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花とペン  作者: 井上マイ
15/68

15.

「明日、時間が取れないか」

 チンピラたちの襲撃をうけた翌日のことだった。

ぼくの術士の先輩、双子の兄のカズサさんから誘いの電話がかかってきた。

「行けます」

 いまはまだ月はじめ。

 五島万の進行には、まだ余裕があった。

 半日くらいぼくが抜けても問題はない。

「草ちゃんにも、セイから声をかけてくれ。いっしょに飯でも食おうや。奢ったげるよ」

「了解です。じゃあ梅やで……」

 母親の店を提案したが、却下された。

「たまには、別の店にいこう。うまい洋食屋をみつけたんだ」

 カズサさんは、努めてふだんと変わりない様子を装っている。

 しかし急な呼び出しの理由の見当はついていた。

 ぼくらアガミの術士は、ミカさんを通して繋がっている。

 ぼくが動けば、その震えは仲間の術士にも伝わる。

 昨夜、ぼくはミカさんの力を使った。

 あの時の、ミカさんの声の断片がカズサさんにも届いたのだろう。


「おひさ」

 きょうの会には、当然双子の弟のタクミさんも参加する。

 兄のカズサさんは舞手。

 弟のタクミさんは奏者。

 ふたりは一組の使い手だ。

 いちばん遅れて、待ち合わせ場所にきたのは草四郎だった。

「お待たせしました」

 ふたりの先輩に頭をさげる。

「…………」

 しかしぼくとは、目を合わせるのすら避けていた。

 ぼくが襲われたことは、昨夜のうちに草四郎には報告済みだった。

 こいつは嘘を付くのが下手くそだ。

 ぼくと話せば、必ず動揺が顔に出る。そして双子に伝わってしまう。

 だから表情を押し殺している……つもりのようだ。

 しかし完全に逆効果だ。

 草四郎の顔はガチガチにこわばっている。

 せっかくのハンサムが台無しだった。


 連れてこられた店は、活気があった。

 客たちはそれぞれのテーブルで、食事と会話を楽しんでいる。

 だれも、こちらに聞き耳など立てていない。

 しかし食事が終盤になっても、双子は肝心な話には触れてこなかった。

 予想していた、質問も小言も飛んでこなかった。

 双子は、ぼくがなぜ五島万の元にいるのか、その理由を知らないはずだった。

 孝三叔父は双子に、詳しい経緯を話したとは思えない。

 孝三叔父、ぼくと草四郎、そして谷さんにアリア……事情を知るものは、すでに五人だ。すでに多すぎる。

「どうした、草くん?じっと見て。俺の顔になにか付いているか?」

 カズサさんが笑う。

「いえ、別に……」

 草四郎は顔を伏せた。

「ビクビクするなよ。きょうはふたりの顔がみたかっただけだ」

 タクミさんがいった。

「元気そうで良かった。食欲もあるな」

 タクミさんはぼくと草四郎の顔を交互にみて、ホッと息をつく。

 そのとおり、ぼくは元気だ。飯も食べる。

 ただそれだけだ。

 五島万を守るという仕事について、何日たった?

