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大陸暦1526年――薬の種類2


「で」私は気持ちを切り替えて執務机に近づく。「なんの薬か分かったのか」

「わかったよー。でも忙しかったー。まとめるからーちょーとまっててー」


 ラウネはそう言うと、新しい用紙を取り出して、ペンを走らせ始めた。カリカリと音を立てながら、ペンは止まることなく文字を連ねていく。

 こいつは文字を読むのも早いが書くのも早い。文章をまとめるのが得意ということなのだろう。羨ましい限りだ。


「どーくどくどくどーく」


 ペンを走らせているラウネが、変な歌を口ずさみ始める。これはこいつが集中しているときの癖みたいなものだ。というより今回は毒殺ではないはずなのだが……毒だったのだろうか。

 毒の歌? を聴きながら書き上がりを待っていると、マルルが思いついたかのように「あっ」と声をあげた。それから両手のひらを合わせる。


「毒と言えば私、子供のころに好きだった絵本があるんですよ。毒を飲まされて眠り続けているお姫様が、王子様の口づけで目覚めるっていうお話なんですけど」


 マルルがあらすじを話し始める。

 聞く限りではまあ、子供に読み聞かせる、よくあるタイプの姫と王子の物語だ。

 マルルが今話している絵本は知らないが、その手の物語は私も子供のころに読んでもらった記憶がある。

 私は夢のない子供だったので、普通の子供のように架空の物語に胸を躍らすことはなかったが、それでも読んでもらう時間自体は好きだった。

 それは読んでくれる人間が好きだったからだろうと思う。

 就寝前に読んでくれた母が、そして両親が忙しいときは隣の――。

 ふいに視界の隅に人影が入り込む。

 口を動かし続けているマルルの右後ろに人が立っている。

 肉が失われ骨が所々露出した姿で、眼窩(がんか)にはめ込まれた青い目玉がこちらを見ている。

 ……ああ、そうだ。君がよく読んでくれた。

 絵本には興味なかったけれど、その時間を私は、好きだったんだ。

 あのころを思い出し、思わず口端を上げてしまっていると、視線を感じた。

 私は視線を感じた方向――ラウネのほうを見る。だが、彼女はこちらを見ておらず、先ほどと変わらずペンを走らせていた。

 ……気のせいか、と思っていると。


「――と思いません?」


 とマルルがなにかを訊いてきた。


「すまない。よく聞き取れなかった」

「愛の前には毒なんて無意味。それって素敵だと思いません?」


 マルルは丁重に、おそらく全く同じ言葉を繰り返してくれた。

 途中、話を聞いていなかったが、ようは王子の口づけで姫が目覚めたことに対するマルルの見解だろう。

 素敵……素敵か。なんだか午前中も同じ響きの素敵を聞いたな。愛やら友情やら、目に見えない繋がりというものに夢を持つのは、やはり若い女の子特有の感覚なのだろうか。

 友情はまだしも愛なんてものに一生、縁がない私には理解できない感覚だ。

 そんなことを思っていると、マルルと目が合った。彼女は真っ直ぐな眼差しでこちらを見ている。そうか。なにか答えたほうがいいのか。

 特に意見もないので無難に『そうだな』と同意しようかと考えていると、先にラウネがペンを走らせながら口を開いた。


「王子様が解毒剤を飲ませたのかもしれないよぉ? ほらー口に含ませてさぁ」


 その見解は聞き捨てならなかった。


「いや、長く眠っている姫に口移しをするのは賢い判断とは思えない。衛生面も気になるし、口内でも唇でもどこに毒が付着しているのか分からない。解毒剤がどれぐらいの分量があるかは知らないが、まずは安全を考慮して瓶から飲ませるか、または匙を使って飲ませたほうが絶対にいい」


 そこでラウネがペンを止めてこちらを見た。


「レイレイ知らないのー? 眠ってたりー意識を失ってる人間にー飲み物を飲ませるのはー存外ー難しいんだよー」

「そうなのか。それなら解毒魔法を試すのはどうだ」

「あのねぇ。魔法がある世界観とは限らないでしょー? それ以前にー魔法が使えるのならー最初から王子様も苦労しないよー。いやーもしかしたらーちゅーがしたかっただけかもしれないけどねーちゅー。下心王子ー」


 にやにやとラウネが笑う。


「お二人とも夢がない……!」


 そんな私たちを見ていたマルルが、両手で顔を覆い嘆いた。


「レイチェル様が獄吏官長とご友人の理由、分かった気がします……」


 それから(こぼ)すようにそんなことを言ってくる。


「どういう意味だ」


 別に私はラウネと意気投合して友人になったわけではないのだが。

 むしろ意見が合ったことなど数えるほどもないのだが。

 それでも夢がない、という指摘はまさにその通りだった。

 現実ではありえないようなことが起きるのが架空の物語だ。それを読む人たちは、そのありえないを楽しんでいる。それに外部がとやかく言うのは無粋というものだろう。たとえそれが子供のころに好きだった絵本だとしても、そういうものは大人になってからも大事な思い出だ。それをいじられるのはあまり気分がいいものではない。


「まあ、でも悪かったな」


 そう言うと、マルルが顔を覆っていた手を外して、不思議そうに首を傾けた。


「なんで謝られるのですか?」

「いや、好きな絵本だったんだろ」

「はい。好きでしたよ」


 明るく軽くマルルは答える。

 そんな彼女になぜか違和感を覚えながら、思い至ったことを口にする。


「ああ。別に特別、好きってわけでもなかったのか」

「はい。読んだ絵本は全部好きでした」


 マルルはまた、同じ調子で答えた。

 ……なんだろうか。やはり妙な違和感を覚える。

 通じていないわけではないのだが、どことなく話が噛み合っていないような不思議な感覚を覚える。その理由が分からなくて私は上手く言葉が返せなかった。だから笑顔でこちらを見ているマルルと見つめ合ってしまう。

 しばらくそのままの状態でお互いに瞬きだけをしていると「できたー」とラウネが声をあげた。



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