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大陸暦1526年――感謝


 しかし、双子が成長するにつれて、テリの想像とは違うことが起こり始めた。

 弟は少し病弱で知能も普通だったが、妹は健康的で賢かった。

 言語の習得も早く、一歳になるころにはもう普通に会話が可能だった。それに加えて物事の理解力も高く、父親が教えることはなんでも吸収した。それだけでもテリとの知能の差は明らかだった。

 だから父親は早々に幼い妹を跡取りにすると決めた。テリは見限られたのだ。

 そのことをテリは素直に喜んだ。これでもう父親に跡取りとして勉強を強要させられることはなくなる。勉強ができなくて鞭で叩かれることがなくなるからと。ただ、今まで自分が受けていた仕打ちが妹に向くことだけは少し可哀想に感じていた。

 だが、テリの想像に反して父は妹に優しかった。自分には見せたこともないぐらいに締まりのない顔で、妹に勉強を教えていた。それは母も同じで、母は妹はもちろんのこと病弱な弟を溺愛していた。

 しかも双子は両親だけでなく、その整った顔立ちから使用人や親戚、誰からも愛された。

 それらを見ていてテリはやっと気づいた。自分が両親から受けていたのは愛情などではなかったのだと。親子の関係というものは本来、こういう温かいものなのだと。

 テリは自分を束縛するだけして見棄てた両親を、そしてなにも苦労せず普通に愛される双子を次第に憎むようになった。


 双子によりある意味、自由を手に入れたテリは、成長するにつれて夜遊びをするようになった。

 遊び相手は基本的にガラの悪い男友達と、性に奔放な女性ばかりだった。テリは物覚えが悪かったが頭が悪いわけではなく、双子ほどではないがそれなりに整った容姿と話術で、女性にはもてたという。

 そういう生活が何年も続き、そして三年前に家族が強盗に殺された。それに伴って遺産の全ては家督を継いだテリのものになった。

 憎んでいた家族が死んでテリは清々したという。欲を言えばオリにも死んでほしかったが、メアが生き残るよりは断然マシだと思った。弟は自己主張が乏しいし、自分の害にはならない。メアと一緒にいるときは鬱陶しく感じたが、一人ならなんとも思わない。だから家を追い出すようなこともしなかった。


 それから弟のオリとの生活が始まった。

 テリは相も変わらず遊び歩いてはいたが、両親やメアがいなくなったことで以前より家にいることも多くなった。オリと食事をしたり、少し会話をすることも増えた。

これまではオリのそばには常にメアがいて――たとえその場にいなくても二人は繋がっていたからいるのも同然――オリと二人きりで話すことがなかった。

 だからか不思議な感覚を覚えたという。オリに兄さんと呼ばれる度に、自分が兄であるという実感が遅くながらに湧いてきたのだ。

 塞ぎ込んでいたオリを外に連れ出そうと思ったのもその影響だった。

 オリは自分の言うことを素直に聞いた。どこでも一緒についてきた。そのことはテリにとってメアに対する優越感となった。昔はお前の言うことばかり聞いていたが、今ではこいつは俺の言うことを聞いている、ざまあみろと思ったらしい。

 そのあとオリがメアの最後の声を聞きたいと告白したとき、嬉しさが湧いた。両親はオリを普通だと思っていたが、なんだこいつも普通ではないじゃないかと。

 薬を女性に飲ませたいと言ったオリにテリは協力した。三つの薬は事前にオリが何度か小動物で試して、それらしいものを用意したと言っていた。

 それを連れ込んだ女性に飲ませるのは簡単だった。危険なものではないとオリが誠実に説明したからだ。女性はオリの容姿にまるで警戒することなくそれを飲んだ。それに媚薬も含まれていたことから、のちの行為も楽しめたとテリは話している。

