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第2話 媚薬

「旦那様、お知らせしたい事がございます」


神妙な顔で入ってきたのは、執事長のアンドレである。


代々モレーノ子爵家に支える執事の家系で、先代から引き継いだ執事長で、真っ黒な髪の若々しい執事長だ。


「どうした?」


ブルークは仕事の手を止めて、昔からよく知るアンドレの顔に視線を向けた。


「申し上げにくい事なのですが、薬を盛っている者を見つけたので、ご報告にあがりました」


アンドレは手に持ったお盆の上の白いナプキンをサッと取り上げて、まるで隠してきたように取り出したワインのボトルを、丁寧な手付きでブルークの前に差し出す。


「薬だと?」


ブルークは、心底嫌そうな物を見る目で、ワインポトルを見た。


「新しく入った使用人が、小瓶からワインボトルに薬を垂らすのをこの目で確認しました」


アンドレの声は落ち着いていたが、目には明らかに怒りが込められていた。


「私に薬を盛った者がいるというのか。その使用人は、今どうしている」


ブルークは手元の書類を、怒りでぐしゃぐしゃに握り潰して睨み付けた。


「旦那様の判断を仰ぐ為に、使用人には気付かないふりをしております。ただ、暗殺の場合、逃げる恐れもございますので、新人の指導と誤魔化して子爵家の者を付けております」


「どこから送り込まれた者か、分かっているのか」


ブルーク子爵の鋭い問いにアンドレは素早く答える。


「結婚式の際に、男爵家からの紹介状で雇った者の一人でした」


アンリエッタの身の回りの世話や食事の好みが分からないだろうと無理矢理押し付けられた使用人だ。


「まさか、何の為に男爵家が私に薬など盛るんだ?まずは主治医を呼んで何の薬か確認しろ。この事は、夫人は勿論、誰にも悟られるな」


ブルークはワインボトルを忌々しげに指の背で押して、アンドレに下げるように言い付ける。


 この時、ブルークは、妻となったアンリエッタが関わっていないことを切に願った。


◇◆◇


 結婚式から一週間以上経ったある晩のこと、アンリエッタは過去の夢を見ている。


いや、実際には、過去か前世か分からないが、実際にあったと思われることを夢として思い出していた。


『あんたが子爵家の跡継ぎを生む為に、毎日子爵には強い媚薬を飲ませてるんだ。


お前が早く跡継ぎを生まないと、子爵が早死にして、後家になるわよ。くくくっ」


バッ


 アンリエッタは悪夢から覚めるようにベッドから飛び起きる。


「子爵夫人、突然起きられて大丈夫ですか」


アンリエッタ付の侍女が、心配して顔をのぞき込んでいる。


「ちょっと嫌な夢を見て」


アンリエッタは、またもや前世の夢で目を覚まし、胸の痛みに寝間着の胸元をギュッと握りしめている。


男爵家が、アンリエッタに子爵家の跡継ぎを生ませる為に、ブルークに媚薬を盛っている。しかも、飲み続ければ命が危ない。


前世で、アンリエッタは何故、自分で媚薬を飲ませると言わなかったのか。


自分で盛らなければ、罪の意識を感じないとでも思っていたのか?。


過去の自分に吐き気がした。


媚薬を盛っているのは誰だろう?


