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大陸暦1526年――双子の兄


「理解できたー?」


 尋問室から出て少し歩いたところで、ラウネが顔だけ後ろに傾けて訊いてきた。


「したくない」


 私は自分でも分かるぐらいにぶっきらぼうに答えた。そういう言いかたをすればラウネを喜ばせると分かっていても、そうすることを抑えられなかった。

 案の定、ラウネが楽しそうにケラケラと笑う。


「だろうねぇ」


 そもそも私は性質なんてものは信じていないのだ。

 それでも譲歩して半身に依存するというのはまだ分からないでもない。性質とか関係なく、誰かに依存する人間というのは普通にいるものだから。だが。


「死を受容する性質だと。死を甘んじて受け入れる人間がどこに――」


 いるんだ、と口に出しかけて、言葉が詰まった。


「いるのは知っているよねぇ?」


 私の心情を見抜いたかのように、ラウネが前を向いたまま言う。


「――だが、それは性質なんてものではない」

「そうなのぉ?」

「そうだ」

「まぁそういうことにしとくー。でもー彼のお姉さんの場合は性質だよー。後天的ではなく先天的のー。ようは本当に生まれつきのねー。ほらー星教(せいきょう)でもあるでしょー? 魂は(めぐ)るってー。わたしはねー先天的な性質はその過程で魂と紐付くと思ってるんだー。例えば死を受容する性質だとー彼女の前世がー自分の生に執着しすぎたあまりにー多くの人の命を奪ったー。だから現世ではそれをしないようにと魂の枷になっているーとかねー」

「そんなことまで星教(せいきょう)は説いていない。だいたい生まれつきだなんてものはただの言い訳だ。もしなにか原因があるとすれば、それは育った環境によるものだろ」

「それならレイレイはー両親や姉に愛されて育った彼がー性質なしにーどうやって六人も殺す殺人鬼になったのかを説明できるのー?」

「それは……」


 私は涙を流すオリの顔が目に浮かんだ。

 彼は本当に悔いていた。自分のしたことが怖ろしいことだと分かっていた。

 それでも止められなかった。失った姉を求めたがために。

 普通の人間はそんなことを考えない。

 たとえ相手に依存していても、その依存した相手が殺されたとしても、そんなことまで考えないはずだ。思いついたとしても精々、仇を取ろうと思うぐらいだろう。

 依存相手の最後の声を他人から聞きだそうなんて、思い至るわけがない。

 ラウネは立ち止まると、くるっと振り返った。


「キミさー分かってるのぉ? 理解したくないってことはー逆を言えば理解はしているって意味なんだよー?」


 そんなこと言われなくても分かっている。

 二人の話を聞いていて、納得してしまっている自分にも気づいている。


「しかし、それでは性質ってものが全てを決めるってことになるではないか。彼は姉が殺された時点でこうなることが決まっていたというのか」

「いいやーそれは流石に違うねー。先天的でも後天的でも結局は切っ掛けなのさー。彼の場合はー目覚める切っ掛けがーぴったりの状況がーたまたま目の前に現れたんだよー」

「兄が人を殺したときか」

「それもだけどーそれ以前にもーなにかしらの切っ掛けがあったのかもしれないねぇ。でないと薬を使うだなんて彼一人では思いつかないよー」


 ……? よく分からないが。


「なんにしても、やはり理解したくない」

「強情だなー」ラウネは前を向くと歩き出した。「でもまぁ、それでも理解できないって嘘をつかないところがキミらしいねぇ」

「だいたいお前は神を信じていないだろ。なのに星教(せいきょう)の死生観は信じるのか」

「それには語弊があるねぇ。私が信じていないのは星教(せいきょう)の神だよぉ?」

「同じではないか」

「違うよー全然違うー」

「なにが違うんだ」

「神様万歳の人とその手の議論をするつもりはないよー」


 言葉通りラウネは万歳をすると、これでその話は終わりだとでも言うように、肩をすくめた。こうなってはなにを聞いても無駄だ。私は話題を変える。


「それで、兄のほうはどうなんだ」

「あれはただの連続強姦殺人犯ーわたしが尋問する価値もないーつまんないやつー。現に午前中にウルルが尋問して洗いざらい話したよー」

「ただのとは言っても彼にもそうなった理由があるんだろ?」

「あるけどーほんとつまんないよー?」


 ラウネがつまんないということは、それは万人にも理解できる普通の理由ということだ。


「教えろ」


 オリのことで気持ちが乱れている今、その普通の理由が聞きたかった。


「もー横柄だなぁ」


 ラウネは文句を垂れながらも話し始めた。

 オリの兄のテリは、商家アポス家の長男として生まれた。

 最初のころは跡取りとして大事に育てられていたらしいが、あるとき父親が気づいてしまう。この子は頭がよくないと。それでも一人息子だったこともあり、父親はテリを商家の跡取りとして厳しく育てた。そのためには体罰も(いと)わなかったという。

 そういうときに子供が泣きつくといえば母親だが、母親もテリには厳しかった。勉強ができないといつも叱られていたらしい。どうやら母親は母親で父親に言われていたのだそうだ。テリができないのはお前の血の所為だと。亭主関白な父親に母親は、なにも言い返すことができなかった。

 そんな厳しい両親にテリは一切、甘やかされることなく育てられた。

 勉強ばかりで遊ぶことも許されず、誰にも弱音を吐けないその日々は、テリにとっては地獄そのものだった。

 テリは両親に従順ではあったが、それでも時折、どうしても気持ちの制御が利かなくなることがあった。そのときは物や動物に当たることで発散していたが、その度に父親には殴られていた。

 その生活に変化が訪れたのは、テリが五歳のときだった。

 双子が生まれたのだ。

 そのときテリは初めて、希望というものを感じたという。

 それは両親が自分に厳しいのは跡取りで勉強ができない所為だけではなく、親と子の関係というものはそういうものだとテリが思い込んでいたからだった。だからこれからは自分だけが怒られることがなくなるのだと、双子はきっと自分の味方になってくれるのだと、そうテリは信じていた。



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