第16話 偽りの宝石
アンリエッタは替え玉であるアルフレッドを連れて、ブルークの執務室を訪れる。
いつも正午過ぎの時間に、アルフレッドの様子を見にブルークが、アンリエッタの部屋を訪れていたから。
トントントン
「どうぞ」
部屋の中から、入室を許可する声が聞こえて、アンリエッタは部屋に入る。
「ブルーク様、お仕事は一段落されておりますか」
「そちらに伺おうと思っていました」
ブルークが椅子から立ち上がり、アンリエッタの目の前に歩いてくる。
窓から射し込む陽射しが、ブルークの銀髪の髪をよりいっそう輝かせて、アンリエッタは意識を吸い込まれるようにブルークの美しい顔を見つめてしまう。
「アンリエッタ?」
「ええ、とてもきれい、え?はい。アルフレッドを乳母から預かってきたので、ブルーク様にお相手頂こうと思って来たんです」
アンリエッタは、正気に戻ると、いつものおっとりした話し方より、2倍は早口になってしまった。
「くす。わざわざ、ありがとう。私もアンリエッタと子供たちに会いたいと思っていたところだったので」
ブルークは、アルフレッドの顔を覗き込んで、指で頬を優しくさする。
「レオンは部屋ですか」
「はい」
「では部屋でお茶をご馳走して下さい」
「はい」
ブルークはアルフレッドを抱き上げると、あやしながらアンリエッタと部屋に向かって歩きだす。
ブルークがお茶をご馳走してくれなんて、初めて言われたんじゃないかしら?
「レオンも、ブルーク様がいらして下されば喜ぶでしょう」
アンリエッタはブルークの腕に軽く手をかけて並んで歩いている。
こんな穏やかな日がくるとは思わなかった。
でも私たち夫婦の抱いている子供は、本当の子供ではない。
いつか真実を知られたら、私たちの関係はどうなってしまうのだろう。
こんなにブルークを愛してしまうとは思わなかった。前世の私はどうだったのだろう?
言うまでもない。こんなに素敵な人が夫で、愛さずにいられる女があるはずもない。
いつの間にかアンリエッタの部屋の前まで到着していた。
「アンリエッタ様、旦那様も」
モリーがレオンの世話をしていた。
「レオンは良い子にしてた?」
アンリエッタは、話しなからレオンの様子を見にいく。
「勿論です」
モリーの言葉に、ブルークもアンリエッタの後に続いて、レオンの寝ているベッドを覗き込む。
「レオンは人形みたいに可愛くて、あなたに似てますね」
ビクッ
アンリエッタは、ブルークの言葉に凍りつく。
「私が人形のように可愛いなんて、冗談は止めてください。自分の醜さはよく知っています」
そうだ。
どこか似ている部分があるとしても、醜いアンリエッタが人形のように可愛いレオンの母親だとバレたりしないだろう。
男爵家で薄汚い醜い娘だと、散々いじめられてきたアンリエッタには、どんな褒め言葉も偽りに聞こえる。
「醜い?」
ブルークは振り向いてモリーを見た。
「奥様はご自分の美しさを理解出来ないのです」
モリーの言葉に、アンリエッタは抱いていたアルフレッドをベッドに置いて、自分も座り込む。
「こんなに可愛いのに?」
ブルークのそんなつぶやきもアンリエッタの耳には届かない。
「アンリエッタ、まずは子供たちをあやして、お茶にしましょう。そして乳母に預けたら街へ出掛けます」
「街へ?」
アンリエッタは街へ出掛けるような気分ではなかったが、ブルークの言葉に逆らう気にもなれない。
「あの乳母は気に入らなかったが、ただで子供の面倒をみさせると思えば我慢も出来ますね。こうして2人でデートも出来るし」
ブルークはアンリエッタの手を握る。
「お茶のご用意を致します」
落ち込むアンリエッタとは裏腹にモリーは何故かご機嫌で、お茶とお菓子の用意を始めている。
◇◆◇
ブルークがアンリエッタを連れてきたのは、高級ブティックとして有名なカサノバ。
「何故こんなところに」
アンリエッタは子爵家に来る仕立屋から言われるがまま服を用意されていたので、自分でドレスを買ったことがない。
店の中に入ると、きらびやかなドレス、おしゃれな店員、それに負けじと着飾った客たちで賑わっていた。
「この美しいご婦人に似合う物を彼女に相談して決めてくれ」
ブルークがブティックの店員に声をかける。
