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騎士隊長と悪魔尋問官  作者: 連星れん
より先なるものから

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33/54

大陸暦1526年――03 張り込み


 星都せいと西区画。壁近(へきちか)に近い路地の一角。そこに私は潜んでいた。

 時刻は十九時。日はすでに落ちている。通りは魔灯(まとう)が道を照らしているが、ここは大通りでもなければ中通りでもない。裏通りに入る部類の道だ。だから魔灯(まとう)の数が多くはなく、その路地ともなればほとんど薄闇に覆われている。隠れるのには最適だが見通しはよくない場所だ。

 私は少しだけ路地から顔を(のぞ)かせる。この裏通りには今のところ人っ子ひとり見当たらない。それでも警戒をしながら裏通りをぼんやりと照らしている薬品店へと目を向ける。中に人がいないか気配を視るために目を瞑る。

 人の気配を視るという行為は、人の体内にある粒子を感じ取る行為のことを指す。

 粒子とは、大気中と全生物の体内に存在する小さな粒子のことだ。

 生物は体内の粒子を使うことで、大気中にある粒子に働きかけて様々な現象――魔法を発現させることができる。魔法は体内に一定数以上の粒子――素養がないと使うことができないが、たとえ素養がなくとも人は必ず――例外もある――体内に小量の粒子を持っている。だからそれを気配として視ることができるのだ。

 とはいえ、それは誰しもが自然に行なえることではない。少しばかり訓練が必要となる。粒子の扱いに長けている魔道士ならばまだしも、平凡な一般人がそれを身に付けるのはなかなかに難しい。

 それでも慣れればこうして視覚を遮断しなくても気配を視られるようになるのだが、私にはそれができない。学生時代にどんなに訓練しても駄目だった。人によっては向き不向きがあるらしいが、私の場合は向いていないという段階(レベル)ではない。

 どうも、それができない体質らしい。

 敵意などの明確で強い意思表示をしている人間ならまだしも、自然体でいる()()()()()()()()を視ることができない。視覚を遮断し、全神経を集中させることで本当に辛うじて微かに視えるぐらいだ。

 だから私は全神経を集中させる。

 そうすることでなんとか、ほんの微かに一人だけ気配を視ることができた。

 先ほど視たときと同じ気配――店員だ。

 見逃したということはなさそうだ、と安心して私はまた路地の中に姿を隠した。そして動いたことにより後ろにズレたフードを前に引っ張る。

 服装はいつもの騎士服ではなく平服を身に付けている。白い騎士服など張り込みをするのには流石に目立って仕方がないので、中央監獄棟を出たあと兵舎に戻って着替えてきた。それからここへの道中、衣料品店でフード付きの薄手の黒い外套も購入した。あとは一応、剣も持ってきているが、それも騎士剣だと目立つので兵舎の鍛冶場からショートソードを借りてきた。その際、鍛冶場の親方に『洞窟にでも探険に行くんですかい?』なんて冗談を言われたので苦笑して誤魔化しておいた。


『どうしてわたしもつきあわなきゃいけないのー』


 ふいに不満げな声が耳に届いて、反射的に体が跳ねた。ラウネだ。


「一人で二軒は見張れないだろ」私は小声で答える。

『そうだけどぉ。だからってこんなものまで持ち出させてさぁ。外で使うの禁止なんだけどー知られたら始末書ものなんだけどー』


 こんなものとは今、私たちがお互いの耳に身に付けている星音(しょうおん)――通信魔道具――のことだ。

 魔道具はその名の通り魔法の力が込められた道具であり、魔力を通すことで込められている魔法を発動させることができる。

 魔道具は名前からして使用に魔法素養が必要だと思われがちだが、そんなことはない。粒子と同じく大小はあれど魔力はどんな人間にも備わっている。だから魔道具はコツさえ掴めれば誰にでも使用が可能だ。

 魔道具には魔法のように格付けがされている。

 魔灯(まとう)のように個数が多い、または作成しやすいものは下位に格付けされ、それから中位、高位と上がり、最上は特位魔道具となっている。

 特位は個数が少なく作成が難しいことから、大体が国の管理下にある。

 私とラウネを繋ぐ星音(しょうおん)もそうだ。

 これは二組の魔道具を通して離れていても会話を可能にするもので、星都(せいと)にも数える程しか存在していない。今日、持ち出したのは、中央監獄棟に一つだけ保有が許されているものだ。

 つまりラウネは今、ここにはいない。

 あいつにはもう一つの薬品店の前を張ってもらっている。


「犯人を確保するためだ」


 そう答えると、あからさまなため息が聞こえてきた。


『キミってさー真面目ちゃんで頭が硬いくせにー人を助けるためには平気で規則を破るよねぇ。ていうか今回は破らされているのわたしなんだけどー。もーバレたらどうするのぉ?』

「黙っていれば大丈夫だろ」


 私が持ち出しているのならば後から必ず違反申告はするが、私の我儘で持ち出してくれたラウネにそれを強要するつもりはない。罪の隠匿はよくないことではあるが、今回は星教(せいきょう)でも説いている人助けのためだから、神もこれぐらいは許してくださるだろう。


『無知ーこういう道具はねぇ、魔法と同じで使用すると大気の粒子が活発になるんだー。それを星都(せいと)の粒子を監視している観測棟が見つけたらー普通にバレちゃうのー』


 各国の首都には流粒(るりゅう)結界というものが張られている。その結界は粒子の流れを観測し、なんの魔法が使われたかを予測するものだ。主に外から首都への転移魔法による不法侵入や、不自然な魔法使用の監視に使われている。


「そうなのか」


 魔法はともかく、こういう小さな魔道具までもが観測されているとは知らなかった。


『そうなのーとは言ってもー星都(せいと)に粒子が活発な場所なんて腐るほどあるだろうからー普通はそんなに気にしてはいないだろうけどー。でもどうだろうなー不自然な線ができてるのは間違いないからなぁ。見つかったら面倒だなぁ』

「そうなったら私の所為にしろ」

『言われなくてもそうするよー』


 だろうな。こいつは規則を守る破るは全く気にしてはいない。

 それよりも人から注意されたり怒られたりするのが我慢ならないのだ。

 ラウネ曰く、自分より頭の悪い人間からあれこれ言われるのは私だけで十分らしい。誰が頭の悪い人間だ。いや、頭は悪いけれど。

 胸中で一人突っ込みしながらも、薬品店からは目を離していない。

 にしても張り付いてそろそろ一時間だが人っ子一人、現れない。

 時間帯が夕食時であるから当り前なのかもしれないが。



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