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騎士隊長と悪魔尋問官  作者: 連星れん
より先なるものから

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35/54

大陸暦1526年――03 油断


「客だ。店の中に入った」私は気持ち、さらに声を抑える。

『どんな人ー?』

「見た限りでは二十代前後。背丈と体格は普通で、目立って大きくはない。顔は正面から見ていないので確実とは言えないが整っていたとは思う」

『服装はシャツー? ボタンは留めてるー?』

「白シャツにズボンに重ね着だ。服装の乱れはない。ボタンは重ね着をしていたので全部は見えなかったが、襟元の第一ボタンは止まっていた」

『いいねいいねー』

「お前的には当たりか?」

『当たりだねぇ』

「後を付けるか」

『もしくはぁ、直接ー買った薬品を検めるかー。興奮剤と別の薬も買っていたらーわたし的には大当たりだと思うよー』

「別の薬?」

『うんー犯人の性格からしてー興奮剤だけ注文する度胸はないと思うんだー。だからーそれが本命じゃないんだよー頼まれたんだよーて感じで誤魔化すために別の薬も買ってるはずー。それに当てはまっていたらーまず守備隊に重要参考人として連れてってーそのあと被疑者として中央監獄棟(うち)に回してくれればーわたしが落とすけどー』


 そのほうが確実かもしれない。私には尾行の経験がない。そんな私が下手な尾行をして、もし途中で相手に気づかれて逃げられでもしたら、地理に明るくないこの辺りでは取り逃がしてしまう可能性がある。そうなると相手は警戒をして犯行を止めるだろうし、もしかしたらそのまま姿を消してしまうかもしれない。そうなったら捕まえるのがより一層、困難になる。それならばいっそ聞いてしまって連行したほうがいい。


「それで行こう」 


 それから少しして男性が店から出てきた。その腕には大事そうに紙袋が(かか)えられている。


「それじゃあ行くから。少し黙ってろよ」

『りょー』


 私は路地から出て、背後から男性に近づく。


「すみません」


 声をかけると、男性はびくりと肩を震わせた。それからゆっくりとこちらに振り返る。

 その顔を見て私は思わず目を見張った。

 薬品店の明かりの下、間近で見た男性は綺麗な顔をしていた。

 肩幅と喉仏がなければ女性に見えるぐらいに中性的な顔立ちをしている。背丈は私より少し高いぐらいで、高身長というわけではない。目は二重で目尻も眉尻も下がっている。見るからに人の良さそうな、というか気弱そうな男性だった。


「はい」


 男性にしては少し高めの声で彼は答えた。


せいルーニア騎士団のものですが」

せいルーニア騎士団」


 男性の視線が下へとおりる。私の服装を見るその目には警戒の色が浮かんでいる。


「はい。今、守備隊に協力してとある事件の捜査をしておりまして。このような格好をしていますのは――管轄外の捜査のためです」


 男性の目の警戒は薄まらない。それもそうだろう。私が彼の立場でも怪しむ。

 それでもこの設定で押し通すしかない。下手な嘘を言えるほど頭は回らないし、それにあながち全て嘘ではないのだから。


「突然で申し訳ありませんが、先ほど買った薬を検めさせてもらえませんでしょうか?」

「え」


 男性が見るからに狼狽えた様子を見せた。


「どうして、薬を」


 そう言った彼の目が泳いでいる。

 本当に……当たりなのか。もちろんラウネの言うことは信じているが、しかしとても六人も殺した殺人鬼には見えない。


「詳しくは申し上げられませんが、事件に関係があることでして。これは貴方だけでなく、薬を購入された全員に行なっていることです」


 そのとき、男性の視線が少しだけ右――私から見たら左に動いた。私は不思議に思って背後に意識を向ける。

 気配は感じない。いや、そもそも目を開けたままでは人の気配は視られない。

 振り返るか迷った。しかし本当に彼が犯人ならば、隙を見せた瞬間に逃げ出すかもしれない。

 私は悩んだ末にそのまま男性を見続けることを選んだ。

 気配を感じないということは、逆を言えば危険がないということだ。気配を気取るのが苦手な私でも、流石に敵意のある人間の気配には気づけるから。

 男性は迷う素振りを見せたあと、口を開いた。


「それでしたら、その、恥ずかしいので、あちらでいいですか」


 それから私の左側を見る。男性を警戒したまま一瞬だけ左後ろに目を向ける。幅が広い路地があるのが見えた。


「分かりました」


 男性が私の横を抜けて歩き出したので後に続く。彼は路地に入ると、そのまま立ち止まった。路地の入口に背を向ける形だ。私は仕方なく回り込むように路地の奥に入る。路地の入口は裏通りの魔灯(まとう)によって光は差し込んでいるが、奥は闇に覆われている。私と男性はギリギリ明るい場所に立っている感じになった。


「どうぞ」


 男性が紙袋を渡してきた。それを両手で受け取ると、手にずしりと重みを感じた。


「拝見します」


 私は紙袋を左腕に(かか)えて、閉じるように何度か折られた紙を右手で伸ばしてから口を開けて中を見た。中には形が異なる瓶が三本ほど入っている。

 まずは右にある瓶を持ち上げてみる。瓶に張ってる付箋には栄養剤と書かれている。

 次に真ん中の瓶を持ち上げる。付箋には消毒剤と書かれている。

 そして最後に左の瓶を持ち上げる。そこには……興奮剤と書かれていた。

 当たりだ――私は正面の男性を見る。

 男性は強張った表情で落ち着きなく視線を泳がしている。それは興奮剤を買ったのを知られて恥ずかしがっているというよりは、まるでなにかに怯えているように見えた。


「あの」


 声をかけると、男性の体がびくりと跳ねた。


「はい」

「申し訳ありませんが、守備隊の詰所までご同行お願いできませんか?」


 男性が驚くようにこちらを見る。


「どう、して」

「少し確認したいことがあるので」

「ここでは、駄目なんですか」

「はい。詰所に担当がおりますので。そんなにお時間は取らせませんから」


 私は自分でも驚くぐらいに自然と嘘をはいた。彼に間違いないのならば、これから一生の時間を貰うことになるというのに。

 男性は迷う素振りを見せていたが、やがてなにかを諦めるように肩を落とした。


「……わかり、ました」


 そして同意した、そのときだった。背後に気配を感じた。

 明確な敵意――そう気づいた私は右手を左腰に下げている剣に伸ばした。そして抜こうとして、紙袋を(かか)えている左手が邪魔なことに気づく。その時点で紙袋を手放すのが最善だということは分かっていた。だが、これが証拠品になると思うと瞬時にその選択をすることができなかった。

 それが命取りだった。引っかかりながらなんとか剣を抜いたと同時に首元に小さな痛みが走った。

 直後、大きく視界が揺らぐ。

 立っていられないほどに、世界がぐるぐると回る。


「ラ――」


 その名を呼ぶ前に、意識は途切れた。



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