29 俺の青春と日常は、破滅に向かう幼馴染と共に
悲劇が始まったのは、中学生になってすぐの事だ。
「酷い……るみちゃんは本気だったのに……」
その日、学校に行くと、クラスの女子グループのリーダー格の人にそう責められた。
「……何の話だ?」
七人ほどのグループに朝から絡まれ、横並びに並んでいるその中心には、肩を震わせ泣いている一人の女子がいた。
「とぼけても無駄なんだから!全部るみちゃんに聞いてるから!」
状況が飲み込めなかった。この大人数に朝から責められる理由も、何故、佐川瑠海が泣いているのかも全く身に覚えのない話で、ただ困惑した。
「るみちゃん……凄く本気で相談もしてきていたのに……嘘の告白だったなんてあまりに酷すぎだと思う!」
「冬川君謝りなさいよ!」
「謝れ冬川!!」
それも、身に覚えのない話だった。でも、自分の知らない理由と事実でどんどん女子グループの熱は上がっていき、落ち着いた話ができる状況ではなくなっていた。
「いや、知らねえよそんなの。佐川、誰かと間違えてないか?」
身に覚えのない話で責められ段々と腹が立ってきて俺は、そう答えてしまった。それが運の尽きだった。対立しなくてもよかったところを、対立するよう選択してしまったのが、俺の人生を大きく変えた。
「……最低。よく泣いてる本人の前でそんなことが言えるね。」
リーダー格の女子がそう言うと、その時は全員が去っていった。
でも、この時の俺は思いもしなかった。その結果が、こんな全く知らないことで、あんなことになるとは、思いもしなかったんだ。
「おいおいお前、可愛い子狙いすぎじゃね?」
それから三日後のことだ。学校に行くと、男友達からいきなりそんなことを言われた。
「可愛い子?なんの話だ?」
「とぼけんなよー、昨日、柳琴音に告白したんだって?」
「……は?してねえよ。」
「あれ?そなの?でも、片瀬がそう女子と話してるの聞いたぜ?」
「片瀬が?」
片瀬というのは、女子グループのリーダーだ。そして、柳琴音というのもその女子グループによく絡まれてる子で
「知らないな。とりあえず俺は、告白なんてしてないよ。」
そう言った。そして、それは当然の如く意味が無く、俺がまた誰かに嘘の告白をしたという噂だけが流れ、それは次第に噂が噂を作り、学年中に広まるころには、俺も知らない話がいくつも追加されていた。
「冬川、流石にドン引くわ。辞めた方がいいぞマジで。」
つい最近まで仲の良かった男友達にそう言われた時には驚いた。こんな噂を、みんなは信じるのかと。本人が否定しているというのに、みんなが面白おかしく話してくる。中には嘘の告白をされたらしい女子の、素晴らしい友人達に責められ、暴力もされるようになった。
「訳分かんねえ。」
気づいたら、俺と絡んでくれる人はいなくなっていた。女子に嘘の告白をし楽しんでいる性格の悪い奴。これが学年中に流れている俺の噂というかもう実質知れ渡っている評価だった。
当然女子からはいい目で見られるわけもなく、男子さえも俺と絡むのを躊躇った。まあ当然の話だった。いつの間にか女子評価最悪まで落ちた俺と絡んでもいい事がないからだ。
無視をされ、陰口を言われ、笑われ、時には暴力もあって、それはもう、いじめのようなもので。気にしないと思っていた自分でも辛い日々だった。
それを見た先生は、はしゃぎすぎるなよと言った。親は、家で丁度いじめのニュースがやっていた時にいじめられる側にも原因はあると言い始め、それを聞いた俺は、誰にも言えず、ただ無防備になった心が傷つく毎日を送るようになった。
「ちっ!くそ!あいつふざけんなよ!散々馬鹿にしやがって!」
本人達の前で言える訳もなく、帰り道にはよく一人で愚痴るようになった。そして、散々言ったあとは、沢山泣いた。親が帰ってくるまで、家で沢山泣いた。親には言えるはずもなく、ただ心配だけはかけたくなかったから、そうした。
自分の心が脆いということに気づくのに時間はかからなかった。勢いで遺書を書き、勢いで死のうとしたこともあった。ただ、勇気だけが足りなかった。
そうして、何も変えることのできない辛い日々を送っていたある日の帰り道のことだった。
「……ウザイ。何も知らないくせに。知ったような口して優しくしてこないでよ……ほんと腹立つ。」
帰り道にあるマンション。そこの下で、この世の終わりみたいな顔をした、どこか見覚えのある顔の女子が、そこそこ大きな声で誰かの愚痴を言って泣いていた。
この世の終わりというのは比喩でもなんでもなく、今の俺と似たような泣き顔だったからそう思った。
(あぁ、夏和狂花……だ。)
