15.
「明日、時間が取れないか」
チンピラたちの襲撃をうけた翌日のことだった。
ぼくの術士の先輩、双子の兄のカズサさんから誘いの電話がかかってきた。
「行けます」
いまはまだ月はじめ。
五島万の進行には、まだ余裕があった。
半日くらいぼくが抜けても問題はない。
「草ちゃんにも、セイから声をかけてくれ。いっしょに飯でも食おうや。奢ったげるよ」
「了解です。じゃあ梅やで……」
母親の店を提案したが、却下された。
「たまには、別の店にいこう。うまい洋食屋をみつけたんだ」
カズサさんは、努めてふだんと変わりない様子を装っている。
しかし急な呼び出しの理由の見当はついていた。
ぼくらアガミの術士は、ミカさんを通して繋がっている。
ぼくが動けば、その震えは仲間の術士にも伝わる。
昨夜、ぼくはミカさんの力を使った。
あの時の、ミカさんの声の断片がカズサさんにも届いたのだろう。
「おひさ」
きょうの会には、当然双子の弟のタクミさんも参加する。
兄のカズサさんは舞手。
弟のタクミさんは奏者。
ふたりは一組の使い手だ。
いちばん遅れて、待ち合わせ場所にきたのは草四郎だった。
「お待たせしました」
ふたりの先輩に頭をさげる。
「…………」
しかしぼくとは、目を合わせるのすら避けていた。
ぼくが襲われたことは、昨夜のうちに草四郎には報告済みだった。
こいつは嘘を付くのが下手くそだ。
ぼくと話せば、必ず動揺が顔に出る。そして双子に伝わってしまう。
だから表情を押し殺している……つもりのようだ。
しかし完全に逆効果だ。
草四郎の顔はガチガチにこわばっている。
せっかくのハンサムが台無しだった。
連れてこられた店は、活気があった。
客たちはそれぞれのテーブルで、食事と会話を楽しんでいる。
だれも、こちらに聞き耳など立てていない。
しかし食事が終盤になっても、双子は肝心な話には触れてこなかった。
予想していた、質問も小言も飛んでこなかった。
双子は、ぼくがなぜ五島万の元にいるのか、その理由を知らないはずだった。
孝三叔父は双子に、詳しい経緯を話したとは思えない。
孝三叔父、ぼくと草四郎、そして谷さんにアリア……事情を知るものは、すでに五人だ。すでに多すぎる。
「どうした、草くん?じっと見て。俺の顔になにか付いているか?」
カズサさんが笑う。
「いえ、別に……」
草四郎は顔を伏せた。
「ビクビクするなよ。きょうはふたりの顔がみたかっただけだ」
タクミさんがいった。
「元気そうで良かった。食欲もあるな」
タクミさんはぼくと草四郎の顔を交互にみて、ホッと息をつく。
そのとおり、ぼくは元気だ。飯も食べる。
ただそれだけだ。
五島万を守るという仕事について、何日たった?
