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第1話 私が子供を殺しました

 国王陛下の御前に引きずり出されたアンリエッタはひざまずき声をあらげた。


「私が子供を殺したのです」


アンリエッタの視線から握り締めて震える拳が映ったと思った瞬間、テレビのチャンネルを変えたように次の場面に移り変わる。


 群衆の目線の高さに舞台が作られて、そこに断頭台が設置されている。


「自分の子供を殺すなんて、恐ろしい魔女め」


「早く殺せ、殺せ」


断頭台の前に集まった民衆から、アンリエッタに罵声が浴びせられている。


「よくも、子爵家の血筋を継いだ私の子を殺したな!」


夫であるブルークが、アンリエッタに向けて、血を吐くような言葉を発した。


アンリエッタはその言葉に、胸にナイフを突き付けられるような痛みを感じたが、胸を押さえる為の手が、後ろ手に縛られている。


「私は捕まって処刑されます。ですから、どうか┅┅」


アンリエッタは、断頭台で拘束されたまま何かを叫んでいる。


処刑されるから、罪を許してくれと、神にでも祈ったのだろうか?


その瞳に迷いはない。自分が行ったことへの後悔もない。


ただ、アンリエッタが何を叫んだのか、最後の言葉を誰も聞き取る事が出来なかった。


◇◆◇


「はぁ」


アンリエッタが目覚めると、そこは馴染みのある自分のベッドの上だった。


「いつまで寝てるんだい。明日は結婚式なんだ。そのみすぼらしい身なりを整えるのに、どれだけお金が必要か」


アンリエッタの記憶よりも、少しだけ若い男爵夫人クルーシェが、侍女を引き連れて、アンリエッタの部屋に押し入ってきた。


「結婚式って何を言って┅┅私は死んだんじゃ?」


アンリエッタは、まさか夢を見ていた訳じゃないだろうと頭を抱える。


バシンっ


「きゃあ」


アンリエッタは、クルーシェに髪を鷲掴みにされたまま頭を叩かれて、ベッドから叩き出される。


「お前なんか、死んでしまえば良かったんだ。生かしておいてやったんだから、子爵家に嫁いでお金を稼いできな。


あんたが役に立たなければ、子爵家にあんたが私生児だって事をばらしてやるからね。


もう一つの秘密もね」


クルーシェは、侍女に指示を出して、アンリエッタを商品として子爵家に売り出すための支度を始めさせる。


生まれてから1度も着たことのないレースを使ったドレスには、安物の宝石まで散りばめられている。


(結婚式と言うことは、私が処刑される┅┅5年前だ)


そうだ。前世での記憶だと子爵との結婚式の前日。あの時も男爵家で、いつものように脅されたんだわ。


子爵家の財産を少しずつ男爵家のものにしていくつもりなのよね。


アンリエッタはただ、子供の頃から虐げられてきた男爵家から出たい一心で、この結婚を受け入れた。


けれど夢で見た前世の記憶が確かなら、アンリエッタは結婚して子供を生んで、そして自分の手で殺したことになる。


何故、そんな恐ろしいことをしてしまったのだろう?