小学生の頃、数回遊んだ記憶のある女の子だった。泣いて、愚痴って、どうしたらいいのか分からないほどに辛い。気持ちを読むなんて超能力は自分には無いが、不思議と俺は彼女の気持ちが分かるような気がした。
「お前、泣きながら何言ってんだ?」
気づいたら、俺は夏和狂花に声をかけていた。ただ放っておけない、放っておいてはいけないという気持ちだけの、七割近く勢いで言った言葉だった。
夏和狂花の怪我は有名な話だった。よく女子グループが話しており、最近絡みが悪いとも話していて、皆と険悪な感じになっていたのを知っていたのもあってか、一人で泣いている彼女を放ってはおけなかった。
自分はそういった状況で、死のうとした事実がある。勿論、彼女と自分が置かれている状況は全然違う。でも、それでも、彼女をみていたら不安になり、なにか力になりたいと、気持ちを抑えることが出来ず、気づいたら行動していたのだった。
―
向こうからすれば、誰だよこいつ、勘弁して欲しいという絡み方だったと思う。俺自身も、声をかけたのはいいがこれからどうしようという気持ちだったので、本当にお互いよく分からない絡み始めだった。
余計なお世話、考えすぎのキモイ奴と思われないだろうかと思いつつ、内心はとてもビクビクとしていたのだが、ここからが自分にとって想定外のことがおきた。
意外と話せる。そして、悪い気もしないし、むしろ楽しいと思うようになったのだ。独りにしてはいけないという気持ちから、傍から見れば犯罪者のような行動をとっていたにも関わらず、夏和狂花は普通に絡んでくれた。
次第に仲良くなり、沢山話すようになり、愚痴や悩みを話し合う仲になり、そしていつしか、普通の友達のような関係になっていった。
「女たらしだなんて言われてるけど、あれ実際は全くのデタラメだからな?そもそも初めに言い始めた佐川だけど、あれ逆だから!佐川が告白してきたってのに。本当びぴったよ。こんなことになるなら、あの時皆の前で公表すりゃ良かった。」
「多分そこから色んな噂を言いふらしたのは片瀬ね。私も怪我で機嫌悪かった時のほんの少し絡みで、次の日から皆のことウザがってるとか変な噂流されたし。」
「マジかよ、やべえな片瀬。それで独りなのか。なんか、お互いドンマイだな!」
「全く笑えないわよ。」
傍から見れば性格の悪い二人にみえていただろうような話もよくする関係になった。気づいたら、ほとんどが一緒にいるような存在になっていた。
「別の夢ができた。なんだか足のことは、もう慣れちゃった。誰かさんが馬鹿みたいに絡んでくるおかげでね。」
中学三年生の時には、夏和狂花はもうこの世の終わりみたいな顔は一切しなくなり、そんなことを言ってくるようにもなった。中学校生活、結局お互い独りのままだったが、独りのようで独りではなかった三年間となった。
「そういえば……夏輝の夢ってなんなの?」
進路が決まり、お互い同じ高校に行けることが決まった後、不意に狂花からそんな事を聞かれ、俺は答えた。
「俺?特にないかな。あぁ、でも強いて言うなら親が死ぬまで生きれたら、それでいい。そこまでしか考えてないから。」
「……えっ?それって、どういう意味?」
特に何も考えることなく、ずっと思っていた事が自然と口からでた。
「いじめられる側にも原因がある。それにしても、親より先に死ぬなんて……親不孝な。周りのこと考えたら悲しい事件だなぁ。」
いじめられ、親に言おうとしたあの時。都合悪く流れていたいじめのニュースをみた父親がそう言った。俺は、それを聞いて何も言えなくなった。言えるはずがなかった。
そこからは、昨日よりはしんどくない。今日は泣いてないから大丈夫。そういう気持ちで、気合いで頑張って生きた。学校では耐え、家では極力悟られぬよう笑顔を作り、明日は今日よりかは大丈夫だと自分に言い聞かせて。
何度も自分という存在を放り投げようとしたが、勇気がなく、そして父親の言葉が呪いのように自分のその気持ちを押し殺した。まだ我慢しろと。
無理矢理生きてる間、色んなことを考えようになった。この先生きていて、この辛い経験を忘れられる日は来るのだろうかとか、笑い話にできるほどの良い人生が待っているのだろうかとか。もうたくさんのことを考えた。
結果、そんな日はこないだろうという結論になった。忘れられる日はこないだろうし、笑い話になる日も来ない。誰かに話すつもりもなく、ただ自己嫌悪の日々があるだけだろうと。だったら、家族が生きてる間だけ頑張ろうと。その後自分を終わらせようと。そこまで頑張り、そこを夢としようと考えた。
そんな時だ。夏和狂花に出会ったのは。自分と同じような顔をした彼女を見て思ったことがあった。
(……どうせなら、どうせ終わる気なら人に優しくして、自分よりいい人生を送ってもらおう。うん、怖いものは無い。俺にしかできないことがあるはず。)
