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第17話 男爵夫人からの手紙

 まずは、子供の出産祝いの返礼品なのだし、ブルークに相談しなくてはいけないと、アンリエッタは手紙を持って執務室へ向かう。


トントントン


「どうぞ」


アンリエッタが扉を開けようとした時、部屋にいた執事が内側から扉を開けてくれた。


「男爵家のクルーシェ夫人から手紙がきたので、返事についてご相談したいことがあるのてすが」


アンリエッタは、これから起こること、特に子爵家に関わることは、ブルークに相談していこうと決心している。


「嫌な手紙なんだろうね。でも君と一緒なら、どんなことでも解決してみせるよ。用事があれば呼ぶから下がってくれ」


ブルークは執事を下がらせると、アンリエッタを手招きして、手を取るとクルンと半回転させて、自分の膝の上に座らせてしまう。


「ブルーク様」


アンリエッタは父親の膝の上にさえ乗ったことはなくて、自分の体重が重いと思われてないか不安になる。


そして一生懸命、足に力を入れて、ブルークの膝に体重がかからないようにしている。


「┅┅アンリエッタ」


「はい」


「足を上げて」


「足を上げる?」


「ほら、こうして」


空気座りしていることに気付いたブルークは、アンリエッタの膝を抱えてブルークの上に横向きに深く座らせる。


「アンリエッタ、まさか私が君のように小柄な女性1人膝に乗せられないと思ってないよね?」


ブルークは皮肉っぽく言葉を発して、アンリエッタをからかう。


「そんな、そんなことは、ただ私は重いので」


アンリエッタはしどろもどろで、言い訳を始める。


「君が重い?私にとって君は羽根のように軽くて繊細で、どこかに飛んでいってしまわないか心配だよ」


ブルークは何を言っているのか、アンリエッタにはよく分からない。


「では、これからは遠慮せずにブルーク様に寄りかかります」


「うん、そうしてくれ」


ブルーク何故か嬉しそうで、よく分からないけれどアンリエッタも嬉しくなる。


「じゃあ、膝の上で手紙を見せてくれるかな」


「はい」


アンリエッタはクルーシェ夫人からの手紙を広げて見せた。



【親愛なるクルーシェ夫人


母親でないクルーシェ夫人が、ご苦労されたこと、決して忘れておりません。


ですが大型船舶は子爵家にとって、大きな利益をもたらしている現役の船舶です。


今後一切、何も要求しないと言うのであれば子爵様にお願いしてみます。


また船舶運航には保険が必要ですが、こちらで保険料を払う場合には保険金の受取人は子爵家となります。


以上の事を魔法契約書で、取り引き頂けるのであれば、大型船舶のお引きに尽力しましょう。


子爵夫人アンリエッタ】



 ここまでは予定通り進んでいる。


ブルークと相談して書いた返事の手紙を男爵家に送り、クルーシェが引っ掛かってくるのを待つことにする。


こちらから余計なことをしてはいけない。



【アンリエッタへ


誰の入れ知恵か、少しは賢くなったようだね。


私も育ての義母として嬉しいよ。


早速だが、契約書を交わしたいから、契約書を持って使用人を寄越しておくれ。


あんたも知っての通り、男爵家の財政は苦しいんだ。急いでおくれ。


男爵夫人クルーシェ】



 ふん。


財政が苦しい?