男爵家から連れてきた侍女がいたとしても、アンリエッタ付の侍女なんていなかったから、紹介されなければ分からない。


「お支度、お手伝いしますね」


侍女が洗面器に、暖かいお湯を運んできてくれた。


「あの男爵家から来た方ですか」


アンリエッタは、男爵家から来た人間を把握して、ブルークを助ける為に、恐る恐る聞いてみた。


男爵家では、侍女からもバカにされて、食事を抜かれるのも日常茶飯事。


アンリエッタにとって、侍女は恐ろしい存在でしかない。


「まあ、子爵夫人、私に敬語なんてお止めください。私は子爵家に勤めているモリーと申します。これから子爵夫人となった夫人にも誠心誠意お仕え致します」


初めて自分に感じ良く接するモリーと言う侍女に、アンリエッタはビックリしてしまう。


「あの男爵家から来た人を知りませんか」


「まだ子爵家に慣れておられないと思いますが、ご用があれば何でもお申し付けください」


アンリエッタが慣れない子爵家の侍女や使用人に用事を頼めないでいるのではないかと、モリーは心配しているようだ。


「違うんです。そうじゃなくて┅┅」


媚薬の事を話せるはずもないアンリエッタは黙るしかない。


「新しい使用人は侍女長か執事長、もしくは旦那様にお聞きください」


男爵家からきた使用人を確認する方法をモリーが教えてくれた。


「ありがとうございます」


いくらモリーが感じが良くても、男爵家の回し者が子爵に媚薬を盛っているなんて相談出来るはずがない。


やはり相談するなら男性かしら。でもブルークに媚薬の話なんて出来るはずない。


そうだ、メモを渡せばいいんじゃない?


「あのペンとメモをお借り出来ますか」


「ペンと書き物をする紙は、こちらの机の引き出しに入っておりますので、いつでもお使いください」


モリーは窓際の机の引き出しから、ペンと紙を出してアンリエッタに手渡した。


「ありがとうございます」


「アンリエッタ様、私に敬語は不要てす」


モリーはアンリエッタが書き物をすると察して、ドアの入口付近に移動して控えている。


アンリエッタはモリーに感謝しながら、椅子に腰かけてメモを書き始める。


『新しい使用人に注意。子爵様に薬』


「少し屋敷の中を歩いてきますね」


メモを書き終えたアンリエッタは、屋敷内の探索を口実に部屋を出ることにする。


「いってらっしゃいませ」


執事長の部屋は、アンリエッタの下の階なので、階段を使って下りていく。


先ほど書いたメモを手に取って、執事長の部屋のドアの隙間からメモを差し込んむ。


モリーの話だと執事長は部屋にいない時には与えられた自室に鍵を掛けているので、用事がある時には、部屋ではなくて執務室に行くように教わっていた。


「子爵様が薬を飲んでしまいませんように」


◇◆◇


 あの日、執事長のアンドレが薬の盛られたワインボトルを持って、ブルークの執務室にやって来た。


それは男爵家から来た使用人の仕業だと言う。


「旦那様、こちらは私に届いた走書きのメモですが」


アンドレはワインボトルの横にメモを置いて、ブルークの指示を待つ


「薬の盛られたワインを飲んだふりをして、犯人が行動を起こさないか様子を見よう」


ブルークからワインの中味を入れ換える指示を受けたアンドレは、ワインボトルを手にすると一礼して素早く執務室を出ていく。


 夜中の内に呼ばれた主治医が薬を調べたところ媚薬が盛られていた事が分かったが、悪質にも強い媚薬で麻薬に近く服用を続ければ廃人になっていたと報告を受けた。


我が子爵領では見かけない南国の商人が取り扱う媚薬で、珍しい品なので、調べれば購入者も分かりそうだ。そこで背景を調べるように子爵領の諜報員を遣わした。


 媚薬を盛った使用人に関しては、そのまま泳がせて媚薬を好きなだけ盛らせてやる事にする。


犯人や犯行が予め分かっていれば、恐ろしい事もなく黒幕と連絡を取るのを待てばいいだけだ。


その黒幕が身近にいるかもしれない場合にはなおさらだ。


媚薬と言うことは、一番怪しいのはアンリエッタ夫人だと考えるのが普通かもしれないが、普段の彼女からは想像も出来ない。


まだ結婚したばかりで、媚薬を使うとは、遺産目当てと言うことか?いや、違う。そんな女性じゃない。


「それにしても走書きのメモは誰が寄越したんだ?」


ブルークは独り言のように呟いてメモを机の引き出しにしまって鍵を掛けた。


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