夏和狂花。怪我をした後、急に悪い噂が流れ、独りになった彼女。みんな空気を読んで絡まないようにしている彼女だが、俺だったらいけるはずだ。
それが彼女に絡んだ、本当の理由だ。放っておけない理由だ。
「どういう意味って……そのままだよ?親が死ぬまでは頑張って生きる。それが夢?かな?」
そう話した直後、どうしてか彼女は突然涙を流し始めた。
「ごめん……気づかなくて……そうだよね、そうだよ……私、自分のことばっかり……夏輝のこと……知ってたはずなのに……深く考えないようにして……」
それは、怒りと悲しみのこもった声だった。
「どうした?狂花?」
俺がそう聞くと、彼女は余計に大粒の涙を流し始め
「夏輝……その考えは間違ってる。ごめん沢山あなたの事をあなたの口から聞いていたはずなのに、あなたの深いところまで私は考えていなかった。あなたは考えていてくれていたのに……」
途端にそんなことを言われ、困惑する。
「間違ってる?何が?」
「全部がだよ。その考えも、その想いも、夏輝のは、全部間違ってる。」
はっきりとした言葉だった。そしてそれと同時に、それは拒絶のようなものでもあった。
「……いや、俺は正しいと思うな。」
何も間違っているはずがない。悲しむ人間がいるからそれまでは頑張ろうという話で、悲しむ人間が居なくなったのなら、もういいじゃないか。それの何が間違いだというのか。そもそも、何も知らないくせに、何故間違っていると言い切れるのか。
「ううん。間違ってるよ。そんな考え、やめたほうがいい。」
そんな。そんな考え。その言葉が、深く刺さった。自分なりに沢山考え、それでも、もう無理だと考えつくした結果だというのに。
「……簡単に言うなよ。何も分からないくせに。」
「うん。夏輝の辛さなんて分からない。でも間違ってる。」
「もうこの話題やめよ。ごめん変な話して。」
「私、夏輝から絶対に目を離さないから!絶対にそばに居る。あなたのその道が変わるまで、変わった後も、私はあなたのそばに居るから……覚悟しといて!」
自分が思っていた反応と違った。これだけ絡んでいたのに、どうしてそういうことになるのか。てっきり向こうも、分かってて絡んでくれているのかと思っていたのに。
「そっか……ありがとう。でも、狂花が居たところで何も変わらないかな。だから、時間の無駄だよ。もっと別のことに時間を使った方がいい。」
悲しんでくれる彼女に、俺はそう答えた。結果、彼女はとても怒って
「あっそ……じゃあ……無理矢理にでも変えてみせるから。もう、私以外のこと考えられないぐらいにまでしてみせるから。」
「本当に時間の無駄だから、そういう事ならもう絡まないでほしい。正直言って、かなりめんどくさい。今更どうとかこうとか。」
「今の夏輝からしたら、私の話や行動は、余計なお世話だと思うかもしれない。けど、もう初めに言っとくわね。私はこれからもっと、あなたに面倒くさく絡むから。あなたが変わるまで、いや、絶対に変わるから。」
「……本気でウザイ。それ以上絡まないでくれ。俺が変わることは、この先一生無いから。」
覚悟を決めてだした自分の答えを、こちらの事情を一切何も知らない人に否定されるのは我慢ならなかった。そういうことなら、独りでいい。そっちの方が気が楽だからだ。
これだけ強く言えば、もう彼女といえど絡んでくることは無いだろうと、そう思った瞬間だった。
「絶対!ぜーーったいに!あなたの考えを変えてみせる!絶対におかしいから!そんな考え方……それを夢だというあなたも私は絶対に許さない!何がなんでも、あなたの考えを変える!好きだから、好きな人がそんな考えしてて、放っとくなんて無理だから!」
「……は?」
返ってきた言葉は、想像なんてできるはずもない衝撃の言葉で、でも彼女は確かにこっちを向いて、涙目でそう言ってきていて、それが本気で言ってる言葉だというのがすぐに分かって。
(……いやいや、ありえないだろ。なんでこのタイミングで告白?!)
途端に、いや急激に恥ずかしくなり、彼女の方を見れなくなった。訳の分からない状況になっていた。ただ、自分も確実に言えることがある。
「変わらないから、本当に時間の無駄になるから絡まない方がいい。いや、絡まないでくれ。」
この先、大切で特別な存在を作ることは絶対に自分はありえない。恋なんて以ての外だ。そんなものをしてしまったら、夢を捨てるようなものだからだ。
「明日から、いや、今から!覚悟しといてよね夏輝!」
「初めに言っておくぞ?ありえないからな?」
これが、破滅に向かう冬川夏輝と、それについてこようとする夏和狂花の始まりとなった。
そしてその数年後に、破滅が終わることを冬川夏輝はまだ知らない。