 なにもできていない。

「まぁ飲め飲め」

 カズサさんがビールをついでくれた。未成年の草四郎にはオレンジジュースだ。

「お前たちは確かにまだ半人前だ。でも孝三叔父は、お前たちに任せたんだ。ふたりにしかできない仕事なんだろう」

 この双子は、後輩のぼくらを心配して誘ってくれたのだ。その気遣いにようやく気付いた。

「アドバイスが欲しいなら、いつでも呼びだしてくれ。俺たち相手に弱音吐きたいなら、それでもいい。右から左に聞き流すけど……」

 その後のセリフをタクミさんが引き取る。

「いよいよその仕事が手に負えなくなったら、俺たちに向かって投げ出せばいい。ケツは拭いてやる」

 それが兄貴分の務めだからな。と双子は笑う。

 本当に憎たらしい。

「ギブアップなんてするわけないでしょう」

 飲み干したコップを草四郎が、ドンと乱暴に置く。

「あなたたちの手は借りません。ぼくら二人で十分です」

 ふん、と草四郎は鼻息も荒く言い切った。

「あー、威勢のいいとこ悪いんだが……」

 はい、とぼくは手をあげた。

「ぼくにはふたりに、聞いておきたいことがあります」

「何だ?なんでも聞くぜ」

 カズサさんがいった。

「谷周平について、知っていることを教えてください」

 最初に谷さんとぼくらが出会った日、この双子もその場にいた。

 双子は谷さんのことを知っている様子だった。


 草四郎の住むアパートに移動した。

 公称で七畳半。

 しかし実感、六畳一間の部屋は四人で満員御礼だ。

 ぼくなど土間に、座った尻が半分はみ出している。

 仕方ない。この話は外の店でも、またアガミの本家でもしたくなかった。

「コウガミの現在の宗主の姓は、谷だ。そのくらいのことは知っているだろう?」

「はい」

 タクミさんの問いに、草四郎はうなずく。

 ぼくは初耳だったが。

 しかも谷さんは長子だそうだ。

 ふつうに考えれば、彼がコウガミの跡を取るはずなのだが。

 あの通り谷さんは神職につかず、サラリーマンをやっている。

「あの男は養子なんだ。術士としての才を見込まれて、谷家に入った」

 谷家の事情はしらないが、いま谷さんは術士という影の立場に甘んじていると、カズサさんは言った。

 しかし彼のことを話す、双子の顔は渋かった。


「谷さんとは、やっぱり元々知り合いなんですか?」

 草四郎の問いに、ふたりは頷いた。

「あのウサギ野郎とは、腐れ縁だ。おない年なんだよ、俺ら。駆け出しのころに何度か組まされたことがある」

 アガミはコウガミ傘下のはみ出し者だ。

 独自の神を持ち、外野には理解できない奇妙な術を使う。

 だから、コウガミはアガミに鈴をつけたがる。

 そうしてアガミの術士たちは、よくコウガミの仕事に駆り出された。

 しかし谷さんは、愉快な仕事仲間ではなかったようだ。

 あいつには何度か煮え湯に近いものを飲まされた。とふたりは言った。

「自己中心的」

「人望0。俺たちはもちろん、コウガミの中でも嫌われてるだろうアイツ」

「話が通じない」

「人を人とも思っていない」

「誰かに礼をいうのを聞いたことがない」

「歩く傍若無人」

 双子からはポンポンと谷さんの悪口が飛び出した。

「それでも、術士としての実力は本物だ」

 カズサさんの言葉に、タクミさんもうなずく。

「谷が後れをとるのを見たことがない。敵にも、そして他の術士にも」

 谷さんはひとりで全てを引き受けた。

 目に付いたものは、すべて自分の獲物。

「良かれと思って前に出れば、味方のはずのあいつから肘鉄砲が飛んでくる」

 双子には手出しもさせなかった。

 谷さんは傷を受けても、怯むことはなかった。

「俺たちにとって、"マ"を払うことは雪かきと同じだ。放っておけば屋根が潰れる。だから誰かがやらないといけない。でも誰がやってもいい仕事だ」

 でも谷さんは、そんなアガミの術士とは違う。

「俺たちにはない信念や執着が、あいつにはあるんじゃないか」

 そうカズサさんはいった。

「しかし最後に仕事をしたのは、もう五年近く前だ。最近のやつのことは知らん」

「今度谷さんに会ったら、旧友のお二人からよろしく言っていたと、伝えましょうか?」

 ぼくの言葉に双子は思い切り、眉をしかめる。

「言わんでいい」

「誰が誰の友達だって?ふざけるな」

 谷さんは、アガミの家に親しい相手がいると言っていた。

 しかしそれはこの双子ではないようだ。


「谷さんはどんな術を使うんですか?」

 草四郎が尋ねた。

「あいつが通れば、そこに必ず波風が立つ。不幸にもあいつとの付き合いが長引けば、そのうち見る機会もあるだろう」

 タクミさんが答えた。

「昨日、なにかトラブルがあったんだろう?」

 カズサさんが、ぼくに尋ねる。

「はい。まぁ……」

 隠しても無駄だ。

「事情は話さなくていい。でも俺は十中八九、谷が原因だと思うぜ」

 あいつは敵が多そうだからな、とタクミさんは笑った。

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