大陸暦1526年――01 星王国
フルテスタ大陸の中心に位置する大国、星王国センルーニア。
大陸四大国の一つに数えられるこの国は、神の力――神星魔法を編み出した星六英雄の一人セレミア・リュムの子孫であり、瘴竜大戦で瘴気に汚染されていたフルテスタ大陸を浄化した立役者の一人である稀代の神星魔道士ルーニア・セレンによってフルテスタ暦一〇四年に興された。大陸ではフルテリア竜王国に次いで、二番目に古い国家となる。
この地には国が興る以前、大陸中から魔法素養者が集まって作られた魔法学園都市が存在していた。そこでは生物に害のある瘴気の研究と、生物の天敵である瘴魔に有効である魔法を扱える人間――魔道士の育成に力を入れていた。
その理念は国家となってからも受け継がれており――もともと魔法学園都市も王となる前のルーニアが発案したものであった――魔法研究の先進国である星王国には昔も今も、大陸全土から魔道士を志す人々が多く集まる。
星王国民の半数以上は、魔法学園都市に集まった魔法素養者の子孫だ。
そのため、この国では魔道士の家系ではない一般市民の中にも、多少なりとも魔法素養を持って生まれるものが多い。その確率は、聞いた話によると他国の倍以上だという。
今も丁度、それを証明するかのような光景が車窓に広がっている。
私が乗っている馬車は今、星都の中心地である中央区画の車道を通っていた。
中央区画には歴史的建造物も数あることから、他国からの観光客もよく訪れる場所だ。車道のそばにある噴水広場にも、自国民のほかに観光客らしき人間の姿が多く見られる。
その噴水広場には、観光客向けの様々な屋台が並んでいる。どの屋台にも人は集まっているが、その中でも一際、注目を浴びているのは果物ジュース屋と串屋だ。
果物ジュース屋では店員が魔法で生みだした氷をカップに入れ、串屋では客に提供する前に魔法で火を放ち肉に焦げ目をつけたりしている。この光景が普通でないことは、観光客がその様子を驚いたり物珍しそうに眺めていることからして一目瞭然だろう。
かく言う私も、初めて星都に訪れたときには観光客と同じ反応をしていた。
それは私が他国の生まれだからというわけではない。一応は私も生粋の――両親の話では――星王国民ではある。だが、生まれたのは国外れの小さな村だ。
そんな小さな村でも流石は星王国とでも言うべきか、何人かは簡単な魔法を使える人間がいるにはいたが、使ったとしても生活に役立てるぐらいのことだった。それも当然だ。観光客も来ないような小さな村で見世物にするような人などいるわけがない。これはこの国でも都会ならではの光景なのだ。
馬車は噴水広場を通り過ぎ、中央大通りへと出る。すると馬車正面の窓に一際、大きな建造物が見えてきた。
六角形から成る星都の中心にそびえ立つ、巨大で美しい城。
白亜の城と称されるこれこそが、星王国を統べる星王家が住まう星城だ。
ここ星城には私が所属する星ルーニア騎士団の本部があるほかに、星城駐在の宮殿騎士隊や城内と王家を警護する宮殿近衛隊、それから宮殿魔道士や宮殿神星魔道士の本拠地もある。それだけでなく研究棟や観測棟を始めとした様々な機関が入っており、城の大きさに見合っただけの多くの人がここには詰めていた。
私も一昨年、士官学校を卒業して一年間は宮殿騎士として城に勤めていた。
だが、そこで色々なことがあり去年初め、引退する第五騎士隊長の後任に選ばれたのだ。
もちろん最初からそれを素直に引き受けたわけではない。それはもう何度も断った。たとえ星ルーニア騎士団への異動願いを出していたとはいえ――最初は志望が通らず宮殿騎士隊に配属になった――学校を卒業して一年の若輩者がいきなり指揮官だなんていくらなんでも荷が重すぎると。
それになにより私は平民だ。
星王国では基本的に管理職などには貴族が就いている。
隣国のゼンテウス帝国のように、そのように法で定められているわけではないとはいえ、それがこの国でも普通なのだ。騎士隊長にしてもこれまでの歴史上、一度も平民が任命されたことがない。今でも私を除く六人の騎士隊長はみな、騎士貴族の出身だ。
