大陸暦1526年――友人2
「隊長? どうかされましたか?」
そう言われて私は顔をしかめていたことに気がついた。全くの無意識だ。どうもあいつのことを考えると、そういう顔になってしまう。学生時代から色々と悩まされてきた影響だ。
「いや。なんでもない」私は笑みを浮かべる。「そうそう。友人で思い出したが、今日もこのあと出てくる。行き先は中央監獄棟と星城だ。悪いが副長を見かけたらそう伝えておいてくれ」
「分かりました。なにか事件ですか?」
「ああ。毒薬連続殺人事件て知っているか?」
「先月から起こっている女性ばかりが狙われている殺人事件ですね」
「そうだ。騎士団長を通して近衛隊からその事件の捜査協力を仰がれた。とは言っても頼まれたのは私ではなく獄吏官長なんだが。私は仲介みたいなものだ」
「サーミル獄吏官長とご友人だったのですね」
「同期でね。頭はいいんだがとんだ変わり者でな。素直に人の頼みも聞きやしない」
「それはつまり、隊長の言うことなら聞き入れるということですか?」
「ん? まあ……一応は受けてくれたな」
報酬という名の対価は要求されたが。
「なんだか素敵ですね」エルデーンが両手のひらを合わせて言った。
「素敵?」
意外な言葉に私は眉を寄せてしまう。
「はい。隊長の頼みなら聞くだなんて、隊長を信頼している証ではないですか。なんかそういうの素敵じゃありません?」
「いやいや。言っておくが、私たちの関係はお前が考えているような微笑ましいものではないぞ」
「そうですか? 私にはそのように感じますが」
「お前、あいつに会ったことないだろ」
「お話をさせていただいたことはありませんが、遠目でお見かけしたことはありますよ。小柄でお人形さんみたいに綺麗なかたですよね」
お人形みたいに綺麗……? あいつが……?
私はラウネの顔を思い浮かべる。
普段から人の顔をそのような観点で見ないから、どうもそういうことには気づきにくい。
それでも造形の良し悪しぐらいは判別できるつもりだが、あいつの場合は奇行の印象が強くて容姿に注視したことすらもなかった。
……だが、言われて見ればとも思う。
昔から前髪が長い所為で分かりづらいが、あいつは目も大きいし二重だし睫毛も長い。それに鼻も高すぎず低すぎず、さらには色白であるから確かに造形が人形みたいではある。
……いやいや、だとしてもだ。
「中身はそんな人形なんて可愛いもんじゃない。話をすれば絶対その印象は覆るぞ」
「そうですか? そんなことはないと思いますが……。でも、隊長がそう仰るならそういうことにしておきます」
そう言ってエルデーンは、にっこりと微笑んだ。
そういうことにしておくって……ただの優等生かと思いきや、こいつはなかなかにいい性格をしているのかもしれない。
それとも友情に変な夢を持つのは若い女の子特有の考えかたなのだろうか? ……まあ、私も年齢だけで見れば一応はその部類に入っているのだろうが、どうもそういうのはよく分からない。
「ごちそうさまでした」
エルデーンは紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「そろそろ休憩が終わりますので失礼させていただきます。片付けは次の休憩にさせていただきますので隊長はゆっくりなさってください」
「ありがとう。付き合ってもらって悪かったな」
「いえ。楽しかったです」
エルデーンは一礼してから出入口へと向かう。
それを視線で見送っていると、扉の取っ手に手をかけたところで、エルデーンが振り返った。
「それと隊長」
「ん」
「実は私、体を動かすよりは読み書きのほうが得意です。あと自分で言うのもなんですが、それなりに優秀だと思います」
突然の宣言に私は目を丸くしてしまう。
「意外と自信家なんだな」
それから苦笑してそう返すと、エルデーンは得意顔で言った。
「自分に自信があったほうが、人生楽しいですから」
なるほど。
「好感の持てる考えかただ」
前向きな人間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
後ろばかり見ているヤツより、よっぱど付き合っていて気持ちがいい。
それにこれは売り込みだ。
自分ならば私の心配には当てはまらず、なおかつ補佐が務まる実力があると。
確かにエルデーンは士官学校を総合成績上位で卒業しており、学校の評価だけで見るならば新人の中では一番いい。
それだけでなく上位で卒業しているということは、補佐になるための最低条件でもある上級騎士の称号も与えられているということだ。補佐にするには全く問題はない。むしろ彼女以上に適任はいないようにも思える。
「考えておこう」
そう答えると、エルデーンは微笑んで礼をすると部屋を後にした。
考えておくとは言ったが、すでに答えは決まっている。
だが、流石に私の一存で決めるわけにはいかない。一応はウーデルに相談しなければ。あれでも副長なのだから。