アンリエッタは思い出そうとしたが、無理に思い出そうとすると頭が痛くなってしまう。


一つだけ分かったことは前世のアンリエッタは子供を殺した最低な母親、いいえ、最低な人間だったと言うこと。


それなら、処刑されても仕方がない。


アンリエッタに今世を生きなおす資格があるのかは分からないけれど、子爵家に嫁いで子供が生まれるのなら、今度こそ子供を守ってみせる。


◇◆◇


 今日は、子爵家と男爵家の結婚式が行われる日。


結婚式をあげる貴族は、前日か当日の午前中までに、国王に報告をする。


その後、正午からは王宮を出て、街中にある神殿に向かう。


結婚式自体は一時間ほどで終わってしまうのだが、大勢の人が見物に来るだろう。


そして夕方には、披露宴が始まる。


この披露宴は貴族の社交の場にあたるのだが、そこでは子爵家にゆかりのある人たちがお祝いを述べることになっている。


 招待客に挨拶をしていたブルークが、花嫁であるアンリエッタの元へやってくる。


「疲れていませんか?」


背の高いブルークは、身を屈めてアンリエッタに声をかけた。


ブルークは美しい銀髪と空色の瞳で、とても端正な顔立ちをしている。


「大丈夫です」


アンリエッタは顔を上げて、ブルークの顔を見つめる。


前世ではアンリエッタはこの人を騙して子爵家の財産を売り飛ばして、領民の税金を倍にして子爵領の魔女と呼ばれていた。


そして子供を殺して、この人から憎まれて死んでいくのか。


子爵であるフェルガモテ▪ド▪ブルークに次々と挨拶がかわされていく。


アンリエッタは隣で、今後どうすれば、5年後も生き残れるのか考えを巡らせていた。


 貴族間の結婚は、跡取りを産むことが第一とされている。


前世でこの人は、どんな人だったかしら?


アンリエッタは子供を自ら殺した衝撃的な自白と処刑された記憶だけは、はっきりと覚えていた。


けれどそれ以外は男爵家でのいじめや、食事を満足に与えられなかった空腹感、時には暴力を振るわれた記憶しか覚えていなかった。


◇◆◇


 子爵家の結婚式は多くの貴族に祝福されて盛大に行われ幕を閉じた。


 初めての夜を迎える寝室で、アンリエッタは考えていた。


夫となったブルークに、自分が私生児であることを告白しようか?


けれど結婚式をあげた後に、相手が私生児だと告白して、許す貴族はいないだろう。


そもそもアンリエッタが話したいのは、自分が私生児であることではなくて、子供を殺してしまう未来の話し。


アンリエッタでさえ夢や錯覚だと疑いたくなる状況で、生まれてもいない子供の生死について相談なんて出来るはずもない。


トントントン


「どうぞ、お入り下さい」


部屋の扉を開けて入ってきたブルークを見て、アンリエッタは告白すべきか悩んでいた言葉を見失ってしまう。


少し薄暗くした部屋に、美しい銀髪だけは光って見える。


夜着から見える逞しくも滑らかな肌に、アンリエッタの視線が釘付けになっていた。


「アンリエッタ、そんなに緊張しないで下さい。夫婦になって初めての共同作業だと思って下さい」


ブルークは真面目な顔で、これから新婚初夜を迎える花嫁に、共同作業だと言いはなった。


「ぷっ、くくくっ。あっ申し訳ありません。ブルーク様が、共同作業だなんておっしゃるから、つい」


アンリエッタは思わず吹き出してしまった事で、ブルークが気を悪くしたのではないか心配する。


「やっと笑ってくれましたね。私たちは恋愛結婚とは言えないかもしれませんが、結婚してから恋愛しても遅くはないと思いませんか?」


ブルークは、優しい空色の瞳を細めて、アンリエッタの頬を大きな両手に包み込む。


「はい。私の旦那様がブルーク様で嬉しいです」


アンリエッタはブルークからのキスを待ち瞳を閉じた。


ブルークは微かに震えるアンリエッタの瞼に口づけをした後、鼻先をかすめて唇にたどり着く。


2人の初夜は誓いのキスから始まった。


ブルークは戸惑うアンリエッタを抱きしめると再び唇にキスを落とす。


今度は少し強引に舌を差し込むとアンリエッタの口内をなめ回す。


「んっ、んんっ……ふっ……あふ」


ブルークが唇を放すと2人の間に唾液の橋がかかる。


アンリエッタは瞳を潤ませながらブルークを見つめると再び唇を合わせた。


ブルークはそんな彼女が愛おしく感じ始めている。


彼女の体中、彼女が自分では見たこともない場所にまで口づけられ悦びの中で、夜はふけていく。


アンリエッタは、一時ではあるが未来でくるだろう憂いを忘れて、心の底から幸せを感じていた。


そして、ブルークと生まれてくる子供との幸せを守ってみせると決意した。



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