別に私は人目とか風評とかを気にする性分ではないが、それでもその中に混じるのは流石に気が引けるというものだった。
しかし、結局は引き受けてしまい今に至る。
正直、後悔していないといえば嘘になる。むしろ執務机に座る度に後悔している。
それに、回りが貴族だらけの隊長会議に出るのにも、なかなかに気を使う。
ほとんどの騎士隊長は私を対等に扱ってくれてはいるが――それが本心かどうかはともかく――中には明らかに侮蔑の目を向けてくる人もいる。そのことに憤りを覚えたりはしないが、気疲れすることには変わりない。
それでも子供のころからの目標であった星ルーニア騎士団に入れたことや、瘴魔に関われる任務内容、そしてこんな若輩者に付いて来てくれている気のいい部下たちと過ごす毎日は新鮮で面白いものだった。なので、今にも隊長を辞めたいというほど追い詰められてはいない。まあ、代わりたい人間がいれば喜んで譲りはするが。
馬車は城壁の中へと進み、それからほどなくして止まった。
「到着しました」御者が言った。
「ありがとう」
私は礼を言って、開いた扉から馬車を降りる。すると星城入口を挟むように立っている衛兵――宮殿騎士――が私の姿をみとめて敬礼をした。
それを視線で受け止めながら星城の中へと入る。そのまま真っ直ぐ進み、広大な玄関広間に出る。外観に負けず劣らず美しい広間には噴水や初代星王ルーニアの彫像、フルテスタ大陸の瘴気を浄化したときの様子が描かれた壁画などが飾られている。私はそれを横に見て東側にある騎士団長室へと足を向けた。
通路を歩いていると、警護をしている近衛騎士が敬礼をし、城に勤める人たちがすれ違う度に軽く頭を下げてくる。その度に私はなんともむず痒い気持ちになった。自分も去年まではあちら側の人間だったのもあり、どうも畏まられるのにはまだ慣れない。知った顔ばかりの自分の城――生意気な言い方をすれば――と言える五隊軍営内ならばまだしも、多くの人が集まる公共の場で様々な人に礼を尽くされるのは、居心地の悪さを感じてしまう。
だからこういうときはつい足を早めたくなってしまうのだが、そのつど私は『駄目だ』と自分を戒めていた。
城内で走るのが禁止されているわけではない。その証拠に先ほどからも書類の束を手にして、忙しそうに走っている人間と何人かすれ違っている。それでも私が早歩きさえもしないのは、半年間の隊長実習で前第五騎士隊長にそのように教示を受けたからだ。
普段から歩行が早めであった私に前第五騎士隊長は『いかなるときも指揮官は急いではならない』と言った。
指揮官がそのような姿を見せれば部下は何事かと思うだろうし、中には不安を抱く者も出てくる。それは部隊を預かる立場の人間が、部下には絶対に抱かせてはいけない感情だ。不安とは伝染するものであり、そのような人間が増えてしまえば指揮に支障をきたす恐れがある。指揮官の些細な変化一つを、意外にも部下は見ている。それゆえにどんなときでも慌てることなく、どっしりと構えておくこと。それが人の上に立つ人間の務めだ――。
それを聞いたときは全くその通りだと思った。確かに部下の立場からしたら、忙しなくしていたり慌てふためく指揮官などあまりお目にかかりたいものではない。何事にも動じることなく、堂々としていてくれたほうが見ていて安心するし心強い。
そして、それはほかの部隊の指揮官であろうと同じだ。前第五騎士隊長が『いかなるときでも』と言ったのは、たとえ自分の部下の前でなくとも指揮官たる振る舞いを崩してはいけないという意味なのだ。
だから私はその教えを守るために、歩くときはいつも気を張っている。
そしてその度に思う。全く指揮官というものは、服装といい所作といいなんとも気を使うことが多いのだなと。ただの騎士であったときには分からなかった苦労だ。
そうして自分にしてはゆったりと歩を進めていると、やがて目的地である騎士団長室が見えてきた。騎士団長室を警護する二人の宮殿騎士が私の姿をみとめて敬礼する。それから左側の騎士がすぐに扉を叩いた。