自分たちだけ贅沢をして、民を苦しめているくせに。


アンリエッタはクルーシェの手紙を丸めて捨ててやりたくなるのを、グッとこらえた。


◇◆◇


「ブルーク様、男爵家から手紙が届いたのでご確認頂けますか」


アンリエッタはクルーシェから来た手紙を真っ先にブルークに見せた。


「ふん。思ったよりも早かったな。急いで船舶を手に入れようとしているようだ」


ブルークが、何か考えながら答える。


「どなたに魔法契約書を持たせればいいでしょうか」


アンリエッタが相談したかったのは、このことだ。


魔法契約書だから交わしてしまえば安全だと思われているが、交わす前であっては契約書の内容を変更されてしまう恐れもある。


「私が行こうと言いたいところだが、子爵家は大型船舶を譲りたくないけど、嫌々差し出す訳だから」


本当は処分するのにお金がかかるから、タダでも引き取ってもらいたい。


「つまり」


「男爵家から来てもらわないと、筋が通らないな」


ブルークはおどけた様子で、両腕を横に広げてみせた。


「分かりました。早速、手紙を書いてみます」


「嫌々だよ」


ブルークが、悪戯そうにウインクする。



【クルーシェ夫人へ


大型船舶をお譲りするに当たり、そちらからも何かしらの誠意を見せて欲しいと子爵様がおっしゃっております。


ですが私の実家ということで、頼み込んでお許し頂くことが出来ました。


これ以上は私の口から何も頼めませんので、契約書を交わしに子爵家まで来てください。


子爵夫人アンリエッタ】



 ここまで書けば、子爵家が大型船舶を、本当は譲りたいと思っていることを、気付かれないだろう。


◇◆◇


 数日後、男爵家の執事ティボーが、子爵家を訪れる。


「アンリエッタお嬢様、お久しぶりでございます」


ティボーは一度も呼んだことのない敬称と声色でアンリエッタに挨拶をした。


「ここで、私をそんな風に呼ぶ人はいなくてよ」


アンリエッタまた、男爵家では見せた事のない口調で、ティボーを見据える。


「大変失礼致しました。子爵夫人」


「契約書の署名は、執事長とダイバス家のリチャード様が立ち合うわ」


アンリエッタは大型船舶の事業のことも、契約のことも、よく分からないと話した。


「女性の方に分からないのは、当然です」


ティボーは自分の言った発言が、女性でるアンリエッタを侮蔑したとは思ってもいないようだ。


愚鈍な男。


こんな男を寄越すようでは、男爵家も人手が足りないようね。


これなら、もっと罠をかけてやればよかったかしら?


いいえ、ダメ。


未来が変わりすぎても、いざという時に子供たちを守れないと困る。


「執務室に案内するわ」


「はい」


取り澄ました顔でティボーは、アンリエッタの後ろを着いてくる。


「コッポラ男爵家から参りました。執事のティボーと申します」


「子爵家執事長のアンドレです」


「ダイバス家当主、リチャードです」


「どうぞ、お掛け下さい」


アンドレはティボーに席を勧める。


「ありがとうございます。早速ですが、契約書の内容を確認させて頂いてもよろしいですか」


ティボーの任務は、とにかく大型船舶の権利を譲渡してもらうこと。


これを成功させれば臨時ボーナスが貰えると約束している。


ケチな男爵家では、滅多にないことだ。



【魔法契約書


子爵家所有の大型船舶を譲渡するにあたり、譲渡後の苦情は認めない。


保険料は子爵家が引き続き払う代わりに、被災時の保険金は子爵家が受け取る。


大型船舶による被害について、子爵家には一切の責任を負わせない。


今後、子爵家に一切の金銭などの要求をしないことを約束する。


破られた場合には、大型船舶の10倍の賠償金もしくは全男爵領を差し出すものとする。



署名】



「男爵家からの委託証明書と魔法契約書を、子爵家と男爵家の割印で証明します」


用意した魔法契約書とティボーが持ってきた委託証明書を隣り合わせにして、両家の紋章を割印として押す。


「では委託証明書にサインされているティボーさんのお名前を、こちらにサインして下さい」


リチャードが指を揃えて、契約書のサイン欄の上に手をそえる。


「はい」


ティボーは、すぐさまサイン欄にサインをした。


「こちらが控えです。魔法契約書は約束を違えた場合には、賠償金が発生しますので、よろしくお伝えください」


リチャードは、ハッキリとした口調で、間違えのないようにと釘を刺す。


「よいお取り引きが出来ました。リチャードさんはダイバス家のご当主なんですよね。何かよいお品物はございますか」


ティボーは偉業を成し遂げたとでも思っているのか、ダイバス家当主の前で、対等な態度を取って見せる。


「私は子爵家のように度量がデカクありませんので、平等な取り引きしか致しません。男爵家は大型船舶でどんな取り引きを?」


リチャードが流れるような口調で嫌味をぶつけてくる。


「あっいいえ、私は男爵家がこれからどんな商品を運ぶのかまでは聞いておりません」


ティボーは慌てた様子で口をつぐんむ。


「まあ、取り引きの内容が漏れてしまっては困りますよね。残念ですが、これ以上は詮索致しません」


隠しているのか、本当に知らないのか、そんなことはどうでもよかった。


大型船舶を手放して、今後は関わらない、それがアンリエッタの要望だった。


しかし保険料も子爵家が支払って、被災時の保険金も子爵家が貰うと言うのは不思議な取り引きだと思った。


何故なら、大型船舶の持ち主は男爵家に変わったのだから。


とにかくこれで終わった。


「では私はこれで帰らせて頂きます」


ティボーは取り交わした魔法契約書を大事に包みに入れて、抱えるようにして持ち帰る。


「今日は記念に宴会でも開こうかと思っていたのですが」


アンドレの言葉に残念ですがと断りをいれる。


とにかくこれで、脅されていた出産の返礼返しも終わった。


そもそもクルーシェは、何をお祝いにくれたのかも思い出せない。


ろくなものじゃなかったのだろう。


後は一年後、前世と同じように嵐が起きて大型船舶が沈むのかどうか┅┅。

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