「まあ、本当にお美しい。うちの店のドレスを着て頂けるだけで、店の宣伝になりますわ」
ブティックの店員の言葉は嘘ではなかった。
美しい女性が、その店のドレスを着ると、それを見た令嬢たちがこぞって店に買い物に来てくれる。
「新作のドレスをお出しして。靴も合わせてね」
店長らしき女性のような動きを見せる、男の店員が指示を出している。
試着ルームで着替えて出てきたアンリエッタは、ソプラヴェステと呼ばれる長袖の薄紫のドレスを着ている。
スカート部分である腰から下は大きく広がり、素材は絹でパールが散りばめられている。
「こんなウェディングドレスのように豪華なドレス着れません」
アンリエッタは鏡を見て、ドレスのあまりの豪華さに驚いてしまう。
「ご夫人の美しさには及ぶべくもありません。いかがですか」
店員がブルークに振り返った。
「夫人が安心して着てるような動きやすい物も、何着か頼む」
ブルークは今着ている豪華なドレスも気に入ったようだ。
「ブルーク様」
アンリエッタには理解出来なかった。
アンリエッタにこんな似合わない豪華なドレスを着せて、子爵領民から笑われろとでも言うのか。
「まさかあなたは、自分にはこのドレスは似合わないと思っているのですか」
ブルークの言葉に店員が反応する。
「いくらご夫人が美しくても、あんまりです」
「え?」
何故か店員までブルークの言葉に乗っかって、アンリエッタをからかい始める。
「いくらドレスを売りたいからって、からかうのは止めて下さい」
アンリエッタはドレスの広がりを掴んで声を荒げてしまった。
「ふ~ん、なるほど。分かりました。お代は結構です」
「えええっ」
突然のお代はいらない宣言に、アンリエッタは戸惑いを隠せない。
これではアンリエッタが、お金を払いたくなくていちゃもんをつけたみたいじゃないか。
「その代わり、このドレスを着てご主人と街を歩いて下さいな」
「それはいい宣伝になるな」
ブルークも満更でもない様子。
1人、アンリエッタだけが意味が分からずに立ちつくす。
「では、このドレスは宣伝として無料でもらおう。他のドレスは子爵家に届けてくれ」
「子爵様、かしこまりました」
「ではアンリエッタ、他にも買うものがあるので、お暇しよう」
アンリエッタは、試着ルームで服を着替えて、ブルークと一緒に、ブティックを後にした。
その後も豪華なネックレスや指輪をブルークが選び、その度にアンリエッタは必要ないと断る。
「ブルーク様、もうお止めください。ドレスも宝石も、私には似合いません」
「どうしてですか?美しい女性に似合わないドレスや宝石なんてありませんよ」
「ブルーク様は本当に私が美しいとお思いなのですか」
「あなたを美しいと思わない男はいないでしょう」
そうか。
もしかしたらブルークには私が美しく見えるのかもしれない。
人の好みは、人それぞれだから。
それに、子爵夫人として、最低限のドレスや宝石は身に付けろと言っているのか。
「分かりました」
アンリエッタは黙って言われるがまま、ブルークの選ぶ宝石を買い与えられた。
◇◆◇
義母であるクルーシェ夫人から手紙が届いて、アンリエッタは読む前からため息をついている。
手紙の封を嫌々ながら開けると、見たくない物を見るように顔を少し背けながら、文面を読み始める。
【親愛なるアンリエッタ
乳母も手配して祝いまで渡したのに、約束の返礼品はどうなってるかしら?
あなたには決められないようなので、私が決めときました。
子爵家で使われている大型船舶なら男爵家が引き継いでも使用出来るでしょう。
私は義母として最善を尽くしてきました。
あなたにも最低限の道理があると期待しております。
クルーシェ】
とんでもない手紙を寄越してきた。
まんまと大型船舶で儲けている話を聞き付けて、ダメ元で手紙を寄越してきたんだろう。
でも義母として最善を尽くしてきた?
それは最低限の食べ物しか与えず、図書室に閉じ込めて魔法師の勉強をさせて子爵家に売ることか。
薄汚い醜いと罵って、私生児だと脅すことか。
母親から子供を引き離して、人質に取り言うことを聞かせる気か。
まさかアンリエッタに育てた恩を返せと言うのか。
いいわ。
やられた分はしっかりと返させて頂きます。