 しかし、それを続けているうちに、別に薬を飲ますなんて煩わしいことをしなくてもいいのではと思った。行為の最中に軽く首を絞めれば早いと。

 だからその日は薬を飲まさずオリにその場にいろと言った。オリは珍しく反抗してきたが殴れば大人しくなった。そしてその最中にテリは女性の首を絞めた。すると女性は喚いて抵抗するようにテリの顔を叩いた。

 そのとき、テリの脳裏に母親の顔が浮かんだ。

 母親はテリを叱るときに頬を叩くことがあった。それを思い出したのだ。

 そのことにより頭に血が上ったテリは、そのまま女性を絞め殺していた。

 口うるさい母親の首を絞めて黙らせる――それは幼いころから彼が何度もしてきた空想の一つだった。


「それから彼はー口うるさい母親に見立てた女性を暴力で支配しー首を絞めて黙らせ続けたというわけさー。ねー? 普通でしょー」


 ラウネはなんてことのないようにそう言った。


「まあ」


 普通かどうかは分からないが、素直に理解はできるものではある。

 私はその辺のことは詳しくはないが、幼少期の体験が強く表れている分かりやすい例と言えよう。彼のしたことは到底、許されることではないが、まともに親の愛情を受けずに育ったことに関しては同情を覚えてしまう。


「それで兄による被害者は何人で、身元は判明したのか」


 そのことはリビアからも聞き忘れていた。


「五人だよー。地下室の遺体の数とも一致してるー。身元は全員ー天涯孤独でー個人で客を拾って仕事している人間ばかりー。だからー捜索願を出す人間もいなかったみたいだねぇ」

「それもなんだか、悲しいものだな」

「まぁまぁ見つかっただけでもよかったじゃんー。あーでもぉ? 星教(せいきょう)が仰る通りならばぁ? 犠牲者に来世はもうないかもしれないけどねぇ」


 歩きながら肩越しに振り返ったラウネが、意地悪げな笑みを浮かべた。

 こいつは死した肉体に長く魂を(とど)めておくと、魂は死に穢されてしまい最後には朽ちてしまうという星教(せいきょう)の死生観のことを言っているのだ。


「それは……神が、救いの手を差し伸べてくださるよう願うしかない」


 被害者のために願望を込めてそう言うと、ラウネは目を細めた。その表情は昔、ラウネがよく見せていた顔に似ていた。まるでつまらないものを見るような、なにも期待していないような、冷めた微笑みに。

 そのことに少し動揺していると、ラウネは前を向いて言った。


「まぁともかくにもーこれで一件落着なんだからよかったじゃないー」


 それがいつもの調子だったので私は安堵する。

 そして思う。なんとも後味が悪い事件だったなと。

 いや、後味を悪くしたのは自分だ。私が尋問に立ち会わず、犯人のことなど知らなければこんな気持ちにならずに済んだのだ。

 最後まで首を突っ込まずにはいられない自分に呆れながら歩いていると、前を進んでいたラウネが立ち止まった。それから振り返ってこちらを見上げてくる。


「ねーねー。わたしに感謝してるー?」

「ん? あぁ。もちろん。事件を解決してくれて感謝してる」

「違うー」


 ラウネが不満そうに頬を膨らませる。


「わたしのお陰でーキミが最後の犠牲者にならなくてすんだことー」

「ああ」


 そういえばまだ、礼を言っていなかったな。


「助けてくれて感謝しているよ」


 そう答えると、ラウネはじーと見つめてきた。


「……なんだ」

「べーつにー」


 尾を引くような言葉を残しながら前を向く。そしてまた歩き出す。

 ? いったいなんなんだ。


「あー喉渇いちゃったなー。お茶しよお茶ー。キミも付き合ってよー」

「だから今日は飲み食いする気分では」

「流石にそろそろ水分は摂ったほうがいいと思うけどー」


 ……正論だ。


「なら一杯だけだ。私だって暇じゃないんだ。飲んだらすぐ帰るからな」

「ははいのはーい」

「普通に返事しろ」

「はーい」


 ラウネは右手を上にあげると、歩く速度をあげた。



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