なにもできていない。
「まぁ飲め飲め」
カズサさんがビールをついでくれた。未成年の草四郎にはオレンジジュースだ。
「お前たちは確かにまだ半人前だ。でも孝三叔父は、お前たちに任せたんだ。ふたりにしかできない仕事なんだろう」
この双子は、後輩のぼくらを心配して誘ってくれたのだ。その気遣いにようやく気付いた。
「アドバイスが欲しいなら、いつでも呼びだしてくれ。俺たち相手に弱音吐きたいなら、それでもいい。右から左に聞き流すけど……」
その後のセリフをタクミさんが引き取る。
「いよいよその仕事が手に負えなくなったら、俺たちに向かって投げ出せばいい。ケツは拭いてやる」
それが兄貴分の務めだからな。と双子は笑う。
本当に憎たらしい。
「ギブアップなんてするわけないでしょう」
飲み干したコップを草四郎が、ドンと乱暴に置く。
「あなたたちの手は借りません。ぼくら二人で十分です」
ふん、と草四郎は鼻息も荒く言い切った。
「あー、威勢のいいとこ悪いんだが……」
はい、とぼくは手をあげた。
「ぼくにはふたりに、聞いておきたいことがあります」
「何だ?なんでも聞くぜ」
カズサさんがいった。
「谷周平について、知っていることを教えてください」
最初に谷さんとぼくらが出会った日、この双子もその場にいた。
双子は谷さんのことを知っている様子だった。
草四郎の住むアパートに移動した。
公称で七畳半。
しかし実感、六畳一間の部屋は四人で満員御礼だ。
ぼくなど土間に、座った尻が半分はみ出している。
仕方ない。この話は外の店でも、またアガミの本家でもしたくなかった。
「コウガミの現在の宗主の姓は、谷だ。そのくらいのことは知っているだろう?」
「はい」
タクミさんの問いに、草四郎はうなずく。
ぼくは初耳だったが。
しかも谷さんは長子だそうだ。
ふつうに考えれば、彼がコウガミの跡を取るはずなのだが。
あの通り谷さんは神職につかず、サラリーマンをやっている。
「あの男は養子なんだ。術士としての才を見込まれて、谷家に入った」
谷家の事情はしらないが、いま谷さんは術士という影の立場に甘んじていると、カズサさんは言った。
しかし彼のことを話す、双子の顔は渋かった。
「谷さんとは、やっぱり元々知り合いなんですか?」
草四郎の問いに、ふたりは頷いた。
「あのウサギ野郎とは、腐れ縁だ。おない年なんだよ、俺ら。駆け出しのころに何度か組まされたことがある」
アガミはコウガミ傘下のはみ出し者だ。
独自の神を持ち、外野には理解できない奇妙な術を使う。
だから、コウガミはアガミに鈴をつけたがる。
そうしてアガミの術士たちは、よくコウガミの仕事に駆り出された。
しかし谷さんは、愉快な仕事仲間ではなかったようだ。
あいつには何度か煮え湯に近いものを飲まされた。とふたりは言った。
「自己中心的」
「人望0。俺たちはもちろん、コウガミの中でも嫌われてるだろうアイツ」
「話が通じない」
「人を人とも思っていない」
「誰かに礼をいうのを聞いたことがない」
「歩く傍若無人」
双子からはポンポンと谷さんの悪口が飛び出した。
「それでも、術士としての実力は本物だ」
カズサさんの言葉に、タクミさんもうなずく。
「谷が後れをとるのを見たことがない。敵にも、そして他の術士にも」
谷さんはひとりで全てを引き受けた。
目に付いたものは、すべて自分の獲物。
「良かれと思って前に出れば、味方のはずのあいつから肘鉄砲が飛んでくる」
双子には手出しもさせなかった。
谷さんは傷を受けても、怯むことはなかった。
「俺たちにとって、"マ"を払うことは雪かきと同じだ。放っておけば屋根が潰れる。だから誰かがやらないといけない。でも誰がやってもいい仕事だ」
でも谷さんは、そんなアガミの術士とは違う。
「俺たちにはない信念や執着が、あいつにはあるんじゃないか」
そうカズサさんはいった。
「しかし最後に仕事をしたのは、もう五年近く前だ。最近のやつのことは知らん」
「今度谷さんに会ったら、旧友のお二人からよろしく言っていたと、伝えましょうか?」
ぼくの言葉に双子は思い切り、眉をしかめる。
「言わんでいい」
「誰が誰の友達だって?ふざけるな」
谷さんは、アガミの家に親しい相手がいると言っていた。
しかしそれはこの双子ではないようだ。
「谷さんはどんな術を使うんですか?」
草四郎が尋ねた。
「あいつが通れば、そこに必ず波風が立つ。不幸にもあいつとの付き合いが長引けば、そのうち見る機会もあるだろう」
タクミさんが答えた。
「昨日、なにかトラブルがあったんだろう?」
カズサさんが、ぼくに尋ねる。
「はい。まぁ……」
隠しても無駄だ。
「事情は話さなくていい。でも俺は十中八九、谷が原因だと思うぜ」
あいつは敵が多そうだからな、とタクミさんは笑った。