂れ下がっているように見えて、アンリエッタとモリーは顔を見合わせて笑った。


「プッふふふ。あははは」


「突然、笑い出して2人ともどうされたんですか?」


リチャードは、叱られたり笑われたり、何が何だか分からない。


「ふふふっ、すみません。私は大丈夫なので気楽になさって下さい」


アンリエッタは楽しそうに笑いながら、モリーを見てお茶の用意を命じた。


「ですが子爵夫人、盗まれた理由が分かっても、盗まれてしまっては仕方ないのではないですか?」


「いつものようにアンリエッタとお呼び下さい。盗まれることが分かっていたのに、対策を講じていないとでも?」


「ああ、アンリエッタ様、いいえ、女神様、本当に解決策があるとおっしゃるのですか?」


リチャードは、目の前の美しい女性に尊敬の念を感じて、思わず両手を胸元で握って祈りを捧げてしまった。


「リチャード様、大丈夫ですか?モリー、悪いのだけど、アトリエの5人の契約書を出してくれる」


アンリエッタは引き出しの鍵をモリーに渡した。


「どうぞ、モリーのいれてくれたお茶は格別ですよ」


いつの間にか用意されていた目の前のお茶を、リチャードは慌てて飲んで「アチチッ」と吹き出して、またアンリエッタに笑われる。


「アンリエッタ様、契約書でございます」


「ありがとう。モリーも一緒に座って、お茶をしながら聞いてもらう訳にはいかないかしら」


「私は、後ろでしっかりと聞いておりますので大丈夫です」


アンリエッタは普通の貴族とは違って、一緒にお茶を楽しんだり、お菓子を用意してくれたりもする。


だがそれは、あくまでアトリエの中だけにしなくてはならない。子爵家の中では控えるのが、お互いの為だろう。


「そうね」


アンリエッタは少し寂しそうに話を続けた。

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