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騎士隊長と悪魔尋問官  作者: 連星れん
より先なるものから

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大陸暦1526年――04 双子3


 家督は兄が継いだが、事業は父の知り合いの商人に勧められて売り払った。

 衛兵は責任を感じて辞職した。全員が退職金を辞退した。そして二人の使用人も辞めた。三人が亡くなった家で、これまで通り働くのは辛いとのことだった。

 その気持ちは僕にもよく分かった。僕も返り血を浴びて家具が全て処分された居間や、メアが死んだ客間を見るのは辛かった。

 事件のあと、家には僕と兄、そして使用人の三人だけになった。

 使用人は僕ら兄弟を不憫に感じてくれた親戚が、なんとか探し出してくれた人だった。というのも人が殺された家では誰も働きたがらなかったからだ。その人は年配の女性で、日が出ている間という条件下で家に来てくれた。

 お金に関してはなにも心配なかった。事業を売ったお金と、父が残した財産が沢山あったからだ。

 だから僕は家に引きこもり、ぼんやりと毎日を過ごした。

 そして雨が降ると、あの日のことが思い起こされてベッドの下で丸くなって震えた。

 そんな僕とは対照に兄は毎夜、遊び歩いていた。

 兄は家族が死んでからというもの上機嫌だった。

 元々、家族の誰とも上手くいってなかったからだ。

 父からは出来損ないと疎まれ、父に逆らえなかった母からは目を背けられていた。

 出来損ないは僕も同じだけれど、僕は兄のように見限られても疎まれることはなかった。

 メアのお陰だ。

 頭もよく、要領もよく、美人だったメアは父の自慢だった。

 そんな愛する娘のメアと僕は同じ顔をしていたし、なによりそのメアが僕を大事に思ってくれていた。だからメアのおこぼれとして父は僕を愛してくれたし、母も僕を愛することを許されていた。

 でも、兄はそうはいかなかった。両親にも愛されず、僕のようにメアのような存在がいない兄は、常に一人だった。そのことは僕も不憫には思っていた。だからどんなに辛く当たられても、僕は兄のことを心の底から嫌いにはなれなかった。


 僕が家に引きこもって半月が過ぎたころ、犯人が捕まったと守備隊が知らせにきた。

 犯人は壁近(へきちか)に住む二人組のならず者で、(うち)との接点は特になかった。この家はたまたま選ばれたのだ。罪状は強盗殺人罪で死刑は確実だと言われた。

 僕はそれをなんの感慨もなく聞いた。

 犯人が捕まり死刑になったところで、メアは戻って来ない。そんなことなんの意味も成さない。だからそのことに対して本当になにも感じなかった。

 その日は犯人が捕まった祝いだと言って、兄が使用人にいつもより豪勢な食事を作らせた。以前から兄は夕食を外で済ますことが多かったので、こうして夜に食卓を囲むのは珍しいことだった。

 そのときに兄は唐突に言った。


 引きこもってばかりじゃ体にカビが生えちまう。遊びに行こうぜ、と。


 それが兄の気まぐれだったのか、兄なりの思いやりだったのかは今でもよく分からない。でも、メアが死んだ家にいるよりは、外にいたほうが気が紛れるかもしれないと思った。

 夕食のあと、兄は僕を行きつけの店へと連れて行った。

 そこにはお世辞にも柄がいいとは言えないような人ばかりが集まっていた。

 紹介された兄の友人たちも例に漏れずそんな人たちばかりで、だから最初は話しかけられても怖くて縮こまっていた。だけど怖々(こわごわ)と応答しているうちに、見た目に反して意外と気さくでいい人たちだと気づいた。

 彼ら彼女らは様々な事情で家に帰れない人もいれば、身よりもなく頑張っている人もいた。それらを知ることで、兄がここに通っていた理由が理解できた。兄は家に居場所がないからここに逃げていたのだ。


 それから僕は度々、兄と共にそこに訪れるようになった。

 そこにいる女性たちは誰もが僕に親切だった。

 話を親身に聞いてくれたし、容姿が綺麗だとよく褒めてもくれた。

 それはメアのお陰だ。

 メアが綺麗だったから、僕がメアと同じ顔をしていたから褒められたのだ。

 僕はそれが嬉しかった。

 メアが褒められているみたいで、嬉しかった。

 もういなくなったメアがここにいるようで……嬉しかった。

 でも、結局それは幻想に過ぎなかった。

 そう、いつも一人になってから思い知らされた。

 あのときから空いた心の隙間が、そのことを突きつけてくる。

 メアはもういないのだと。

 お前はもう一人なのだと。

 その事実を槍のように突きつけてくる。

 その度に僕はベッドの下でうずくまって泣いた。

 彼女がいない寂しさに。

 彼女がいない不安に。

 涙を流した。

 そして、またもや思い知るのだ。

 寂しさや不安を取り除く声がしないことで。

 僕が泣いていたら必ず、慰めてくれていた声がしないことで。

 メアが存在しない事実を、何度でも、何度でも、思い知らされるのだ。

 それを繰り返している内に、僕は自然とメアに似た女性を捜すようになった。

 顔立ちは無理でも、彼女と同じ目色を、彼女と似た声を捜した。


 ――そう、声だ。


 声だけでもいい。

 声が聞きたい。

 メアの声が聞きたい。

 それが聞けるなら。

 どんな言葉だっていい。


 彼女の声が聞けるなら、()()()()()()()()だって――。



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